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  • どうなっているんだい!認知症になった母の頭の中身は?発狂したか?

    どうなっているんだい!認知症になった母の頭の中身は?発狂したか?

    認知症になった母の頭の中はもうどうでもいいことばかりに支配されている。
    気に病むことでも、何でもないのに・・・
    何を言っても、もう言うことを聞かない。
    放っておけば、ぶっ倒れるまで動き回っている。

    どうなっているんだい!認知症になった母の頭の中身は?

    単なる認知症かな?・・・ここまで急にすすむのかな?
    一時的にでも発狂したのかな?・・・などと思ってしまう。

     

    明らかに精神を病むでる気がした。
    極度の心配症が出てきている。
    まともな人間なら考えもしないことまでを心配している。

     

    早く、柚子の木を切らないと近所の子が入って来て棘で怪我をする。
    速く燃やしてくれ!
    洪水が起きたら、この家は水没してしまう。
    何とかしないと・・・付き合い切れない。
     

    誰も来やしないって・・・。
    近所の子供なんて・・・

     

    何度、言っても聞き訳がない。
    水没しそうになったら近所の学校へ逃げればいいだろうに・・・

     

    仏壇に線香を上げたい。
    でもライターの火の付け方がまだ分からないという。
    黙って火を付け、母に渡す。

     

    相変わらず、トイレにゆく回数も尋常ではない。
    喉に握り飯を詰まらせ救急車で病院に運ばれてから一層ひどくなった。

     

    一日に飲む麦茶の量が半端ではない。
    放っておくとデカボトル2本ぐらい飲んでしまう。

     

    幾ら言っても止む気配はない。
    又、救急車で運ばれるのが怖いのだろうが、極度の心配症だ。
    手がつけられない。

     

    喉に何かが詰まるのが心配なのだ。
    ちょっと何か食べただけでも呆れるほど麦茶を飲む。


    発狂したか?

    幻覚と幻聴も治まる気配がない。
    相変わらず誰も来ていないのに、亡くなった父が来たと言う。

     

    来るはずのない兄が来た。
    お前と今一緒にそこで横になって寝ていた。
    同じことを何度も言う。

     

    歌が聞こえる。
    誰が歌っているんだろう?・・・と。

     

    知るか!・・・そんなこと・・・
    見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる。
    レビー小体型認知症の典型だな・・・

     

    一生治らないのかな?
    時には不安に駆られた。

    東京の新居が完成真近

    11月に入ると、我が家の新居もいよいよ完成真近になって来た。
    母を一人にして置けないので、東京に連れ帰ることに決めた。
    妻や子供の同意も得た。

     

    新居の引き渡しが終わるのを待って母を迎えに行く。
    まだ渋る母親を説得し、強引に車に乗せる。

     

    有無を言わさず連れ帰ることにした。
    とにかく必要な物だけ持って一旦私の家に戻る。

     

    認知症の人を見知らぬ土地に転居させる事は、時として症状を悪化させることが有ることは百も承知していた。

     

    しかし、兄と私を育てるのに40年以上も居た場所だ。
    顔見知りもいる。仲の良かった人もまだ存命だ。

     

    父が糖尿病から心筋梗塞を患い、離職して埼玉のこの土地に移る前に住んでいた所だ。
    全く見知らぬ土地に移るのとは事情が違う。

     

    この田舎に移って来た年月以上に元々住んでいた土地だ。
    母をこのまま田舎に置いて行っても、一人ではもう何も出来なくなっている。
    東京から何度も、このド田舎に来て面倒みていられるか!
    バカバカしい。とんでもない話だ!

     

    食事は作れない。
    一人では満足に風呂にも入れない。

     

    掃除も洗濯も出来ない。
    クーラーのフィルター清掃など到底無理だ。

     

    着替えすら満足に出来ない。
    季節の衣替えなど全く不可能だ!

     

    ショック療法で認知症を治すしかないと思った。
    私が、母の実家に入るなどという選択肢は全然考えもしなかった。
    第一働く場所が見つからない。
    田舎の付き合いは、隣近所の付き合いも親戚付き合いも殊更に面倒臭い。

     

    何の刺激もない。
    夜は真っ暗闇のド田舎だ!!

     

    冗談じゃない。
    俺の人生はまだ終わっていない。

     

    こんなド田舎でくすぶっていられるか!
    母の介護だけで人生を終われるか!
    こんな場所からは、さっさと離れるに限る。

     

    隣近所への挨拶を済ませ、粗品を渡して各家を出る。
    母を力づくで車に乗せ、ハンドルを握る。

     

    やっと、この忌まわしい土地から離れられる。
    もう、これで何度もこの家に来なくて済む。

     

    心底、ホッとしていた。
    でも、実際は私の考えがまだ甘かった。
    東京に戻って来ても、母に散々振り回される羽目になった。

  • 認知症の母から東京の我が家へバカな電話が入る!その中身とは?

