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照ノ富士の記録ずくめで奇跡の復活優勝を讃えたい訳と次は綱取りか&嫁取りかを予測!

 
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大相撲でこんな感動的な優勝シーンは、最近ではちょっと見たことがありませんでした。コロナ禍が収束していない中、半年ぶりに観客を入れて開催された大相撲7月場所は2日、東京・国技館で千秋楽を迎え、元大関・東前頭17枚目の照ノ富士関が2015年の夏場所以来となる5年ぶり2度目の優勝を果たしました。相撲ファンはこの史上最大で記録ずくめの大復活劇に酔いしれたようですが、この記録づくめの大復活Vをまとめてみました。

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照ノ富士の記録ずくめで奇跡の大復活優勝を讃えたい訳

プロフィール

四  股 名  照ノ富士 春雄
本  名  ガントルガ・ガンエルデネ
愛  称  ガンエル、ガナ
生年月日  1991年11月29日
年  齢  28歳(2020年8月現在)
出  身  モンゴル人民共和国・ウランバートル
身  長  192cm
体  重  178kg
所属部屋    間垣部屋 → 伊勢ヶ濱部屋
得 意 技     右四つ・寄り

どん底からの大相撲史に残る奇跡の大復活は伊勢ケ浜親方の言葉が支えだった!…再び照る
取組後「こうやって笑える日が来ると信じてやってきた。一生懸命やればいいことあるんだと思った」と喜びを語っています。

まさしくどん底から這い上がり、見事な大復活劇で優勝!中日辺りからひょっとしてという思いで照ノ富士関の相撲を見ていましたが、ここまで記録ずくめの大復活で優勝を果たすとは…!驚きの一言に尽きるかと…ひと頃の凋落した姿からは想像がつきませんでした。

 

どこが記録ずくめだったかと言うと
30場所ぶりの復活優勝は、琴錦(現・朝日山親方)の43場所に次ぐ史上2番目の長期ブランク。
大関経験者が陥落後に平幕優勝するのは、1976年秋場所の魁傑関以来、44年ぶりとか。
幕内の番付最下位にあたる「幕尻」の優勝は今年初場所の徳勝龍以来…。

 

モンゴル出身の照ノ富士は
17歳でモンゴルから日本の高校へ相撲留学、卒業とともに大相撲へ入門して2011年に初場所を踏み21歳で新十両、22歳で新入幕、2015年夏場所に23歳で初優勝し異例のスピード昇進を続けて大関に昇進。

 

この頃は一番「横綱」に近い男と期待され、私生活でも同郷のモンゴル・ウランバートル出身の長い黒髪が印象的な仲間由紀恵似の美女と、デートスポットとして知られる東京・お台場の海浜公園で寄り添う姿を目撃されたりしてしました。

 

相撲も私生活も順風満帆でしたが、その後は両膝の怪我が相次ぎ、糖尿病に加え肝臓や腎臓にも疾患を抱え、伸び悩むことに。右膝のケガから始まり、右鎖骨骨折などケガで思うように取組ができず、2016年だけで3度の角番、大関陥落の危機に。

 

なんとか乗り切って2017年も大関として挑んだものの、春場所は横綱稀勢の里との優勝決定戦に敗れ13勝。翌場所も12勝をマークして続く名古屋場所は成績次第では綱取りの可能性もあったが、その名古屋場所は古傷の左膝の状態が思わしくなく途中休場。

 

横綱を目前にした照ノ富士の相撲人生はここから一気に暗転する。カド番場所でもケガの状態は快方に向かうことなく、古傷の左膝が悪化。連続休場で5度目の角番9月場所だった9月場所で、14場所在位した大関からの陥落が決定。

 

翌月には、元横綱・日馬富士の貴ノ岩関暴行事件の現場に居合わせるという出来事もあり、2018年夏からは前述の幕下生活を送っていた。ケガだけでなく糖尿病や腎臓結石にも悩まされ、親方に何度も引退の相談をしたという。だが、その都度、跳ね返されたとか。

 

大関陥落後、4場所連続で全休するなど番付は十両(昭和以降、史上4人目の大関経験者の十両落ち)、幕下、三段目と急降下。元大関が幕下に陥落なら江戸時代の看板大関の例を除けば明治以降初めてのケースとか。

 

幕内優勝者が幕下に落ちることも前例がないとか。親方、おかみさんと相談して…と進退についても言及。「親方に何回も辞めさせてください」と言いに行ったと…。当時26歳の元大関は心身ともにどん底でもがき苦しむ。

 

「辞めるにしても辞めないにしてもまずは病気を治せ」と師匠の伊勢ケ濱親方(元横綱旭富士)から突っぱねる様に説得され現役続行を決意。しばらくは本場所を離れて治療に専念。

 

昨年春場所には序二段・四十八枚目(下から2番目ですよ!)まで下がり、この間も何度も引退を考えたそうですが、その度に思いとどまらせたのが伊勢ケ浜親方の言葉で「やればできる」と…。

 

親方自身も1987年(昭和62年)秋場所後に大関昇進してから、持病の膵臓(すいぞう)炎が悪化。病と闘いながら、連続優勝した平成2年名古屋場所後に、平成初の横綱に上り詰めた苦労人。恐らく自身の体験も踏まえての励ましだったのでしょう。苦労の跡に頂点が見える…?

