逢沢一郎!おもてなし婚の裏に見える違法買春行為?大臣固辞の理由?

   

最近の週刊誌が面白いです。週刊新潮、文春を見逃せません。新聞が書けない事を容赦なく掲載しています。三流週刊紙と揶揄する声もありますが決して無視はできません。時には核心をつく記事を載せ、現職の総理大臣がその座を引きずり下ろされたことがあります。例の田中金脈問題です。あの立花隆氏の記事は多分真実でしょう。最近では魔の3回生のパワハラ、戦争発言、セクハラだけに留まらず、今度は自民党の逢沢一郎衆院議員(65)が、売春防止法に抵触する可能性が高い風俗店を頻繁に利用し、違法な買春行為を繰り返している疑いがあると、「週刊文春」が報じています。8月15日・22日夏の特大号で詳細に報じられています。必見の価値あり!皆さん読むべきです。買って読むのが惜しければ、図書館で読みましょう。

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逢沢一郎!おもてなし婚の裏に見える違法買春行為?

週刊文春は逢沢一郎氏に関する情報を4年前に入手し、取材を重ねてきたところ、逢沢氏が「本番店」とされる料金に性交渉を含んだデリヘル業者を複数回利用し、“本番行為”(性交渉)に及んでいた可能性が高いことを写真や証言などで確認した事を報じている。

 

当選11回なのに、週刊文春が大臣固辞の理由を報じています。真実ならホント笑えます。65歳で実にお盛んなこと!                 もう、呆れてものが言えません。 違法買春行為!?国会議員の資格なし。断言出来ます。こんな人が立法府に居てはいけません。

慶応出身の松下政経塾の一期生で代議士三代目なのに、当選5回の『適齢期』をとうに過ぎても、なぜか大臣就任を固辞して来た逢沢一郎衆院議員。 『永田町の七不思議』に数えられてきた謎が週刊文春の取材で明らかとなったと報じられています。

 

魔の3回生だけではないのですね。文春の記事が本当だとすると、逢沢一郎氏は相当な変態・絶倫男ですなぁ~。碌なもんじゃないです。こんなご仁の正体が今までバレずに大過なくやってこれたのが奇跡に近いですね。

 

小泉進次郎氏と滝川クリステルの『おもてなし婚』の発表は、この逢沢議員の醜聞を覆い隠すために仕掛けられたものではないでしょうか?そんな憶測を流しているツイッターまで散見されます。私も何か勘繰りたくなりましたね。

 

しかし、総理官邸前で、いくら記者に取り囲まれたとは言え、私ごとをぶら下がり取材をさせるとは前代未聞の出来事です。小泉進次郎氏!      このご仁も何か勘違いしているのでは?自惚れでしょうか?自分だけは特別扱いされて当然と思っているのでしょうか?

 

結婚発表など、時と場所を変えてすべきでしょう。官邸で結婚発表する愚か者はいません。悪しき前例の見本!しかもぶら下がり取材!  お似合いの二人だと思うのですが、TPOを全くわきまえていません。このご仁も国会議員としての品格に疑問符が付きますね。

 

記者会見を見ていて全然、感動しませんでした。政治家として人気者かも知れませんが、支持できません。おまけに『授かり婚』!何か順序を間違えているのでは?しかも、堂々と悪びれずに。

 

今回、文春の記事は逢沢センセイの『逢瀬』と題し、写真までしっかりと取られています。                            1人の女性と密会を重ね、時には“おかわり”をするという絶倫ぶり!

一文をそのまま掲載します。

豊島区のとある駅前繁華街にある、いたって普通のラブホテル。6月26日の午前2時前に、顔を隠しながらその裏口から姿を現したのは、逢沢一郎衆院議員である。表通りに出ると、眼鏡をずらして、注意深く辺りをキョロキョロと窺う。

逢沢氏は御年65歳。当選回数11回。議員歴30年以上のベテランで、この日は参院選選挙の日程が閣議決定される当日だった。

 

大事な時期に自民党の重鎮が“密会”したお相手は、ワンレンロングのワンピース姿の、四十台と思しき肉感的な熟女。この夜、彼はラブホテルに約六時間も滞在していた。

 