    認知症の母から東京の我が家へバカな電話が入る!その中身とは?

    3週間目に入ると、やっと介護保険の認定が下りた。
    介護度はなんと「1」!?
    しかし、こんな状態で「1」か!?・・・とやや不満は感じたが・・・
    これで公的な支援が受けられる。
    やっと、ディサービスに週2~3回は行けるようになった。

    認知症の母から東京の我が家へバカな電話が入る!その中身とは?

    朝、迎えにきてくれる職員には感謝の言葉が自然と出る。
    本当に助かる。
    心から「ありがとうございます」と・・・。素直に言える。

     

    強制退院させられた病院に、もう頭を下げなくて済む。
    それだけでも大部精神的に大分楽になった。

     

    ショートステイも受け入れて貰い、安心して東京に帰れる様になった。
    しかし、相変わらず母のおかしな言動、幻聴、幻覚は止む気配がない。

     

    失業中の身であるので時々東京に戻り、碌な求人はないのだが、ハローワークにも通い、これはと思うところに履歴書を送る。

     

    ほとんどは面接までいかない。
    通り一遍の挨拶文で断りの文書が送られてくるだけである。
    いわゆる「お祈り文書」だ!
    口惜しさが募る。

     

    履歴書さえ送り返さない所が多い。
    写真代だってバカにならない。

    駄目ならダメで使い廻したいぐらいだ。
    腹立たしさを抑え、一社ごとに自己PR文を添えて送る。

     

    そんな状況の時、決まって電話が鳴る。
    電話に出ると、また母からだった。

     

    その話の中身は、大体次の様な内容だ。
    「○○君 ずいぶんとあんたはひどいことをしてくれたね。」
    「農協の通帳から全部見つけたよ」

     

    「あ、そう。それはよかったね。」
    「よかったね、じゃないよ。こんなことをするなら、あたしはここを出ていくよ。」
    「あ、そう。好きにしなよ。」

     

    途中で、腹立たしくなり電話を叩っ切る。
    バカバカしくて、とても相手にしていられない。
    どこまで人を泥棒呼ばわりすれば気が済むんだ!?
    東京に戻って来て、必死に仕事を探しているというのに・・・

     

    必要な用事を済ませて、母の実家に戻るとコタツに突っ伏して顔を上げようとしない。
    私の顔をまともに見れないのだ。
    電話をかけてきた後に正気に戻ったのだろう。

     

    この後も何度、訳の分からない電話を我が家にかけてきただろうか?

     

    1人でいると不安になるのだろうか?
    時には、心配で妻と二人で様子を見に行った事が何度もある。

     

    そんな時は決まってコタツに顔を突っ伏している。
    私達が行く頃には正気に戻っているのだ。

     

    妻が慰めの言葉をかける。
    「ごめんよ。ごめんよ。」と母は言う。

     

    顔をコタツに突っ伏して泣きながら謝る。
    私は、「またか!」と憮然として、突っ立っまま見守る。

    ディサービス施設からの電話

    ディサービスは吉見の百穴に近いT園に行っていたのだが、時々、職員から電話がかかってくる。
    「目薬を忘れた」と不安がっていると・・・。

     

    1~2年前に左目を白内障の手術をして以来、目薬を手放せなくなっている。
    「半日ぐらい目薬を付けなくても大丈夫なんだがなぁ~・・・」とため息をつきながらT園に目薬を届けに行く。どこまで人に手をかけさせれば気が済むのか?

     

    夜になると、また「トイレの位置が分からなくなった」と起きてくる。

     

    ベッドに戻ると、シクシク泣いている。
    「どうして、こんな風になっちゃったんだろうか?・・・」と繰り返し愚痴を言っている。

     

    「母さんは頑張りすぎたんだよ。」
    「負けず嫌いで働き者だから、少し休むべきなんだよ。」

     

    「ちゃんと食べて、良く寝て、きちっと運動して病気を直すようにしよう。」と優しく言っても、泣き止まない。途中で諦めて、もう放って置く。

     

    金勘定ができなくなった。
    十円玉、百円玉、千円札が数えられない。

     

    薬をよく失くすようになった。
    目薬も・・・大抵、ベッドの枕もとの下にあるのだが・・・

     

    薬を飲んだことさえ忘れる。
    薬の袋をちゃんと開けられない。

     

    錠剤をどこかに落として分からなくなる。
    朝、昼、晩に飲む薬が分からない。

     

