認知症の母だけにかまっていられない! 私の再就職先はどこに?

      2019/06/27

認知症の母は少し落ち着て来た様に見える。

ディサービスも週1回だけだが行ける様に契約を済ませた。

近所に散歩に出かける様にもなった。

これで、少しは順調にゆくかなと淡い期待を抱かせてくれた。

まもなく、そんな想いは吹き飛ばされることになるのだが・・・

 

Sponsored Link
 

認知症の母だけにかまっていられない!私の再就職先はどこに?

当時の私は再就職先を見つけるに必死だった。とにかく子供を大学に行かせるために学費を稼がねばならない。

認知症の母だけにかまっている暇はない。

 

最終的には50社ぐらい履歴書を送り、面接にまでいったのは2社だけだった。

世の中は私が思っていたより、キャリアや実力を評価してもらえなかった。年齢だけで、まず撥ねられる。

 

そんな事実を突きつけられて、初めて気がついた。私はただ自惚れていただけだった。

真の実力など身に付いていなかったのだ。

 

真に実力があればリストラもされなかっただろうし、されても再就職先ぐらいすぐに見つかったはずだ。

こんな単純な事に気づくのに私は60年もかかってしまった。

 

バカも極まれりだ!

母のことを笑えない。

 

ヘッドハンティングされる実力も人脈も形成できていなかった。

ただ、私はリストラなんかに打ちのめされているほど柔ではない。

しかし、やはり精神的に不安定になるときがあった。

 

謙虚にならねばならないと思った。

認知症になった母をできるだけ介護し、妻だけに負担がかからないようにしなければならない。

 

だが、結局、母も私も似た者同士なのだ。

互いに気が強く、頑固で強情者で、衝突が起きるのは仕方がないことなのだ。

 

兄の言動に呆れる

そして、兄も歳相応に大人になりきれていない人間だった。

すぐ、カッとなって人を怒鳴りつけることしか能がない。

自分の感情を抑えられない、幼稚な大人だった。

 

とても実母の介護などできない。任せられない。

一度、母がこんな事になる前に母と兄と私の3人で話し合った事があった。

 

その時、兄は母に面と向かっていきなり「俺はてめえの面倒なんか一切見ねえからな!」とのっけから怒鳴ったことがあった。

さすがに私も黙っている訳にはいかず「兄貴、そういう言い方はないだろう?」「兄弟でお母さんのことを考えるのは当然のことだろう。」と諭したことがあった。

 

どうして、兄はこの様な言い方しか出来ないのだろうか?

兄もこの時はすぐに黙ったが、母に謝りもしなかった。

 

母も悪い。何も言い返さない。

その様に育ててしまった。

 

兄嫁の母を引き取って暮らしていたとはいえ、面倒はほとんど兄嫁が見ていたようだ。

兄は人の世話など出来る人間ではない。

 

優越感がコンプレックスの裏返しの人間なのだ。

私には、その原因も分かっている。

 

口に出して言わないだけだ。

傷つくのが分かっているし、実の兄なのに哀れな奴だなと感じる時がある。

 

仕事で人を育てられない。

管理職としては致命的欠陥があり、組織には向いていない。

 

ただ強がっているだけで、本当に強い者には歯が立たない。 その知恵も力もない。

 

戦い方を知らない。 大人の戦い方ができない。

自分でもそれが分かっているから、殊更に強がる。

要するに幼稚なのだ!

 

血は争えない。

亡くなった父もそういう所がちょっとあったなぁ・・。

強がっていた。

 

弱さを家族に見せなかった。 それが致命的で短命に終わった。

 

67歳で亡くなってしまった。 しかも、晩年の12~13年間は病院通いばっかりだった。

 

ただ、違っていたのは私たちより遥かに働き者で、人に頼られる存在だった。

私は亡くなった父の歳をすでに超えた。

負けない様に頑張らねばならないと思う。

 

しかし、兄嫁は言っていた。 嘆いていたなぁ・・・

兄の下に付いた人はすぐ仕事を辞めていってしまうと・・・

 

すぐ怒鳴り付けるためだ。 人に寛容でない。

 

どうして、この男はこんな言い方しか出来ないのだろうか? 精神的に片輪だなぁ~・・・と思うことがよくある。

 

言葉に棘がある。 殊更に事を荒立てる。

 

孫も時として怒鳴り付けるみたいだ。 訳の分からないことで・・・だから、孫は兄の家に泊まってはいかないらしい。

 

