2回目の家出後の母:少しは落ち着いてきたか?
2回目の家出後、母も少しは反省して落ち着いてくれるといいと思ったが、あまり大した変化は見られない。
幻覚はあまり見なくなったみたいだが、幻聴の方は相変わらず誰かが歌を歌っているとよく言っていた。
だが、家出から5日後にはディサービスに行き出した。
まだ、週1回きりだが、これで少しは落ち着いてくれると助かるのだが・・・
どうなるか、油断は出来ない。
私の方はハローワークの求人に碌なものがない。
履歴書を送る宛もないので図書館へ数か月振りに出かけてみた。
やはり年寄りの男が多いなぁ・・・やけに目立つ。
私と同い年ぐらいか、それとももっと上か?
なんでこんなに多いのだろう?
以前から感じていたのだが、私と同様に失業中なのか?
それとも定年退職して行く宛もなく図書館で過ごしているのか?
図書館なら金がかからず、過ごせるからなぁ。
いずれにしても勉強や研究をしている様子ではない。
週刊誌ばかりを占領してテーブルの上に何冊も置いて読んでいる奴がいる。
早くも居眠りしている奴がいる。
まだ午前中だぞ!
行く宛もなく図書館で一日中過ごしているのか?
金がかからないから時間を潰しているだけか・・・
情けないなぁ!
人の事を言えた義理ではないが・・・
「認知症に関する本」を棚から取り出して読んでみる。
あまり頭の中に入ってこない。
難しいことが書いてあると読む根気が続かない。
諦めて「60歳以上の働き方」などの本を読む。
読んでいる内に油汗が出てくる。 焦りを感じる。
今度は日経新聞を読んでみる。
やはり読むことに集中できない。
気力が起きてこない。
困ったものだ!
こんな調子では再就職も覚束ない。
運動不足を補うために図書館に来たのだが、早々に切り上げて自宅に帰る。
今日の朝、「早くいい仕事が見つかるといいね」などと少しはまともな事を言っていた母が昼寝から目覚めて起きて来た。
また、とぼけたな事を聞いてくる。 「今日は20日かい?」と・・・
まだ、今日は12月10日だ! やはり、曜日や日付の観念がおかしい。
12月中旬ぐらいになると、昼飯時に母が言う。
「あたしがあんなバカな事をしなければ・・・あんたにこんな世話をさせて・・・」
と少しは殊勝な事を言っている。
私が昼ごはんの用意をしているのを済まないという感情が出て来たらしい。
散歩にもよく出かける様になった。
ディサービスから戻り、コタツに「イテテ・・・」と言いながらポッンと座っていたかと思うと、
また「イテテ・・・」と言いながら横になる。
天井をぼんやりと眺めている。
昨日は大分、正常に近い喋り方をしていたが、やはりどこかぼんやりとしている感じがする。
普通ではない感じがする。
私は相変わらず不眠症が治らず、体中のあちこちが痛む様になってしまった。
鬱状態に近いなと自分でも感ずる。
家を新築したので都税事務所に提出する固都税減免申請書を書いていたら、頭がクラクラしてきた。
やはり、どこかおかしい。
失業したことによるストレスなのか、認知症の母の介護のせいなのか、良く分からないが体調は万全ではない。
運動不足を解消しようとウオーキングに出かけるが腰が痛んで思うように歩けない。
又、自宅近くのクリニックに連れて行って初めて分かったのだが、母が勝手に自分の判断で「アリセプト」の服用を
辞めていた。
それで手の震えが治ったと言い張る。
認知症悪化の不安がよぎる。
あんな介護はもう二度としたくない。
本当に鬱病になってしまう。
認知症の進行を止めるには、今は「アリセプト」ぐらいの薬しかないのだが・・・
その後、3回目の家出はなく無事に平成22年は暮れた。
新年を迎え、順調に行くかと見えたがしばらくすると母が起きてこない。
妻が母の部屋に行ってみると又、メソメソと泣いているみたいだ。
「田舎に帰してくれ!」と言っているらしい。
つい2~3日前にも長男の成人式が終わったら「田舎に帰ると」と言いだしていた。
また、それを蒸し返している。
どれだけ自分の田舎がいいのかなぁ・・・理解し難い。
やはり、本当には認知症が治っていないなと感じる。
ドタバタやっている内に私のアルバイトが決まった。
派遣でも何でもやらないと手持無沙汰のまま人生が終わってしまう。
2月初旬からアルバイトだが、不動産関係の仕事で働き出した。
母は相変わらずいい加減じぶんになると泣きだす。
まったく嫌になる。
まだ田舎に一人で帰す訳にはいかない。
しかし、あまり押さえつけてると、夜になり「死にたい」とか「あん時、逝っちまえばよかった」とか、又愚痴や繰り言ばかり言って来るようになる。
暖かくなったら田舎に連れて行ってやるか?