    着替えができない。
    裏、表が逆になっていたりして・・・
    パジャマの上下が分からない。

     

    風呂に入れば、シャワーの切り替えができない。
    鍵を失くす。

     

    ほんの20~30分前の出来事を忘れる。
    時には5分前のことも・・・本当にこれが同じ人間だったのかと我が目を疑う。
    相当おかしい。

     

    「いくらあたしが馬鹿でもそこまでバカじゃない」と時折気色ばむが、相当ボケがきている。

     

    便秘して下剤を飲んで大騒ぎ。
    トイレに間に合わず、下着を汚してしまう。

     

    紙オムツに切り替える。
    母をやっと納得させる。

     

    食べたことも忘れる。
    すぐ前に食べているのに「朝から何も食べていない」と言い出す。

     

    しかし、黙って見ていると碌な物しか食べない。
    食事のバランス、必要な栄養が足りていない。
    嫌いなニンジンなんかは箸もつけない。

     

    子供に戻った状態

    付きっきりで見ていないとダメで子供に戻ったみたいだ。
    そして、どうでもいいような事ばかりを繰り返し心配する。
    突き放せば、夜になると泣き出す。

     

    「着物」や「茶碗」を買ってくれる人はいないか?
    「垣根の木」を切らないと・・・「庭の木蓮の木」も・・・
    「柚子の木を切らないと近所の子供が庭に入って来て棘で怪我をする。」

     

    子供なんか誰も来やしない。

     
    「今、ここでそんな事を急いでやらなくても大丈夫なんだ。
    病気が治ってから、やればいい」といっても耳を貸さない。
    本当に持て余してしまう。

     

    「今はやってる暇がない。他のことで忙しい」と私は適当にあしらう。
    本当に忙しいのだから仕方がない。
    役場へ行かねばならない。食事の世話をいなければならない。
    介護サービスの手配もしなければならない。
    しかし、どう言っても納得しない。

     

    繰り返し、繰り返し何度も同じことを言う。
    うんざりさせられる。
    何とかならないものかと・・・時々思案に暮れる。

  • 認知症になった母の介護!兄が一時交代してくれた! その結果は?

    認知症になった母の介護!兄が一時交代してくれた! その結果は?

    母が認知症を発症してから3か月間が、一番辛かった。
    この間は基本的に自分1人で世話しなければならなかった。

    昼間、話し相手がいない。
    誰にも愚痴をこぼせない。
    妻と一人だけの友人に、夜になると車の中から電話をかけて、よく愚痴をこぼした。
    友達とは有り難いものだ。無条件に・・・

    認知症になった母の介護

    車の中から何十分も話していたなぁ~。
    認知症になった母の介護は覚悟していた以上にしんどかった。

    ホントに口を利くのも嫌気がさして来る時がある。
    話が全くまともではない。頭が狂っているのでは?・・・何度思ったことだろう。

     

    唯一の「ストレス解消の手段」は夜一人になれた時、車の名から「妻」と「たった一人の友人」に電話をかけ、愚痴をこぼす事だった
    何回、電話を掛けたことだろう?

     

    友達も良く話を聞いてくれたものだ。何十分も・・・「うっとおしかったろうなと」反省はしているが。
    ただ、黙って聞いていてくれるだけで有り難かった。
     

     

    「柚子の木を切らないと近所の子供が入って来て棘で危ない」と母が言う。
    「着物を処分しないとどうしようもない。」
    「茶碗も何とかしないと・・・」・・・あれや、これや訳の分からない事ばかり言ってくる。

     

    どうでもいい事ばかりなので、あまり相手にはしていられない。
    しかし、黙って見ているとぶっ倒れるまで動いている。目が離せない。

     

    ツケは後でこちらに回ってくる。
    遣り切れない思いが募る。

     

    兄が一時交代してくれた! その結果は?

    何回かは交代のため兄夫婦が来てくれた。
    一瞬、助かる事は助かるのだが・・・その後が・・・あ~あ~・・・

     

    まあ、取り敢えず一息は付ける。
    東京に戻り、やけ酒を煽り、多めの睡眠薬を飲んで一時(いっとき)の眠りに就く。

     

    イビキをかいて寝ていたと妻が言っていた。
    4時間は眠れたので、朝すっきりと目覚めた。
    これで何日かは頑張れる。

     

    母の家では全く眠れない時が多々ある。
    深夜の徘徊・・・預金通帳と印鑑を隠して回るために、その物音と何度も明かりを付けたり消したり・・・極度の不眠症に陥った。
    睡眠薬さえ効かない。一睡も出来ない!

