病院を強制退去させられた母の幻覚、幻聴の現象とは?88歳の女性に起きる事例とは?

      2019/01/03

 

認知症の患者でも母の様なレビー小体型の場合は幻覚幻聴が酷いです。
母は何度も次のような事を繰り返し言っていました。

①20年以上も前に亡くなった父がさっき、そこに来ていた。どこへ行ったんだろう?
お前の兄ちゃんが来ていた。さっきそこでお前と横になって眠っていただろ?何を寝ぼけているんだい?

②誰か歌を歌ってた。誰が歌っていたんだろう?一晩中歌っていた。

③入院先の病院で夜、みんなが「オレ」の周りに集まって来て針を刺そうとした。
みんな黙って見ている。

針治療は痛いから、ヤダと言ったのに肩を押さえつけられた。
だから大声を出したんだ!家に帰ると言ってやったんだい!・・・あ~

 

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病院を強制退去~母の幻覚・幻聴!88歳の女性に起こる事例とは?

病院を強制退去させレれた母の症状はかなり酷いものでした。母の幻覚、幻聴の症状は半端ではありませんでした入院先の病院では針治療などしていません。針鍼灸師もいません。

 

覚悟してましたが、これだけ狂った状態の患者の介護だと想像以上に大変です。
解決策などありません。有ったら、私は今でも聞きたいです。

 

「あっ、そう!・・それは困ったね」「どうしたらいいんだろうね?」と適当に相槌を打って、かわすしかありません。
本人はいたって大真面目です。諭したところで効き目はないです。
本当に見えてる。聞こえているのですから・・・本人だけには・・・手に負えない。

 

完全に狂ってる状態なのですから・・・正すのは無理です。
時が経過して落ち着くのを待つしかありません。

 

耐えるしかありません。
そうして話を聞いてるうちに、こちらの頭の方がおかしくなってきました。

 

まず介護している私が酷い不眠症になってしまいました。
昼間の疲れが全く取れない。眠れない。完全に重症化しました。
睡眠薬を飲んでももう効かないのです。

 

一晩中、起きていて通帳と印鑑を隠して回る母の行動が、私の眠りを妨げる。
この頃の母はきっと誰を見ても泥棒に見えたのでしょう!

 

そして、昼寝から目覚めると母が「兄ちゃんはどこへいった?」と聞いてくる。
「兄ちゃん・・・て誰のこと?」と聞き返すと、又実兄のことらしい。何度も繰り返す。

 

さっき家に来ていたと言い張る。誰も来ていないのに・・・
来たのを見たと言い張る。

 

「さっき、あんたと横になって寝ていたじゃないか」と・・・もう相槌を打つ気も起きません。

寝ぼけているのではないのです。本人にだけは見えているのです。

 

夜中の母の声

 

夜中に声がするのでトイレの方へ行くと母が立っている。

「何をしているの?」と聞けば「トイレに行く道がわからなくなった」と答える。

トイレは目の前にある。
ドッと疲れを感ずる瞬間・・・頭痛がしてくる。

 

昼間、町役場で介護、福祉関係の申請を済ませ、病院に迎えに行くと、又おかしな事を言い出す。
隣のベッドに座っている見ず知らずの女性を「あんたの同級生だよ。〇〇さんだよ。小学校時代の友達だろ?」と・・・

 

私も当の相手も黙って頭を下げるしかない。
目を交わしても挨拶を何と言っていいか分からない。

私は埼玉で生まれていない。
東京で生まれ、60年以上東京に住んでいる。

 

小学校も東京だ!
埼玉に同級生など居るわけがない。

 

病院から連れ帰っても、又おかしな言動が始まる。
20年以上も前に亡くなった父が「さっき、そこに来ていた」と又言い出す。
まともな会話が全く成立しない。

 

トイレへ行く回数も尋常ではない。
1日に15~16回は行く。それでも間に合わず粗相をする。

 

恥ずかしさからか、そっと隠れて下着を洗っている。
しかし、汚れは落ちていない。母が寝室に行くのを見届けてから洗い直す。疲れる。

 

昼寝から目覚めるとまた、おかしい。
仏壇に線香をあげるのにライターの付け方が分からないと言う。
仕方がなく黙って火をつけて渡す。

ある朝には「ハァー、ハァー」と息をつきながら起きてくる。
「暑い!暑い!」と繰り返している。

氷枕を用意して、寝室に行くと夏だというのに、なんと掛布団を何枚も掛けている。
これでは汗をかいて暑くなるのは当たり前だ!!完全におかしい。

 

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残暑厳しき日々!

 

母はもう暑いだの、寒いだのという感覚が狂っているらしい。

東京へは時々帰り、また母の介護のために埼玉に戻るという生活を繰り返す。
疲れと虚しさを感じる。

 

母はもう料理も作れなくなっている。
カボチャを煮るのに大量の砂糖を入れたりする。
とてもじゃないが食べられた代物ではない。母はいつもと同じ物を作ったと思っている。

 

時々、兄嫁が兄と一緒に来て差し入れを置いていってくれた。
妻が作ってくれた物を東京から運んできて母に食べさせた。

私は料理が苦手で、あまり気の利いたものは作れない。
随分と助かった。

 

兄もたまには一人で差し入れに来てくれた。
何か、欲しいものはないか?必要なものはないか?」と聞く。

 

何もない。とにかく誰かに、一時でもいいから交代要員を出してほしい。」と言えば黙ってしまう。
やはり、本当には頼りにならない。
誰も、こんなしんどい事はしたくないのだ。無理もない。
もう一度、やれと言われれば、多分は拒否するだろう。

 

家族の誰かが認知症などを発症したときは、とにかく誰かに相談し手助けを頼み、何らかの公的な関係各機関を利用して少しでも早く助けて貰うしかない。

 

一人で悩んでる間はない。
まず、自分の身が持たない。
一息つける時間ができると、近所の寺社、神社に詣で母の回復をお祈りに行く。
普段、無信仰、無心神なのだから「神様、仏様も随分と自分勝手で迷惑な話だろうな」と思いを巡らすが、祈らずにはいられない。

 

藁にもすがりたいというのは、こんな状態の時をいうのだろうな。
車を運転してほんの一瞬でも母から解放される時間、空間を作り出さないと自分自身の精神まで破壊される。

やられてしまう。
自分がしっかりしないと何も解決しない。

 

何も先には生まれない。
歯を喰いしばって頑張るしかないと、この時は思っていた。
思い通りにならない現実に苛立ちが募る。

 

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