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キートン山田がちびまる子ちゃんの作者に伝えたかったこととは?

 
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1990年にスタートした人気アニメ『ちびまる子ちゃん』。8月15日に原作者のさくらももこさん(享年53)が亡くなったニュースは大きな悲しみを呼んだ。この国民的アニメで小気味よいツッコミを放つナレーションを担当しているのがキートン山田さん(72才)だった。

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キートン山田(きーとん・やまだ)】プロフィール

本  名 山田俊二(やまだ しゅんじ):旧芸名は山田俊二
生年月日 1945年10月25日生まれ。(72歳)
出身地 北海道三笠市出身。
職  業 声優、俳優、ナレーター
事務所 リマックス
配偶者 あり
活動期間 1970年~
デビュー作 タイガーマスク
その他 血液型A型 身長 176㎝

 

1963年、高校卒業後、就職のため上京。建設関連の会社に勤めサラリーマン生活を送るが、同時に憧れだった役者を目指して劇団に入団する。
退職後、第一期アニメブームに乗り、声優デビューを果たす。

1970年、声優としてデビュー後は、アニメ『一休さん』の将軍さま役やアニメ『サイボーグ009』の004役、「ゲッターロボ」(神 隼人役)などで脚光を浴びる。

1983年、山田俊司からキートン山田に改名。
1990年、アニメ『ちびまる子ちゃん』のナレーションで再ブレイクする。
現在も俳優・ナレーター・声優として活躍している。

1990年、『ちびまる子ちゃん』のナレーションを担当。当初は番宣だけで、本編は別のナレーターが担当する予定だった。しかし、原作者のさくらももこは、ナレーターのキャスティングには納得がいっておらず選考は難航していた。

そんな中、自分が番宣を吹き込んだテープが当時ニューヨークにいたさくらの元に送られ、「この声としゃべりが欲しかった」ということで本編も担当することになった。本作でのナレーションが「キートン節」と呼ばれ代名詞となり、代表作に数えられるようになる。

ちびまる子ちゃんの作者(さくらももこさん)に伝えたかったこととは?

突然の訃報で信じられなかった。あまりに若すぎるし、今も実感は無いです。亡くなられていたことを知らされたその前日、妻に「ももこさんの息子さんが誕生して数か月の頃、出演者とスタッフの食事会に連れて来られて、ぼくが抱っこしたことがあるんだよ」と話していたんです。いつも明るくて、気さくで、ぼくは、さくらさんを「先生」と呼んだことはありません。

声優歴の半分以を『ちびまる子ちゃん』に出演しています。人生が大きく変わった作品です。いつの日か、ぼくが引退する日が来たときは、天才・さくらももこさんに「お世話になりました。ありがとうございました!!」と直接お礼を言うつもりでいました。それが叶わなくなってしまい、本当に本当に残念でなりません。

 

キートン山田は大人の男性、ニヒルな皮肉屋役や冷酷な悪役を多くこなし、ナレーションも多い。しかし、特にアニメだけではどんどん新人に役を取られ、いずれ干されることを懸念し、ナレーションも出来る声優に絶対になることを望んでいた。それに伴い、「自分らしいナレーション」を確立させるべく、旅番組の中で落語を採り入れるなどの努力をしていた。

『一休さん』における上様こと将軍足利義満の笑い声は、当初台本では「あっはっはっは……」と記述されていたが、外見や高貴な身分からあまりに不相応であったため、山田が「のっほっほっほっ…!」に差し替えた(中盤からは「のほほほほほ…」で概ね定着した)。

『ちびまる子ちゃん』での台詞「後半へつづく…」はCMに入る際にちょっとした間があったので、第25話「まるちゃん学校でお腹が痛くなる」の巻でアドリブで入れたところ、スタッフ・キャスト・作者に思いのほか受けて採用されることになったらしい。

同作品では、基本的に演者のアドリブが認められていないため珍しいケースだったが、場面切り替え時に「翌日」と入れたり、ナレーションは本編に割り込んでツッコミをする珍しい作りでもあった。また、イントネーションを工夫するなどの努力をしている。『ちびまる子ちゃん』ではナレーションだけではなく、本人役として登場したことが何度かある。

ちびまる子ちゃんのナレーターとして、意識していることは?

『ちびまる子ちゃん』が決まる前に挫折があってね。アニメブームの終息と共に声優の仕事がなくなって、転職も考えました。これからどう生きようかって時に、先ほど言った番宣の仕事が舞い込んだので、とにかくありのままの自分を出していこうと決めたんです。自然体でやろうと。この仕事を続けられるのは『ちびまる子ちゃん』のおかげです。

30分のアニメ番組には収録に2時間くらいかかるらしい。1回座ったままアニメを一通りみんなで見て、その後、立って実際に声を出す。その次が本番だから、どうしてもそのくらいかかるらしい。しかし、ベテランぞろいだから2時間で終わるのは、まだ早い方らしい。NGはちょこちょこあることとキートン山田氏は語る。

「44才のときから放送が始まったんですけど、人生が変わりました。こんなに長い番組をやったことがないしね。なかにはやりたくない仕事だってありましたよ。でも『ちびまる子ちゃん』には、出会えてありがとう、という気持ちでいっぱい。やりたい仕事だと思えましたから。いつまでも続けていたいです。」と語っている。

キートーン山田は「ちびまる子ちゃん」のナレーターとしても広く知られているほか、テレビ番組やコマーシャルのナレーション、著書「三流の一流」、CD「まっすぐの煙」等、様々なメディアでも持ち味を発揮している。

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私生活は?家族や孫は?

54歳の時に前妻と離婚し、61歳で再婚をしている。
お相手は、3人の実子よりも年下で、年齢差はなんと32歳!
キートン山田と妻・山田志保は、もともと声優学校の講師と生徒という間柄で、出会った当初の妻はまだ20歳くらいだったというから驚きだ

女性デュオ「白玉」のボーカルとして路上ライブを中心に活動していた山田志保には、キートン山田主宰の劇団「ゲキフリ」の劇団員として4年ほど活動していた時期もあったらしい。

その後、キートン山田からの猛アタックを経て7カ月ほど交際し、再婚の運びとなった。披露宴には、キートン山田の3人の子供と5人の孫も出席し、実子と再婚相手の仲も良好だそうだ。キートン山田は、ぽっちゃり系美人だという妻にゾッコンで、「明るい妻との毎日が幸せ」「ずっと仲の良い夫婦でいられる自信がある」とのろけている。

これからも『ちびまる子ちゃん』のTV放映は続けられて行くはずでである。後、2年で『ちびまる子ちゃん』はアニメ化30周年を迎える。若い奥様から元気をもらい、小気味よい「ツッコミ」を発揮し続けててほしいものだ。声優の引退など、まだまだ先の話である。益々の活躍を期待したい。

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