     

    午後2時頃に母の実家に戻ると兄嫁がそっと言う。
    「庭のびわの木は切らないでくれ!」と母が泣いて頼むのを兄が無視して、「うるせえ!黙ってろ!」と怒鳴りつけ、脚立を放り投げた上、無理矢理びわの木を切ってしまったらしい。

     

    夜になっても、母はシクシク泣いている。
    こらえ性のない兄のことだから仕方がないのだが、「1日も我慢ができないものなのか」と、思わずため息が出る。

    兄夫婦が帰り、夜になると、また母が訳の分からないことを言い出し始める。
    「ここの土地は幾らで売れるだろうか?」とろれつが良く回らず聞いてくる。
    適当な値段で答えると少しは納得したらしく大人しく自分の部屋に戻った。

     

    しかし、寝室を覗きに行くと、又ベッドの上でシクシクと鳴いている。
    「なんで、こんな土地を父さんに買わせちまったんだろう・・・」と。

     

    昼間、兄とケンカになったのが多分に影響している。
    良く分からないけど自分を責めている。
    哀れさを感じるが、後悔先に立たずだ!

     

    しかし、兄の手助けは母の症状をより悪化させてくれるよなぁ。
    もう少し、「何とか我慢ができないものか?たった1日のことだぞ!」と、深い深い吐息が出る。

     

    田舎の土地問題

    今、母が住んでいる土はすったもんだの挙句に取得したものだ。
    売買ではなく贈与の形を取っている。
     

    法律上、簡単に売買の形式が取れなかったので登記上、贈与にしただけだ!
    実際は大枚はたいて買っている。

     

    母の弟が母の生まれた実家を継いだのだが、これが甲斐性なしのええかっこしいの男だった。
    譲渡すると言った土地を我が家から金だけ貰って譲ろうとしない。
    したくても出来ない。
    農地なのだから当たり前だ。
     

    簡単には出来ない。
    農地委員会の許可が要る。その手続きが出来ない。進まない。
     

    進まないだけでなく、許可が下りなかったのだ。
    出来ないなら出来ないで、さっさと父の所に来て説明して、謝罪すれば良いのにそれが出来ない。

     

    渡した金に相当する農地をもうこれ以上父に譲れない。
    結局、公言した約束を守れない。

     

    父は叔父の話になると顔色が変わるほど怒っていた。
    母は父に顔向け出来なかったのだ。

  • 認知症になった母が朝一番で私に聞いてくることとは? 3つの事例!

    認知症になった母が朝一番で私に聞いてくることとは? 3つの事例!

    ① 財布をどこに隠した? お前のカバンの中身を見せろ!

    ② 幻覚~亡くなった父がさっき、そこに来ていた。どこへ行ったんだろう?

    さっき、お兄ちゃんが来ていたろ?お前とそこで横になって寝ていただろ!

    ③ 幻聴~誰かが歌を歌ってた。誰なんだろう? 一晩中歌ってた。

    認知症になった母が朝一番で私に聞いてくることとは?

    大体、以上の三つ!朝一で3つの内の一つは聞いてきます。
    これが連日続くのですから、とてもまともには相手にしていられません。

    レビー小体型認知症の患者に限らず、認知症の患者は大抵、一番身近で世話する人間を泥棒呼ばわりします。

     

    不眠症で疲れの取れない私にとっては、耐えがたい時があります。
    朝一で「財布をどこに隠した?」などと・・・
    あまりにしつっこいと本当にぶん殴りたくなります。殺意すら覚えます。

     

    私は60歳で定年退職し、次の仕事が決まらなかったので、必然的に私が母を看護するしかありませんでした。妻はフルタイムで働いているし、子供達に到底任せられることではないです。第一、まだ学生の身分。

     

    たった一人の兄も本当には宛にならない。
    兄は兄で嫁の母親を引き取って暮らしているし、働いているからと私と交替して介護しようとはしない。

     

    丁度、我が家の建て替え時期とも重なり、タイミング的には最悪の時期でした。
    月に1度、ハローワークに失業保険受給の申請にゆくのも苦痛。
    全く眠れずに埼玉から出かけるときは朝から疲れ果てていた。

     

    埼玉の母の実家は陸の孤島と言ってもいいくらい、思いっきり電車の駅から離れていた。民間のバスはない。

     

    役所の施設を循環するバスが日に数便出ているだけ。
    時間ばかりがかかり、遠回りで不便極まりない。
    要は使えないバスなのだ。

     

    残暑が厳しい盛りにフラフラになりながら、渋谷のハローワークまで歩いて行った。自家用車がなかったら、埼玉の最寄りの駅までとてももたなかったと思う。

     