そして、7月21日の参院選で、地元の岡山県と、力を入れて応援した三重県において自民党は勝利を果たす。堂々の結果に心が躍っていたのであろう逢沢氏は、7月30日の夜、都内の高級ホテルにいた。

 

逢沢氏自らチェックインし、入室の約30分後、慣れた様に部屋に吸い込まれて行く熟女。

見紛うことなく、選挙前に件のラブホテルで一緒の時を過ごした女性である。3時間ほど共に過ごし、その熟女は部屋を後にするが、何と入れ替わるように別の女性が部屋に入っていった。何とも“”多き逢沢センセイだが、この逢瀬は大きな問題を孕んでいる。

デリヘル嬢の証言

逢沢氏を長年接客してきた東京・渋谷のデリヘル業者「L」のデリヘル嬢・A子さんは憤りを隠さず言う。

 

「この人は、まだこんなことを続けているんだ・・・絶望的な気持ちです。彼は7年以上前から私の様な風俗嬢を欲望のまま弄ぶ日々を続けてきました。彼は女性を人間として扱うことをしません。自分勝手な性の道具としてこき使って、耽溺する日々。こんな人が国会議員をしていていいのでしょうか」と。

 

「逢沢さんは『安井』という偽名を名乗り、何十回と「L」を利用していました。(同店では)会員№4とかなりの初期メンバーで数年前には、他の子の指名も含めれば、週2~3回利用していました。夜7~8時スタートで四時間コースが主ですが、時間内に終わることなんてありません。延長の繰り返しで朝方7時になったことも。

8時間プレイをすれば、料金は17万~20万円。少なくとも年間一千五百万円以上は風俗に消えている計算になりますよね。相当の上客でした。」

 

逢沢氏の祖父は、岡山市のゼネコン『アイザワ工業』を興した実業家で元衆院議員の逢沢寛氏。家業と地盤を継いだ父・英雄氏は、衆院議員を三期務めた。

 

逢沢氏がその華麗なる系譜に生まれたのは、1945年のこと。少年時代はサッカーに明け暮れていた逢沢氏が政治に興味を持ったのは、74年オイルショックの頃。慶応大学工学部二年生だった逢沢氏は休学して、父の参院選を手伝ったが落選。2年後の衆院選で父は当選。

 

父の背中を見ながら、「政治はやりがいのある仕事だ」という意識が高まっていったという。
丁度その頃、松下電器創業者の松下幸之助が政経塾の構想を発表。逢沢氏は松下に手紙を送った。

 

一千人近い応募者の中から選考を経て入塾。政経塾の5年間で、工場で実習したり、農家に泊まり込んで農業研究に取り組んだ。そして、86年の衆院選に初出馬し、見事当選。

 

「キョンキョン(小泉今日子)が好き。でも、政治家の嫁にはなってくれないでしょうね。」と周囲に語っていた逢沢氏は、当選3年後、35歳で慶応大学の後輩と結婚。披露宴では宮沢喜一元首相が主賓挨拶をするなど、将来を嘱望された。

 

それから、30年。逢沢氏は国会対策委員長、予算委員長、議員運営委員長、幹事長代理などの要職を歴任。現在は谷垣グループの代表世話人を務めている。自民党で当選11回以上の代議士は12人。その中で風の吹きやすい第一区で負け知らずなのは石破茂氏と逢沢氏だけ。選挙に強いんです。(政治部デスク)

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大臣固辞の理由

一族の歴史を遡れば、祖父・父とも大臣経験がない。そのため逢沢氏の入閣は、地元・岡山でも“逢沢家の悲願”と言われていた。スキャンダル報道もなく、政策通の逢沢氏の入閣経験ゼロは「政界七不思議」のひとつ。菅義偉官房長官が『何度も入閣をお願いしているのに、なぜか拒否されちゃうんだよな。』と首を傾げていたという。

 

そんな逢沢氏が「L」に電話をするのは、日中が多いとか。「電話の段階で(逢沢氏は)完全に“風俗モード”に入っていた」とA子さんは証言する。

 

「『L』は元ソープ嬢のオーナーママが切り盛りしていて、逢沢さんは真っ昼間からママに電話してきていました。彼は興奮するとオカマ口調になり、『ねぇ今日はどんな子がいるのぉ。ふぁ~。最高の方、お願いしますねぇ~』なんて変な声を出していた。」

