① 財布をどこに隠した? お前のカバンの中身を見せろ!
② 幻覚~亡くなった父がさっき、そこに来ていた。どこへ行ったんだろう?
さっき、お兄ちゃんが来ていたろ?お前とそこで横になって寝ていただろ!
③ 幻聴~誰かが歌を歌ってた。誰なんだろう? 一晩中歌ってた。
Contents
大体、以上の三つ!朝一で3つの内の一つは聞いてきます。
これが連日続くのですから、とてもまともには相手にしていられません。
レビー小体型認知症の患者に限らず、認知症の患者は大抵、一番身近で世話する人間を泥棒呼ばわりします。
不眠症で疲れの取れない私にとっては、耐えがたい時があります。
朝一で「財布をどこに隠した?」などと・・・
あまりにしつっこいと本当にぶん殴りたくなります。殺意すら覚えます。
私は60歳で定年退職し、次の仕事が決まらなかったので、必然的に私が母を看護するしかありませんでした。妻はフルタイムで働いているし、子供達に到底任せられることではないです。第一、まだ学生の身分。
たった一人の兄も本当には宛にならない。
兄は兄で嫁の母親を引き取って暮らしているし、働いているからと私と交替して介護しようとはしない。
丁度、我が家の建て替え時期とも重なり、タイミング的には最悪の時期でした。
月に1度、ハローワークに失業保険受給の申請にゆくのも苦痛。
全く眠れずに埼玉から出かけるときは朝から疲れ果てていた。
埼玉の母の実家は陸の孤島と言ってもいいくらい、思いっきり電車の駅から離れていた。民間のバスはない。
役所の施設を循環するバスが日に数便出ているだけ。
時間ばかりがかかり、遠回りで不便極まりない。
要は使えないバスなのだ。
残暑が厳しい盛りにフラフラになりながら、渋谷のハローワークまで歩いて行った。自家用車がなかったら、埼玉の最寄りの駅までとてももたなかったと思う。
病院に連れてゆくのも車がないと、とても無理な話で埼玉とはいえ完全な田舎だった。ただの農村地帯だ。
私にとっては、ただただ、もう忌むべき場所だった。
母の症状は「レビー小体型」だった。
アルツハイマー型、血管性認知症型についで、日本では3番目に多い症状らしい。
幻覚、幻聴・・・東京に戻ってからの荒れ狂い様・・・
並大抵のものではなかった。
穏やかに老いてゆくケースが多いアルツハイマー型などとは明らかに違っていた。
そして訳の分からないことをいつまでも言っていた。
見えてもいないものを見たと言う。
人が歌っているのが聞こえる。
一晩中歌っている、今も歌っていると云う。
適当にやり過ごすのだが、いつまでも訳の分からぬことを言ってくる。
少しは聞いて、本人の言う通りにしてやらないと一晩中歩き回っている。
預金通帳を盗まれまいとして、夜中じゅうあっちこっちに隠して歩く。
うるさくて眠れない。
電気を付けたり、消したりその明かりや音で目が覚めてしまう。
段々、こちらの頭もおかしくなってくる。
ただでさえ、眠れないのに拍車がかかる。
眠れないということはここまで人を追い込んでくるものなのか・・・
夜中にず~と、「通帳と印鑑」を散々隠しまわり朝になると、実に嫌な顔をして私に尋ねてくる。
「通帳を見なかったかね? きのうはここにあったんだけどね!」と・・・
あっちこっちに隠し回った挙句、どこの場所に隠したか、思い出せなくなっている。
何十回、そんなことが続いたかな?
ある日、一睡もできなかった朝に、また「通帳を知らないか?」「どこに隠した?」と・・・聞いてきた。
その後、母が何を言ったか、もうよく思い出せないが・・・。
「お前のカバンの中を見せろ!」と言うので、思いきり体に叩きつけてやった。
その後、私の取った行動は母のほっぺたを思いきり、ひねり上げてやることだった。そして「まだ言うか!そういうことを言わせるのか!この口は!この俺に向かって、このくそババアめが!」と・・・大声で怒鳴ってしまった。
自己嫌悪・・・
病気なんだ!
怒ってもダメなんだと分かっていても、もう自分を抑えきれない。
「お前の通帳なんか見ていない。お前が勝手にどこかに隠したんだろう!ふざけるな!バカやろう!」・・・
怒鳴り付けられて、憮然とした顔で睨み返してくる。
しかし、怒鳴られてようやく思い出したらしい。
仏間の小さな箪笥の上に置き、裏側に落ちたということを。
そして今でも母は言う。
あの時、私に殴られたと・・・。