    病院に連れてゆくのも車がないと、とても無理な話で埼玉とはいえ完全な田舎だった。ただの農村地帯だ。
    私にとっては、ただただ、もう忌むべき場所だった。

    穏やかに老いていってくれたならば・・・

    母の症状は「レビー小体型」だった。
    アルツハイマー型血管性認知症型についで、日本では3番目に多い症状らしい。

     

    幻覚幻聴・・・東京に戻ってからの荒れ狂い様・・・
    並大抵のものではなかった。
    穏やかに老いてゆくケースが多いアルツハイマー型などとは明らかに違っていた。

     

    そして訳の分からないことをいつまでも言っていた。
    見えてもいないものを見たと言う。

     

    人が歌っているのが聞こえる。
    一晩中歌っている、今も歌っていると云う。

     

    適当にやり過ごすのだが、いつまでも訳の分からぬことを言ってくる。
    少しは聞いて、本人の言う通りにしてやらないと一晩中歩き回っている。

     

    預金通帳を盗まれまいとして、夜中じゅうあっちこっちに隠して歩く。
    うるさくて眠れない。

     

    電気を付けたり、消したりその明かりや音で目が覚めてしまう。
    段々、こちらの頭もおかしくなってくる。
    ただでさえ、眠れないのに拍車がかかる。

     

    眠れないということはここまで人を追い込んでくるものなのか・・・

    3つの事例!・・・朝一番で顔を見るなり聞いてくる事

    夜中にず~と、「通帳と印鑑」を散々隠しまわり朝になると、実に嫌な顔をして私に尋ねてくる。

     

    通帳を見なかったかね? きのうはここにあったんだけどね!」と・・・
    あっちこっちに隠し回った挙句、どこの場所に隠したか、思い出せなくなっている。

     

    何十回、そんなことが続いたかな?
    ある日、一睡もできなかった朝に、また「通帳を知らないか?」「どこに隠した?」と・・・聞いてきた。

     

    その後、母が何を言ったか、もうよく思い出せないが・・・。
    お前のカバンの中を見せろ!」と言うので、思いきり体に叩きつけてやった。

     

    その後、私の取った行動は母のほっぺたを思いきり、ひねり上げてやることだった。そして「まだ言うか!そういうことを言わせるのか!この口は!この俺に向かって、このくそババアめが!」と・・・大声で怒鳴ってしまった。

     

    自己嫌悪・・・
    病気なんだ!

     

    怒ってもダメなんだと分かっていても、もう自分を抑えきれない。
    お前の通帳なんか見ていない。お前が勝手にどこかに隠したんだろう!ふざけるな!バカやろう!」・・・

     

    怒鳴り付けられて、憮然とした顔で睨み返してくる。
    しかし、怒鳴られてようやく思い出したらしい。
    仏間の小さな箪笥の上に置き、裏側に落ちたということを。

     

    そして今でも母は言う。
    あの時、私に殴られたと・・・。

  • 病院を強制退去させられた母の幻覚、幻聴の現象とは?88歳の女性に起きる事例とは?

     

    認知症の患者でも母の様なレビー小体型の場合は幻覚幻聴が酷いです。
    母は何度も次のような事を繰り返し言っていました。

    ①20年以上も前に亡くなった父がさっき、そこに来ていた。どこへ行ったんだろう?
    お前の兄ちゃんが来ていた。さっきそこでお前と横になって眠っていただろ?何を寝ぼけているんだい?

    ②誰か歌を歌ってた。誰が歌っていたんだろう?一晩中歌っていた。

    ③入院先の病院で夜、みんなが「オレ」の周りに集まって来て針を刺そうとした。
    みんな黙って見ている。

    針治療は痛いから、ヤダと言ったのに肩を押さえつけられた。
    だから大声を出したんだ!家に帰ると言ってやったんだい!・・・あ~

     

    病院を強制退去~母の幻覚・幻聴!88歳の女性に起こる事例とは?

    病院を強制退去させレれた母の症状はかなり酷いものでした。母の幻覚、幻聴の症状は半端ではありませんでした入院先の病院では針治療などしていません。針鍼灸師もいません。

     

    覚悟してましたが、これだけ狂った状態の患者の介護だと想像以上に大変です。
    解決策などありません。有ったら、私は今でも聞きたいです。

     

    「あっ、そう!・・それは困ったね」「どうしたらいいんだろうね?」と適当に相槌を打って、かわすしかありません。
    本人はいたって大真面目です。諭したところで効き目はないです。
    本当に見えてる。聞こえているのですから・・・本人だけには・・・手に負えない。

     

    完全に狂ってる状態なのですから・・・正すのは無理です。
    時が経過して落ち着くのを待つしかありません。

     

    耐えるしかありません。
    そうして話を聞いてるうちに、こちらの頭の方がおかしくなってきました。

     

    まず介護している私が酷い不眠症になってしまいました。
    昼間の疲れが全く取れない。眠れない。完全に重症化しました。
    睡眠薬を飲んでももう効かないのです。

     

    一晩中、起きていて通帳と印鑑を隠して回る母の行動が、私の眠りを妨げる。
    この頃の母はきっと誰を見ても泥棒に見えたのでしょう!