隣近所のおばさん連中にさえ嫌われているみたいだ。

兄嫁がこぼしていた。「悪いけどお宅のご主人、私大嫌い!」と隣の人に面と向かって言われたらしい。

 

兄嫁も相当ショックだっただろうなと思う。

普通は思っていても口には出さないものだが、よほど嫌われているらしい。

 

歳をとって、そんな性格が顕著に現れて来ている。

やがて自分が歳を取れば、人を怒鳴り付ける力さえ無くなることに気づいていない。

 

今時稀な珍しい人間だなと思う。

もう少し、大人になっていい歳なのに・・・

 

当然、私ともあまり気が合わないし、付き合いもあまりない。

私が会いたいと思える人間ではないのだ。

 

実の弟がそう思うぐらいなのだから、他人の目から見たらもっと厳しく批判的にみられていると思う。

 

決して悪い人間ではないのだが・・・損をしているなぁと感じる。

どうしてもっと素直になれないのだろう?

 

 

Sponsored Link
 

血は争えない:同族なのだ

母もそうだ! まったく素直でない。 血は争えない。

 

しかし、兄は自分の性格が片輪だと、気づいていないのだろうか?

母が亡くなれば付き合いが途絶えてしまう気がする。

 

自分もやはり時として本性が出てしまう。

もっと歳相応の人間にならなければいけないという自覚はしているが・・・

 

やはり、血は争えない。 兄ほどではないにしても・・・

 

肝心なところで我儘であるし、我が強い所は一生直らないだろうなぁ~!

ただ、人前でそんな感情を表に現わさないという自覚、努力だけはしている積りだが・・・

 

もう歳なので、最近少しマシになって来たかなという感じはしているが・・・他人からどう見られているか、あまり自信はないなぁ。

 

とにかく兄は他山の石だ! 反面教師だな!

 

私も兄も勉強さえしていればいいという育てられ方をされた。

父も母も尋常高等小学校しか出ていない。

 

若くして世の中に出て苦労してきた。

戦中、戦後の混乱した時代を私にはとても乗り越えられなかったと思う。

 

父や母は私たちに、あんな辛酸をなめさせたくなかったのだろう。

その事に私たちは胡坐をかいていた。

 

勉強が出来ている内はそれでも良かったが、成績が下がり出すと、もう私たち二人には何の取り得もなくなった。

 

甘ちゃんだった。

つくづくそう思う。

 

妻にも、それを指摘される。

私は10年以上司法試験を受験し、結局ダメで不動産屋になった。

 

合格しないのも当然だった。

真剣じゃなかった。

同期で合格していった連中は皆もっとハングリーだった。

 

真剣さの度合いが違っていた。

負けて当然だった。

 

父や母にこの事では大変な迷惑をかけている。

謂わば高等遊民だった訳で、今のニートを笑えない。

 

ただ、自分の子供にだけは迷惑をかけまいと思っている。

これからでも人に必要とされる人間にならねばならない。

 

価値を提供できる人間になりたいと思う。

稼ぐも稼ぐが、それだけで終わりたくない。

 

何か世の中に貢献できる人間になりたい。

ならねばならないのだと思う。

 

ただ、晩年の父や母の二の舞は繰り返すまい。

長生きしても母のように病気ばかりではあまり意味がない。

 

老後は決して子供に頼るまい。

自分の生き、死には自分で決めるべきと決意している。

 

尊厳死を考えるべき時代が来る

今はそのために努力する準備期間なのだ・・・と。

 

高齢者の「尊厳死」を真剣に検討すべき時代になっているのではないか?

 

これだけ高齢化と核家族化が進み、人口が増えなければ今の制度のままで社会は成り立っていかないはずだ。

我々、団塊の世代がもっと高齢化したら、世の中一体どうなるんだ!

 

そこら中、葬式であふれかえる。

これから儲かるのは葬儀関係の仕事だな。

 

人口減少、生産労働力の減少、女性の社会的進出を阻むもの、待機児童数の増加、保育園増設も進まない。

移民政策を進めるしかあるまい。

大変な時代が到来すると思う。

 

どうやっても、このままで世の中が成り立ってゆく訳がない。

年金制度が崩壊するのは目に見えているし・・・

若い世代ばかりにツケが回る。

 

もう、やめておこう。

人の批判や理屈ばかり話していても何にもならない。

 

不動産屋として独立、開業できないなら私はどかに再就職してもっと稼がねばならないのだ!!

失われた時間を取り戻さねばならない。

当然、母の介護だけしている訳にはいかない。

 

 

 - 未分類