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  • 松浦亜弥の長女が通っている幼稚園はどこか?芸能界復帰はいつ?

    松浦亜弥の長女が通っている幼稚園はどこか?芸能界復帰はいつ?

    過去にハロープロジェクトで活躍していた松浦亜弥さんが二人目の子供を授かったとのおめでたいニュースが8日に舞い込んできました。これは夫で男性3人組ダンスボーカルユニット・w-inds.の橘慶太(32)が公式ツイッターで「もうすぐ二児の父親になります」と明らかにしたことから端を発しています。4月の上旬には夫婦そろって長女の幼稚園の入園式に出席したことも週刊誌で報じられていました。今回はその長女の通っている幼稚園はどこかちょっと調べてみました。

    松浦亜弥と夫の慶太さんが長女の入園式にそろって登場!

    まだ子供は1人しかいません。第二子誕生はまだまだ先のはなしです。
    松浦亜弥は2011年に子宮内膜症を患っていたことを公表し、活動を縮小。
    13年8月に橘と結婚し、同年末から事実上の活動休止となっています。
    14年12月に長女を出産しましたが、その長女がこの春めでたく都内にある女子大付属幼稚園に入園し、夫婦そろって入園式に出席したそうです。

    入園式開始直前頃になって現れた松浦亜弥(31)、橘慶太(32)、そして3歳の長女の3人!

    橘が妻と娘を「入園式」と書かれた看板の前に立たせてすばやくスマホで二人を撮影すると、一家は足早に入園式会場に向かっていったそうです。

    決まっていますね。二人とも・・・爽やかです。
    橘はスーツにネクタイ!髪型ピッタシ!
    松浦は濃紺のワンピースにパールのネックレス。
    さすがですね!

    松浦亜弥がおんぶしている子供の顔が見られないのが少々残念ですが・・・
    これがその時の写真です。週刊誌の「女性自身」が撮影したものです。

    長女の通うことになった幼稚園はどこ?

    都内の某女子大付属の幼稚園とまでは分かっているのですが、幼稚園名までは分かりません。
    正式には発表されていません。(情報を収集中です。)
    そこで都内にある女子大付属の幼稚園にはどんなものがあるか調べてみました。
    そうしたら、以下の様な幼稚園があることが分かりました。

    昭和女子大学 附属昭和こども園
    お茶の水女子大学附属幼稚園
    日本女子大学附属豊明幼稚園
    東洋英和幼稚園
    日本女子体育大学附属みどり幼稚園・・・などなど

    それぞれ特色のある幼稚園です。
    独自性を打ち出しています。

    「この中のどれかでしょう」としか、今の段階では言いようがありません。
    結局、今の時点では公表したくないのでしょうから、そっとしておくしかないですね。(分かり次第、追記します。)

    両親が有名人だからと言って、子供があまり小さいうちからあれこれ詮索しては可哀想です。

    中にはよからぬ事を考える奴だって出てきますからね!

    多分、3年保育の幼稚園で小学校にはエスカレーターで上がれるどこかでしょう。
    ゆったりと伸びやかに育っていってほしいものです。

    松浦亜弥はいつ芸能界に復帰するのでしょうか?

    雑誌記者の問いかけにも「子供が可愛くて、可愛くて離れられない」と言っていますから・・・
    どうも当分はなさそうな感じです。

    「松浦亜弥」は昨日9月15日付けでアップフロントとの専属マネージメント契約を終了したことが、アップフロントのオフィシャルサイトで発表されています。

    約17年にわたり在籍したアップフロントを離れたあとは、橘の個人事務所に籍を置くそうですから、復帰は子育てが一段落したあたりでしょうか?

