太田光の父親の経歴や職業は?裏口入学金800万円払ったのか?

      2018/10/09

 

お笑いコンビ・爆笑問題の太田光(53)が、出身校である日本大学に裏口入学していたとの虚偽の記事を週刊新潮の「8月16・23日号」などに掲載され名誉を傷つけられたとして、発行元の新潮社約3300万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて東京地裁に提訴していたことが5日、分かった。

 

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太田の父親:三郎氏の経歴や職業は?

 

太田光の父親は、建築家(多分、一般建築士)で内装会社を経営していた。経済的には恵まれていたはずである。又同時に書家としても有名だったらしい。

 

あの有名な焼肉店「叙々苑」の毛筆ロゴを手がけている。看板に使われている毛筆ロゴは、誰もが一度は目にしたことがあるのではないか?
父親の三郎氏が最も得意としていたのは書道らしい。

 

だが、叙々苑側から「太田光の父親が手がけたことをテレビでは語らないで」と言われているのだとか。
イメージが良くないと思ったのだろうか?

 

太田によれば、「叙々苑の社長と(太田の父が)ケンカして、今はそれを言っちゃいけない」事になっ
ているのだとか・・・ホントかね?

 

父親は書道家でもあるので、太田の自伝「カラス」の題字を書いたりもしている。

テレビでは語れないことがあるらしいが、とにかく太田光の父親は凄い人物だった様である。

                  太田の自伝、「カラス」の題字も

 

見事なものである。この本の題字は素晴らしい!
なにしろ、装丁が凝っている。
真っ黒で、表紙なんて黒い紙の上に黒で印字されている。

しかも太田の父親自らの毛筆で!

 

太田光の自伝「カラス(小学館)には、父親が作家に自分が書いた小説を読んでもらった経験があることや、映画監督を目指していたことなどが綴られている。

 

太田にとって、父親の三郎氏は、憧れと畏怖の念を同時に抱く存在だったという。少年時代には落語家の弟子入りを希望したり、太宰治に自分が書いた小説を持ちこんだりと、表現することに大きな関心をもっていた人物だったらしい。

 

太田光の父親は、2012年3月、83歳で他界している。2011年に脳梗塞と心筋梗塞を患い入院していたようだが、突然病状が急変し、急性循環不全のため亡くなってしまったそうである。

加藤浩次やテリー伊藤は、「多才だった父親のやりたかったことを、光さんがやっているように思える」と発言しているぐらいだ。

 

名前もほんとは「ライト」だった?
太田は生まれた当初、親父から「ライト」と名づけられそうになった。
その理由は「ライト」という音を持つ複数の英単語にはそれぞれいろんな意味があり(光、右、権利、書く、etc) 多彩な人間になってほしいという、父親としての願望からであった。

 

しかし当時、漫才師「コロムビアトップライト」が活躍しており、 我が息子が漫才師なんかになっては大変だということで、渋々ライトの和訳のひとつをとって「光」と名づけたそうな。
面白い父親だと思う。
発想がユニークだ。

血は争えない。

 

この様に、多芸多才な才能の持ち主であり、内装業を営んでいたから、経済的には裕福であったはずだ。裏口入学金の800万円を準備するなど造作もなかったはずだ!

又、疑われても不思議のないほど、太田の勉強の出来は悪かったらしい。
それで、こんな噂が出てきたのだろうか?

 

大東文化大学第一高校に通っていた太田が、日本大学芸術学部を受験したのは1984年のこと。自身の進学について、「いずれ日芸に行きたいと思っていた」と自伝に綴っているが、一方で「ダメなら専門学校の横浜映画学校に行ければいいやって思ってました」(爆笑問題 「太田光自伝」より)。

太田光(おおた ひかり)のプロフィール

 

生年月日:1965年5月13日(53歳

出身地:埼玉県上福岡市(現:ふじみ野市)
血液型:O型
身長:170cm
職業:芸人(爆笑問題)、お笑いタレント、漫才師、作詞家、文筆家

愛称:ぴーちゃん

所属:タイタン

田中裕二との漫才コンビ爆笑問題のボケならびにネタ作成を担当。

 

太田光さんの父親:三郎氏はお笑いに興味があり、母親:瑠智子氏(るちこ)は女優を目指していたようである。そのためか、太田光さんが芸人になるときは、あまり反対されなかったらしい。