 

「(照ノ富士に)後悔させないように、けがに負けて終わってしまわないように。(引退は)けがを克服してやれることをやって、本人も納得してからと思った」と心境を吐露しています。ただ、「ここまでやれるとは」正直に言って思っていなかったと、優勝後に語っています。

 

2年半ぶりの再入幕でいきなり賜杯をつかんだ照ノ富士は、8月2日の優勝後のインタビューで穏やかに、しかし「落ちていたときも応援してくれる方々、家族や親方、おかみさんも、部屋のみんな、支えてくれる人がいた。恩返ししないと」とはっきり話しています。

 

5年前の優勝インタビューでは、決まり文句のような感謝を口にしただけだったようです。しかし今回は、どん底から復活するための地道な努力が、照ノ富士関を人として成長させたのだろうと感慨深げに語っている相撲記者がいるぐらいです。

 

膝の状態が良くないから、万全の稽古はできない。でもその代わり、身体づくりを熱心にやっていた。ある親方は『通っているジムで照ノ富士をよく見かけたが、よく鍛錬していた。努力はいいね』と感激していたそうです。

 

こういう浪花節的な苦労話がたまらなく好きですね。そして優勝した後、涙を流さなかったのがいいし、日本人ではなくモンゴル人でもあったというのもいい。苦難を乗り越えた人間が発する言葉の中身が、一応に万国共通という点に共感を覚えるのです。

次は綱取りか&嫁取りが先かを予測

◇東京・両国国技館  前頭十七枚目・照ノ富士(伊勢ヶ濱)が、関脇・御嶽海(出羽海)に勝利、13勝2敗の成績で幕尻での優勝を決めました。

 

照ノ富士の優勝は、2015年五月場所以来、30場所・5年2カ月ぶり2度目。けが・病気の影響もあり序二段・四十八枚目まで陥落したものの、そこからわずか8場所で幕内優勝を果たすという「史上最大の復活優勝」を果たす。

 

千秋楽を迎え、12勝2敗でトップに立っていた照ノ富士。対するは3敗で追う御嶽海。勝てば優勝、負ければ朝乃山か正代の勝ったほうを交えた三つ巴になる予定だった。巴戦は平成8年11月場所に5人での決定戦以来、24年間なかったので、密かに期待はしていましたが…。

 

土俵上の御嶽海は、気合十分。どちらが勝つかわからない。誰もが息をのんでその瞬間を見守っていた感じでした。立ち合いから踏み込んで左の上手を取り、圧力をかけたのは照ノ富士。

 

そのまま右も、脇をがっちりと締めて相手の腕をしぼりながら上手を取り、次の瞬間、一気に押し込んでの寄り切り。完璧な相撲だった…?いや、相撲の取り口は変わっていません。やはり、力任せの相撲で…ここが一番気懸りな点ですね。

 

2015年夏場所、初優勝時は脇が甘く、相手を引っ張り込む悪癖が膝の故障につながったというのですが…。それは直った…?192㎝、180㎏の恵まれた体で、両腕を抱えてのきめ出しが得意。

 

割れんばかりの拍手に包まれる館内。大関昇進を決めた初優勝から、実に30場所ぶりとなる幕内最高優勝を、本割の土俵で手にしたのでしたが…。立ち合いはもう少し膝を曲げて、立ち合いもちゃんと手を付けばよいのにと武蔵丸親方は思ったそうです。

 

しかし「膝が伸びなくなってしまって、土俵から下りるのもきつかった」と、場所後に照ノ富士関が語っていたぐらいですから、これはいささか無理な注文かと…。今後も、ケガに気を付けて精進するしかありません。

 

ちょっとケガしたり、負けが込むとすぐ休場してしまうあ二横綱なら、誰にでも優勝できる可能性があります。次に綱取りの可能性は大いに期待しうると思いますが…。正代と御嶽海に注意していれば、また照強の部屋一丸となった援護射撃に期待できるかと。

 

長期休場から昨年春場所に復帰した際、心がけたのは膝に負担をかけない前傾姿勢。腰高になるのを修正し、気迫と厳しい攻めに徹すればその可能性は…膝のサポーターが欠かせないとしても、綱取りが再び期待できるのでは…?

 

嫁取りは綱取りの後でしょうね。
もう、5年前のヤンチャな照ノ富士関とは違っています。

 

どん底の暗い闇を経験し、一回り大きく成長した感じです。
5年前に「部屋の近くで同棲しているのでは…?」と噂になった女性を一応掲げておきますね。

来年には吉報を聞きたいものです。


野球もサッカーも、一瞬霞んでしまいました大相撲の熱気で…。

ツイッターの声・反応

https://twitter.com/taichi0319/status/1289841703126409217

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照ノ富士の記録ずくめで奇跡の復活優勝を讃えたい訳~まとめ

番付を序二段・四十八枚目(下から2番目)まで落としても諦めなかった男の復活劇!

 

ホント、良かったです。おめでとうございます。
「諦めなければ、夢は必ずかなう」…という言葉が、陳腐にも綺麗ごとにも聞こえることなく、まっすぐに心に響いてくるのはなぜのでしょうか。

 

こういう言葉が日本人から発せられたではなく、モンゴル人から…。驚きです。流ちょうな日本語で、今までのモンゴル人とは一味も二味も違う感じがしています。

 

大相撲史に残る復活劇を演じた照ノ富士関が自身の相撲人生をかけて体現し、身をもって示してくれました。今場所の彼の偉業は後世に語り継がれるでしょうが、もっとその先を期待したい。

復活ストーリーが完結するのはまだ先のことになりそうですが、この男にはその素質がある。

https://twitter.com/gaihokuto/status/1289845060654120960

やめなくてよかった…。と皆が言える日が来ると信じていたい。

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