     

    そして、昼寝から目覚めると母が「兄ちゃんはどこへいった?」と聞いてくる。
    「兄ちゃん・・・て誰のこと?」と聞き返すと、又実兄のことらしい。何度も繰り返す。

     

    さっき家に来ていたと言い張る。誰も来ていないのに・・・
    来たのを見たと言い張る。

     

    「さっき、あんたと横になって寝ていたじゃないか」と・・・もう相槌を打つ気も起きません。

    寝ぼけているのではないのです。本人にだけは見えているのです。

     

    夜中の母の声

     

    夜中に声がするのでトイレの方へ行くと母が立っている。

    「何をしているの?」と聞けば「トイレに行く道がわからなくなった」と答える。

    トイレは目の前にある。
    ドッと疲れを感ずる瞬間・・・頭痛がしてくる。

     

    昼間、町役場で介護、福祉関係の申請を済ませ、病院に迎えに行くと、又おかしな事を言い出す。
    隣のベッドに座っている見ず知らずの女性を「あんたの同級生だよ。〇〇さんだよ。小学校時代の友達だろ?」と・・・

     

    私も当の相手も黙って頭を下げるしかない。
    目を交わしても挨拶を何と言っていいか分からない。

    私は埼玉で生まれていない。
    東京で生まれ、60年以上東京に住んでいる。

     

    小学校も東京だ!
    埼玉に同級生など居るわけがない。

     

    病院から連れ帰っても、又おかしな言動が始まる。
    20年以上も前に亡くなった父が「さっき、そこに来ていた」と又言い出す。
    まともな会話が全く成立しない。

     

    トイレへ行く回数も尋常ではない。
    1日に15~16回は行く。それでも間に合わず粗相をする。

     

    恥ずかしさからか、そっと隠れて下着を洗っている。
    しかし、汚れは落ちていない。母が寝室に行くのを見届けてから洗い直す。疲れる。

     

    昼寝から目覚めるとまた、おかしい。
    仏壇に線香をあげるのにライターの付け方が分からないと言う。
    仕方がなく黙って火をつけて渡す。

    ある朝には「ハァー、ハァー」と息をつきながら起きてくる。
    「暑い!暑い!」と繰り返している。

    氷枕を用意して、寝室に行くと夏だというのに、なんと掛布団を何枚も掛けている。
    これでは汗をかいて暑くなるのは当たり前だ!!完全におかしい。

     

    残暑厳しき日々!

     

    母はもう暑いだの、寒いだのという感覚が狂っているらしい。

    東京へは時々帰り、また母の介護のために埼玉に戻るという生活を繰り返す。
    疲れと虚しさを感じる。

     

    母はもう料理も作れなくなっている。
    カボチャを煮るのに大量の砂糖を入れたりする。
    とてもじゃないが食べられた代物ではない。母はいつもと同じ物を作ったと思っている。

     

    時々、兄嫁が兄と一緒に来て差し入れを置いていってくれた。
    妻が作ってくれた物を東京から運んできて母に食べさせた。

    私は料理が苦手で、あまり気の利いたものは作れない。
    随分と助かった。

     

    兄もたまには一人で差し入れに来てくれた。
    何か、欲しいものはないか?必要なものはないか?」と聞く。

     

    何もない。とにかく誰かに、一時でもいいから交代要員を出してほしい。」と言えば黙ってしまう。
    やはり、本当には頼りにならない。
    誰も、こんなしんどい事はしたくないのだ。無理もない。
    もう一度、やれと言われれば、多分は拒否するだろう。

     

    家族の誰かが認知症などを発症したときは、とにかく誰かに相談し手助けを頼み、何らかの公的な関係各機関を利用して少しでも早く助けて貰うしかない。

     

    一人で悩んでる間はない。
    まず、自分の身が持たない。
    一息つける時間ができると、近所の寺社、神社に詣で母の回復をお祈りに行く。
    普段、無信仰、無心神なのだから「神様、仏様も随分と自分勝手で迷惑な話だろうな」と思いを巡らすが、祈らずにはいられない。

     

    藁にもすがりたいというのは、こんな状態の時をいうのだろうな。
    車を運転してほんの一瞬でも母から解放される時間、空間を作り出さないと自分自身の精神まで破壊される。

    やられてしまう。
    自分がしっかりしないと何も解決しない。

     

    何も先には生まれない。
    歯を喰いしばって頑張るしかないと、この時は思っていた。
    思い通りにならない現実に苛立ちが募る。

     

  • 介護サービスの現状と課題とは?現状での解決策は3つしかない!