    松浦亜弥は、育児休業中であまり表舞台に出てこず、久しぶりに発表されたのがこの移籍の話でした。
    松浦の本格的な芸能活動再開の話ですが、2人はもともと同じレコード会社に所属しています。
    同じ事務所なら、楽曲提供やサポートもやりやすくなります。

    本格復帰に向けて何らかの「復帰プロジェクト」が計画されているのかもしれませんね。

    本人もノリノリだという噂も流れていますが、この「復帰プロジェクト」・・・
    それほど甘くはないという厳しい意見もあります。
    「松浦亜弥」がトップアイドルとして活躍した時代は、「モーニング娘」が全盛時代の頃・・・

    モー娘はOGも含め、全盛期の勢いがない今、いくら松浦亜弥の楽曲が素晴らし出来栄えだったとしても全盛期の様な再ブレイクはかなり難しいでしょうという見方が一般的にはなされています。

    確かに今の時代だと、これだけ歌から離れていると全盛期の様には完全復帰はできないでしょう。

    子育てが長引けば長引くほど完全復帰は難しくなるでしょうし・・・
    頑張って再ブレイクしてほしいところですが・・・

    最も、歌が売れなくても、お芝居やトークショーは上手ですからTVのバラエティ番組などに出て充分な活動が期待できます。

    ラジオのオールナイトニッポンは6年間も続いたぐらいですから・・・
    ホントのファンなら、歌じゃなくてもきっと応援するでしょう

    長く芸能活動を続けてほしいものですね!

  • 麻原彰晃の空中浮遊はやはりトリックだった?その方法を紹介!

    麻原彰晃の空中浮遊はやはりトリックだった?その方法を紹介!

    先日、執行された麻原彰晃の処刑!彼だけでなく6人の元幹部たちも同日に執行された。
    同日に処刑された数の多さから一時世界の注目を集めた。EU(ヨーロッパ連合)からは「死刑は残忍、冷酷であり犯罪抑止効果はない。」などとも批判された。麻原彰晃は偉大なる予言者であり超能力の持ち主である。オーム出版ではそのように麻原を紹介し、信者獲得に大いに貢献したという「空中浮遊」のトリックについて、改めてその方法を紹介してみよう。

    麻原彰晃の空中浮遊は痩せている人なら誰でもできる?

    以前にはニュースジャパンの報道スタッフの一人が、その「空中浮遊」を大勢のスタッフがいる中でカメラの前に堂々と再現させて見せていた。その模様は現にTVで報道されている。彼はヨガの経験者でもなく、普通の人よりはスマートで体が軽いただの人だった。その後も、TVなどで痩せていて体の軽い蓮華座を組める人なら何人もの人が麻原と同じ様に空中に飛んで見せていた。

    そう、あれは空中浮遊などではなく、蓮華座を組んで反動を付けて上に飛びあがっただけの動作だった。トリックというよりはあまりに単純で、ちょっと細くて体の柔らかい人なら蓮華座を組んで軽々と飛び上がれる様な所作だったのだ。

    麻原彰晃の「空中浮遊」の写真を良く見れば分かる様に髪の毛は逆毛立ち、明らかに力んで飛んでいる。柔道をやっていたというから体は頑丈そうだし相当無理して飛んでいるのが一目で分かる。ただ、ヨガの修行をやっていたというからやっと出来たというのが真相だろう。

    滝本太郎弁護士でさえ自宅で報道スタッフに自分が飛んでいる写真を見せている。
    但、自分が試してみたら出来なかった。まず股関節が固いので、蓮華座が組めなかった。体が重かったので飛び上がれなかった。ちょっと悔しかった思い出である。でも、三カ月ぐらい股関節を柔らかくし蓮華座を組める練習をすれば、出来る様になるなと感じた。

    別段、ヨガの修行などしなくてもあんなものは誰にでも出来る様になる。
    特段の修行など要らない。全く不要である
    なぜ、こんな簡単なトリックさえ信者は見抜けなかったのか?
    不思議でならない。

    何であんな幼稚なトリックに信者は惹かれたのか?