 

大学時代に相方である田中裕二さんと出会い、大学を中退して芸人の道に進んだそうである。

 

爆笑問題は、太田光さんの毒々しい雰囲気と、田中裕二さんのするどいツッコミが人気である。たまにテレビを見ていると、太田光さんの発言にはヒヤヒヤさせられる一面もあるが、そんな爆笑問題が1988年にテレビデビュー

当時は太田プロだったが、1990年に太田プロから独立。
そのために、一時期は仕事がなくなったこともある。

 

公の場で無軌道な言動・行動・ボケ・意見をすることが多く、それが批判されることが多いにもかかわらず、あまりにもそうしたことを繰り返すため、「バカッター芸人」とも呼ばれていた。

 

漫才や雑誌の連載では他人の失言を批判する発言やボケをすると、田中から「日頃から失言しているお前に言われたくない」と突っ込まれることもよくある

 

1993年に自らの芸能事務所「タイタン」を設立。

社長には元芸人で太田の妻の太田光代が就き、同年NHK新人演芸大賞を受賞。

 

太田光が恋愛するなんてあまりイメージができないが、元芸人の松永光代と1990年に結婚している。
恐妻家としても良く知られている。

 

太田の妻(光代):タイタン社長がが語る

太田の妻で所属事務所の太田光代社長が、デイリースポーツの取材に対応した。8月中に訴状を提出していたことを明かし、「私はツイッターで『訴えます』と言っていたので、有言実行しました。記事が出る直前に、私は2時間、(新潮社の)取材に応えたのに、それがまったく反映されてない記事になっていましたので」でと説明している。

記事掲載後、光代社長はツイッターで、「何がしたいのか。誰得なのかを探っているわ。今回は訴訟です。仕方がありません」などと新潮社への怒りをあらわにしていた。

時事ネタを得意とするコンビとあって、太田は漫才に記事の話題を取り入れたこともあるが、「ネタにしてはいますが、被害を拡大しないためにも否定しています」と夫の思いを代弁した。9日には東京地裁で第1回口頭弁論が開かれるが、太田、光代社長ともに出廷予定はないという。

同誌は問題の記事で、『太田の父親が裏口入学ネットワークを利用して日大サイドに800万円を支払った』などと報じた。報道を受けて太田は「やってないですよ。親父が何をやっていたか、亡くなっているので証明のしようがない」と否定していた。

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まとめ:結論

本当のところは、どうなのだろうか?
神のみぞ知るというところか?

何せ、30年以上も前の事だ。
事情をよく知っている人は存命なのか?
裏口入学のルートはどうやって確保したのだろうか?

新潮デイリーからの抜粋記事によると、暴力団組長の愛人だった芸者の娘と知り合い「知る人ぞ知る裏口ネットワーク」に依頼したとある。
この大学なら裏口入学ルートがあっても不思議はないなぁ!
裁判の行方がどうなるか?
分かったものではないが、有名税みたいなものか?
普段が普段だものなぁ・・・太田も疑われて不思議じゃない。

 

でも、いくら芸人とは言え、30年以上も前の裏口入学まで報道されては黙っていられないだろう!
余りにもイメージダウンが避けられない。
事務所の商品にここまでケチを付けられれば・・・
人気にも影響が出て来るかも知れない。

 

裁判せざるを得ないよなぁ!ここは・・・一つ・・・
やるしかないなぁ!
でも、ホントの所、どうなんだろう?
裏口入学金の800万円の授受!
あったのか、なかったのか?
どうやって証明するのだろう?・・・

 

他人事ながら気になるなぁ・・・

詳しく知りたい方は、「週刊新潮」2018年8月16日・23日号に掲載されているので図書館ででも入手して読んで下さい。正しい判断は司法に委ねるしかないでしょう。

 

裏口入学の具体的なやり取りが見てきた様に書かれているらしいです。
しかし、新潮社は最近、おかしいからなぁ・・・

月刊新潮も休刊すれば良いというものではないのに、何を考えているのか?
マスコミの傾向や対応がおかしい。

 

30年以上も前の800万円なら、今のお金で幾ら位になるのだろうか?
2,000万円位になるのかなぁ・・・
いいなぁ・・・お金持ちは!?
しかし、事実無根なら重大事だぞ・・・これは!?

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