    介護サービスの現状と課題とは?

    現状での解決策は、以下の三つしかありません。

    ①人の力を借りる

    ②充分な金を持って駆けつける。

    ③恥も外聞もなく誰彼構わず聞き回り解答を見つける

     → これでようやく行政や公的サービスにたどり着けます。

     介護サービスの現状と課題とは?

    介護サービスの現状と課題とは、
    すぐに介護サービスを受けたいときに、それ相応の手続きをしないと何も始まらないという
    現実です。

    必要な時に直ちに介護サービスは受けられないのです。
    当然なことですが、手順が要ります。

     

    まず、申請手続きが必要です。
    それは自分でしなけばなりません。
    その手続きをするための時間が確保できないのです。

     

    黙って待っていても行政の方から先にこちらに、働きかけてくれる事はあり得ません。
    こちらから町役場の介護課、福祉課へ出向かねばなりません。
    それをする時間的余裕を確保できないのです。

     

    私の場合は、当初、昼間誰にも母の面倒を見て貰えませんでした。
    昼間だけでも誰かに母の面倒を見て貰わないと町役場に介護、福祉の申請にも行けないのです。

     

    狂った母を一人にして置けないのです。
    一人にしておくと何をしでかすか、分からない有り様でした。
    火でも使わせれば火事になる危険性さえありました。

     

    まずは昼間、母の面倒を見てもらうために誰かに来てもらわなければなりません。
    その解決策が以下の3つです。

    現状での解決策は3つしかない!

    解決策の一つ目

    3ヵ月間は農協系列の福祉サービス機関に自宅に来てくれる人の依頼をしました。
    ヘルパーさんには何回来てもらったかなぁ~?もう忘れてしまいました。

     

    昼食だけでも作って貰えれば、自分が外出できる。これだけでも助かる。
    介護、福祉関係の申請手続きが進められる。

     

    とにかく、こんな時は誰かに、何らかのお手伝いをお願いしないと、とてもじゃないけど
    一人で母の面倒を見るのは限界があるのです。

     

    一日中母の面倒を見ていられない。
    介護、福祉の手続きが進められない。

     

    解決策の二つ目

    充分な金を用意する。
    当座の金でも20~30万円は最低限必要です!
    当然といえば当然です。

     

    何をするにもお金が要ります。
    お金がなければ誰にも何も頼めません。

     

    介護が長引けば長引くほど、追加のお金が要ります。
    兄弟にも応分の負担を求めなければならなくなります。
    私の場合は言わなくても持ってきてくれましたが・・・5万円の見舞金でも貴重です。

     

    肝心な事を書き忘れていました。

    認知症の患者が通帳に預金を持っていたとしてもそれを引き出して使えません。
    委任状一つ書けない状態では実の息子でも金融機関は引き下ろしを受け付けてくれません。
    自腹でとにかく多めにお金を持って駆けつけるしかありません。

     

    病院に連れて行くだけでも金に羽が生えたように消えてゆきます。
    1軒では済みません。2軒、3軒と連れて行くときもありますから・・・

     

    当然ですが、生活費もかかります。
    最低でも20~30万円は準備しておく覚悟が必要です。

     

    解決策の三つ目

    恥も外聞もなく誰彼構わず、所構わず、電話しまくる。聞き回る。

     

    隣近所には母を預かってもらえなかった。
    親戚は近くにいても、こんな時ほど頼れない。
    皆、仕事やアルバイトに出かけている。

     

    母の妹が近くにいるが、この人も高齢者だ!
    人の世話などしていられない。

     

    できる歳でもない。
    いつも「あそこが痛い。ここが痛い」が口癖だ。

     

    とてもこんな人達に任せられない。
    親戚も、隣近所の連中も見舞いにこそ来てくれるが、こちらが一番にしてほしいことの
    手伝いを誰にも期待出来ないのです。

     

    私も無理には頼まない。恩に着せられるだけだから・・・。
    赤の他人に金を払って見てもらった方が気楽なのです。

     

    ヘルパーさんなら、ある程度の責任があるから、それなりに注意を払ってくれる。
    しかし、母はヘルパーさんが来るのを嫌がっていた。
    これだから困ってしまう。

     

    ヘルパーさんも頼めないときは誰にも母の面倒を見てもらえない。
    仕方がなく闇雲に誰彼構わず、電話をかけてみる。

     

    ケアマネージャーの女性にも相談する。母の実家へも来てもらった。
    しかし、やはりすぐには施設に受け入れられないという結論だった。

     

    すぐ申請しても判定会議が開かれるのは2週間後である。
    そこで預かれるか、どうかが決まるという。

     

    申請する評議員だか、相談員さえすぐに我が家にこれない。
    母の容態を見に来れるのは早くても2~3日後だという。
    ディサービスでさえ、この状態です!