    オウム真理教(現:アレフ)には高学歴のエリート達が多くいた事は良く知られている。オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件は1995年3月20日!
    その先々月の1月17日には阪神淡路大震災が起きている。まさに激動の時代だったと言える。

    1980年代はバブルの時代があり、この頃は日本経済安定成長期の頂点であった頃である。今では考えられないぐらい派手な時代だった。もっとも、そのバブルが弾けて後は反動により長期に渡る低迷期が20年以上続いた。いまも、その影響からは完全に脱却できていないのではないかとさえ思える。
    リーマンショックなどは形を変えたバブルの再来を連想させられる。

    この1995年に起こしたオウム真理教の狂気な事件は未だに理解し難い。
    なぜ、高学歴でエリートの部類に入る人々が麻原の様な詐欺師上がりの人間の言動にやすやすと乗せられてしまったのか?

    インドや英国あたりにはもっと不思議な空中浮遊マジックがあるぞ!

    こんなマジックの方がよっぽど不思議だ!
    よっぽど手が込んでいる。

    ロンドンの空中浮遊はもっとおもしろい。
    見事なもんだ!
    ストリートパフォーマンスとしては数段上だなぁ。

    TVでは田原総一朗に「実際に、今この目の前で空中浮遊して見せろ」と言われ、「こんな所では集中して出来ない」と逃げの弁明をしている。

    麻原を取り調べた検察官にも言われている。「壁を抜けられと言うなら抜けて見せろよ」と・・・麻原は「抜けられなくて申し訳ない」と言ったそうだ。
    麻原は死刑が怖くて、みな部下の信者が勝手にやった事だと逃げていた。

    肝心なことは何も話さず、当初雑談にはよく応じていたらしい。
    「もう一度かるかん饅頭を食べたい」などと言うから、「壁抜けて食べに行ったらいい」と言われると苦笑いしていたらしい。

    処刑前に遺骨は四女に引き取ってほしい様な事を刑務官に言ったらしい。
    運動と風呂は促されると自ら行っていたというから、排泄物垂れ流しも自作自演に思えてくる。
    最後は瞑想状態に入ったふりして全てから逃げていたのだろう。

    こんな詐欺師になぜ、みな騙されたのか?

    空中浮遊なんて、あんな単純なトリックをなぜ信じたのか?
    外にも何が偉大な予言者だ!
    あんな卑劣な国家転覆説を見抜けなかったのか。
    分からない。

    日本の安全神話を見事に崩してくれた男だ。
    最後にまともな事を一つだけ言って消えて行った。
    遺骨を可愛がっていた三女ではなく、四女に渡してくれと言ったのが真実なら
    処刑を完全に理解していた事になる。

    人間の心理の深層を見抜いている。
    やっぱり、詐欺師の才能はある!

     

    しかし、何度どう考えても分からない。
    なぜ、こんな詐欺師上がりの男に、高学歴のエリート達があんなにもやすやすと騙されていったのか?
    あんな凄惨な事件を疑いもなく犯したのか?
    どうかんがえても理解しがたい。

    日本の司法は正しい事したと胸を張っていいんだ。
    欧州からテロが無くならないのは処刑制度を廃止したからだろう!
    戦争にだって参加しているじゃないか?

    銃撃や爆撃をして甚大な被害を小国に与えている。
    そんな国々の奴らに日本が批判される謂れはない。

  • 置き勉自由化即決!小学校校長に称賛!児童の健康は全てに優先!

    置き勉自由化即決!小学校校長に称賛!児童の健康は全てに優先!


    タイトルはヤフーに書いてあったタイトルそのままです。
    不覚にも、私はこの歳になるまで、「置き勉」なる言葉、知りませんでした。今日、ヤフーの記事を読んで初めて知った次第です。
    学校の自分の机の中やロッカーの中に、使わない教科書やノートや道具などを自宅に持って帰らずに置きっぱなしにすることを「置き勉(おきべん)」と言うのだそうですね。
    一体全体、誰が最初に言い出した言葉なのでしょうか?
    「置き本」なら分かるけど、「置き勉」とは!
    どうして、こんな事態になったのか?
    不思議に思い、ちょっと調べてみました。

    児童の安全と健康は全てに優先!岐阜小学校校長の対応に称賛の声!