 

逢沢氏が指定するのは、港区のANAインターコンチネンタルホテル東京、シェラトン都ホテル東京、グランドプリンスホテル新高輪など。ときには五反田や渋谷道玄坂のラブホテルを利用することもあったという。

 

この後、A嬢の証言が延々と続きますが、割愛します。(興味のある方は週刊誌を読んで下さい)

 

文春が逢沢氏にまつわる情報を入手したのは、今から約4年前のことだという。一時はこうした風俗の利用を控えていたものの、今年四月頃、「病気が再発している」という証言を入手し、検証を重ねてきたらしい。

 

逢沢氏は約7年以上肉欲に塗れた生活を送るうち、その“名声”は東京都内の熟女系デリヘリ業者の間で知る人ぞ知る存在として蠢くようになったという。

 

逢沢氏は『ちくび』というあだ名で呼ばれていたらしい。ちくび、もとい「安井」の正体が国会議員の逢沢氏というのは、風俗業者の間では周知の事実だとか。しかし、逢沢氏は匿名性を保とうとする努力の痕跡が見て取れる。

 

顔を見られたくないのか、照明は真っ暗。真正面で向かい合った時、顔をクシャクシャに変顔したこともあるらしい。

 

だが、一部のデリヘル嬢には“素性”を匂わせる言動をしている。12年の暮れ頃、『しばらく会えなくなるけどぉー、選挙でいそがしいからぁ』とオカマ口調ではなしたことがあったという。

 

こういう事をしていれば、トラブルも起こるらしい。逢沢氏の地位と財力に目をつけたデリヘル嬢から、恐喝まがいの被害を受けたこともあるらしい。しかし、懲りることはなく、文春の取材では少なくとも東京都内の四つのデリヘル業者を利用していたことが判明しているという。

 

逢沢氏を接客した事のある複数の複数の風俗関係者に文春側は取材した。
すると、逢沢氏は単なる風俗通いを越えて“本番行為(性交渉)”に及んでいたことが明らかになったとか。

 

彼は相当な変態行為で有名なのだ。また、乱暴でデリヘル嬢の評判もあまり芳しいものではないらしい。いずれにしても、プレイ内容に性交渉を組み込んで料金を設定し、集客していたなら、売春の周旋と評価される蓋然性が高いという。

 

また、客の側がそのような店舗と知りながら、頻繁に利用していたなら違法な買春行為を繰り返していたと評価されるのは当然だ。

まとめ

逢沢氏がよく利用していた「L」の運営元は約十年前、売春防止法の違反の疑いで摘発されているという。

 

逢沢氏はこうした業者の利用について、違法性の意識はないのか?
8月5日議員会館で直撃取材したという。

 

「7月30日、都ホテルで何をされていた?」
「うんうん、ちょっと人と会っていたんですね。」

 

「女性二人を招き入れた?」
「いや、そんなありません。(会合?)そうですそうです、はいはい」

 

「B子さんというデリヘル嬢ではないか?」
「いやいや、違います。なんでそんなことを仰るのか」

 

「デリヘルを呼んで金銭を渡して性行為をされた?」
「(語気を強めて)そんなことはないですよ。」

 

「6月25日は、大塚のラブホテルに?」
「いいえ、ございません」

 

「売春は違法行為に当たると思うのですが?」
「あはは、そんなことは当然のことです」

 

「L」や「A」の利用、デリヘル嬢とのトラブルについて質問を重ねたが、逢沢氏は忙しなく瞳を瞬かせながら「わかりません」と繰り返したそうである。

 

文春側は書面でも逢沢事務所に確認したが、回答はなかったという。
かなり、逢沢氏に分が悪そうである。

 

彼が入閣したり、大臣にならないのは自分が一番良く分かっていることだろう。
なった途端にスキャンダルが吹き出し、足元をすくわれるからだ。

 

大人しく議員だけしていれば、逃げ切れると思っているらしい。
いつまでとぼけていられるか?

 

週刊誌を舐めてはいけない。
これで政治生命が絶たれることもあるのだから。

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