     

    仕方なく、追い出された病院へ「昼間だけ母を預かってほしい」
    「もうわめき散らすことはないと思う」と頭を下げて頼み込む。
    ・・・そして何とか受け入れてもらった。

     

    受付の女性は明らかに迷惑顔だ。
    医師も仕方がないという感じ・・・。

     

    母が夜中に騒ぎ出したとき、当直担当の看護師は一睡もできなかったのだろう。
    迷惑顔されるのも止むを得ない。

     

    我慢だ!辛抱だ!それしかない

    ほんの一瞬のことなのだ!と・・・自分に言い聞かせる。

     

    離れて暮らしていた母が突如、認知症を発症したときは、こんな感じでした。
    多少の知識があってもすぐに対応が出来ません。
    近くに親戚がいても、まず頼りになりません。

     

    公的サービスもすぐには受けられません。対応は後手、後手に廻ります。
    皆さんも今から覚悟しておいた方が良いです。

     

    最初は1人で踏ん張るしかないのです。
    後はなりふり構わず、誰彼構わず聞き回り、探し回り、どんな公的サービスを受けられるか
    調べるしかありません。

     

    離れて暮らしている親の健康状態の変化はたまに顔を見に行く程度では把握できません。
    日頃から余程周到に準備しておかないと、まず瞬時に対応できません。

     

    これも私が失業中だから出来たことです。
    仕事がある人は役場を廻って行政や公的サービスにどんなものがあるか、調べるだけでも一苦労です。

     

    調べてどんな制度が受けられるか、手配するのも、これまた大変です。
    まず時間がかかります。
    すぐには手配ができません。

     

    そして、その公的サービスを受けるだけで済むのかも大問題です。
    仕事のある人は何ヶ月も認知症患者の面倒は見きれません。
    しかし、認知症患者は狂った直後の状態では一人にして置けないのです。

     

    誰かに身の回りの世話をして貰わないと、とても一人では生活できないのです。
    これはディサービスを受けたり、ヘルパーさんに来てもらったりするだけでは全く無理な話です。
    とても解決できません。

     

    介護福祉士に来てもらっても24時間見てもらえる訳ではありません。
    そんな制度があるのでしょうか?

     

    私も不勉強で調べても分かりませんでした。
    在宅看護の限界がこの辺にあるかと思います。

     

    このままでよいのか、我々は今一度考えなければならない時期に来ていると思います。
    覚悟しておいた方が間違いありません。

     

    それも相当な覚悟が必要です。
    いざという時、頼りになるのはまず自分だけです。

     

    最終的には、何とか地域振興センターのサービスや介護サービスにたどり着けるでしょう。
    他人や行政の助けも受けることが出来る様になるでしょうが、まず最初は自分しか動ける
    人間がいないというのが現状です。

     

    気軽に病院にも役場にも連れて行ってくれる様な信頼できる人が、親の身近に居ればいいの
    ですが・・・まず、そんな人がいるのは稀でしょう。

     

    ましてや、充分な介護サービスをしてくれる民間の老人ホームなど余程、金銭的に余裕のある人でなければ入所することはできないです。

     

    これだけ高齢化と核家族化が進んだ日本で、介護の担い手がまず第一義的に親族であるという制度自体が、私にはもう無理であるという気がしてなりません。

     

    離婚した人で、掛け持ちで幾つもの不定期な仕事をしないと生活が出来ない人に親の介護など、すぐにできるのでしょうか?まず無理でしょう。

     

    また、介護で退職を余儀なくされた人達にどれだけの金銭的余裕があると政治家どもは思っているのでしょうか?
    もう、第一義的には社会全体が、行政が受けるべきものなのではないでしょうか?

     

    そのための負担は我々も受忍すべきであるし、増税もやむを得ないことと思われます。
    少し長くなり過ぎました。

     

    しかし、今の制度のままでは根本的な解決策はあり得ないと断言できます。
    今、現状で対応しようとすれば、上記の三つしか解決法はないと私は確信しています。