認知症患者はこんなに愚痴っぽくなるものなのか?
まだまだ、情緒が不安定だなと思える。
どうして、こうも情けない事ばかり言うのだろう?
積極的に生きようという気力が湧いてこないのだ。
やはり、病気のなせる業か?
3月になると母が兄の所へ泊まりに行った。
勿論、一人では無理だ! 妻が連れて行った。
兄の所へ泊りに行ける様になっただけでも以前と比べては大部状態が良くなって来ているのだと思うが・・・
私は自宅でもっと条件のよい勤務先に提出する書類を作成していた。
そんな時、3月11日(金)東日本大地震が起こった。
子供達二人は家にいて無事だった。
私は次の勤務先に勤める積りで、既にアルバイトを辞めていた。
自宅にいたので助かった。
あのままアルバイトをしていたら神田から徒歩で帰宅しなければならないところだった。
母はディサービスに行っていた。
建物が頑丈だったので大きな揺れを感じたと言っていたが、無事だった。
大変だったのは妻の方で、仕事で大森の税務署に行っていたから徒歩で何時間もかけて帰宅しなければならなかった。
その後の騒ぎは皆の記憶に残っている通りで、福島第一原発が爆発したり、仙台の石油コンビナートが炎上したりで大変な被害が出た。
津波で亡くなった人は何万人だったかな?
石巻は津波で壊滅状態だったし・・・
今、調べると2017/12/8 現在で死者15,894人 行方不明者2,546人
避難者 7万7,436人となっている。大変な数字だ!
私の味わった苦労など、苦労の内に入らないな・・・
我が家も水や食料の買い出しのため遠方のス-パーに行ったり、結構あおりをくらった。
せめて水や食料を3日間ぐらいは用意しておくべきだった。
やはり日頃の心掛けが必要だな。
悔んでも遅い。
母に「埼玉に居なくてよかったよかっただろう?」と言ったら、「いっそ、死んじまった方がいい」と答えた。
まったく素直じゃないな。
認知症になった人は皆こんなものなのか?
そうとばかりとは思えない。
どうして、あんな言葉しか出てこないのだろう?
認知症だけのせいだけではない気がする。
持って生まれた性格が認知症発症と同時に露骨に現れて来たという気がする。。
「兄の所へ電話だけでもかけたらどうなんだ!この間泊まったばかりだろう?」と言うと素直に従ったが・・・
俺や兄貴が母親の所へすぐに助けに行けると思っているのか?
ほんと性格が歪んでるなぁ・・・愚痴やひがみ根性が治らないなぁ。
全く嫌になる。持て余す。
認知症患者なんてこんなものなのか?
この捨て鉢な性格は治らないのか?
自殺も出来ないなら頑張って生きるしかあるまいと思うのだが・・・
聞かされるこちらの方がいい加減気が滅入ってくる。
世話をしてる甲斐がない。
二言目には「早く逝きたい」「生きててもしょうがない」と愚痴る。
助けた事を有り難迷惑とでも思っているのか?
素直じゃないなぁ・・・
これではホント生きてる甲斐がないなぁ・・・と思わせられる。
母の様な生き方だけはしたくない。
一見まともに見えて、良く見るとまともじゃない。
認知症発症と共に本性が現れる。
救い難い。
救われない性格だな!
どうしようもない。
今はほっとくしかない。
何を言っても逆らってくる。
ホント厄介な病気だなぁ・・・生来の本性か?
相手にしてられない。