リハビリ専門病院へ転院!・・・しかし、母の容態は?

      2018/06/19

Sponsored Link
 

平成28年6月22日、手術後の病院からそのまま介護タクシーに乗り、五反田のリハビリ専門病院に転院した。

 

検査の後、面談した担当医からは腎機能の悪化と貧血が酷い状態なので初日からのリハビリはまず無理であると告げられた。

 

手術した病院からの診察データを渡していたので、容易にその事態は推測出来た。

それは仕方がないとして、まず頭を抱えたのは差額ベッド代だった。

1人部屋なので極めて高い。

 

1ヶ月も居たら何十万円もかかってしまう。

この差額ベッド代には、この先何回も入・退院を繰り返したので本当に大変な負担額になった。

 

去年、田舎の家屋を売却し、幾ばくかの収入があったので一時所得申告をしていた。そのため治療費の負担額割合も後期高齢者なのに1割から2割に上がっていた。

ほんの1割上がっただけなのに何度も入・退院を繰り返すと結構な負担増となった。

その後の在宅介護でも医療器具を自宅に備える時に通常より高い負担となった。

 

それよりも何よりも差額ベッド代の負担が大きい。

後期高齢者の保険料負担が2割に上がった事とは無関係に家計に響いてくる。

幸い、1週間ぐらいで4人部屋に転室でき、その憂いは無くなった。

 

しかし、リハビリの効果は容易に上がらない。

何回か、担当医とリハビリ担当者を交え面談を行った。

母の経過状況は極めて悪いとの報告を受ける。

 

ある日、見舞いに行ったら鼻に管を入れられ、輸血用の管を腕に刺されていた。

貧血状態がかなり重篤であると告げられた。

この病院での貧血の治療と腎機能の治療は限界があり、このままでは無理なので、手術先の病院への転院を又、勧められた。

 

大したリハビリもできない内に3週間余りで手術先の病院に戻ることになった。

又、介護タクシーである。

日記を見ると7月12日だった!

 

暑い盛りである。

入・退院を繰り返すだけで結構な身の回りの物を運ばねばならない。

入・退院の手続きは何度やっても慣れない。

第一に手続きが非常に面倒臭い。

 

そして、必ず付き添いは私である。

正直言って本当に辛い、体がしんどい。

 

結局、逆戻りだ!

先が思いやられる。

 

そして、入院当初は又差額ベッド代だ!

頭の痛い話だ。

 

転院してすぐに医師に又尋ねられる。

延命措置をどうするか?

 

腎臓透析はしない。

これは再確認した。

 

危篤状態に陥った時は心臓マッサージはする。

説得をして輸血もする。

 

しかし、母は又、元の病院に戻った事で半ば投げやりな状態になっていた。

治療拒否に近い態度を取った。

 

食事を受け付けない。

薬も飲まない。

 

医師も看護師も母を持て余す。

私達の説得にも耳を貸さない。

私は抗うつ薬を飲まないともう眠れない状態に逆戻りしていた。

 

親戚の者が見舞いに駆けつける。

兄夫婦も見舞いに来る。

近所の人達も来てくれた。

 

いろいろな人の説得が功を奏し、漸く少しだがやっと食事をする様になった。

薬も飲むようになってきた。

自分でも餓死する覚悟などはできていなかったと思う。

 

3週間余り入院して、又、五反田のリハビリ専門病院に戻れるまでに回復した。

しかし、この時母の取った態度が、この病院への入院を以後事実上断られる羽目になった。

 

はっきりと診療拒否された訳ではない。

医療法上、それは出来ないはずだ!

しかし、やんわりと他の病院への入院を勧められた。

以後、この病院へは入院していない。

 

この後、母は入・退院を何度も繰り返すこととなる。

しかし、この病院での受け入れを事実上、拒否されることになったことへの自覚がまるでなかった。

 

港区の病院へ何度も入院することになるのだが、「こんな知らない病院じゃなくて、なんで家の近くのあの病院へ入院しないの?」と聞いてくる。

無頓着さに呆れて返す言葉が見つからない。

 

 - 未分類