    なかなか簡単に言える言葉ではないですね。しかも即決で・・・

    「置き勉自由化」を提案したのは、小学4年生の娘さんを持つ久津輪 雅さんという方だそうですが、即決した岐阜小学校の校長先生も偉いですね。
    久津輪さんは、ある日娘さんの「授業科目が多い日は重くて大変」という言葉を耳にし、荷物の重さを測定してみました。すると、娘さんの体重が24kgであるのに対し、荷物の重さは6kg(体重の25%)もあることに気付いたそうです。

    これは、ちょっと想像してみただけでも大変な重さですよね。
    成人男性の体重が仮に60㎏としたら、実に15㎏もの荷物を背負って会社に毎日通うことになる訳ですから・・・
    これじゃ誰だって腰痛や肩こりが起きても何ら不思議はないです。
    大の大人だって悲鳴が出ますよ。

    ましてや、小学校に上がったばかりの子供なら、まだまだ体力がついていないのですから、その負担は相当なものになるでしょう。

    以前と比べて、教科書や道具等が大型化しているし、その上、良く見てみると水筒そして、手提げかばんなどなど・・・
    小さな身体にたくさんの荷物で本当に大変そうでした。
    背景には脱ゆとり教育と言う問題が横たわっているようですね。
    名古屋市議会でも問題になったという事も初めて知りました。
    小学生のうちから、接骨院に通うようでは先が思いやられます。

    名古屋市教育委員会の調査では・・・

    名古屋市教育委員会の調査によると、現在の学習指導要領に基づく教科書は「ゆとり教育」の時と比較するとページ数が約3割増え、かばん類の重みが子供の通学時の負担につながっているとして全国的に問題になっていると報告されました。
    市教委が市立中学4校の1年生約50人のかばんの重さを計ったところ、平均8キロを超えていたそうです。

    他県でも、子どもたちへの影響を考え、「置き勉」対応で動いているところもすでにあると言われています。大部前から問題になっていた事なんですね。
    自分が小学生だったときは、学校が自宅近くだったせいもあり、あんまりカバンの重さが苦になったという記憶はありません。
    そして、教科書も小さかったし、上下に分冊されていたこともあって、負担をそれほどには感じなかったのではないかと思います。

    しかし、中学校になると最初の半年は本当にしんどかったという記憶が残っています。歩いて20分近くかかったし、カバンの中身も小学校の時と比べて格段に量も重さも増え、帰宅すると30分近く横になっている事が多々ありました。6科目もの教科書や副読本を持ってゆく日はホント帰りに学校に置いていってしまいたい気になりました。

    自由化を提案し小学4年生の娘さんを持つ久津輪 雅さん

    行動は冷静だったと思います。
    「久津輪さんはまず、PTAの役員仲間にメールで他の家庭の意見も聞いてみることにしたそうです。すると「重すぎる」という意見が多数。また、授業参観日の懇談会で話題にしてみたところ、「忘れ物をしたくないので、全部詰めて通ったほうが良い」という意見の子もいることも知ったそうです。

    久津輪さんは学校側に荷物の重さについて実態調査をし、健康に影響があると判断できる場合は置き勉を自由化してはどうかと提案しました。歴史ある校則を変えるのですから、学校の説得はそれなりの長期戦になるはず……と思いきや、なんと校長先生が置き勉自由化を即決。調査の実施を待たず、次の役員会で正式に自由化が発表されました。フットワーク軽!」

    校長先生が職員などに配布したプリントには「低学年の先生方には、指導することが増えて申し訳ありません。しかし、児童の安全や健康は全てに優先します」と、明確な指針が記されていました。児童を第一に考える校長のこの言葉も、SNSでは大きな反響を呼びました。」

    ヤフーのニュースには上記の様に掲載されていました。

    称賛の声が上がるのも当然ですね。
    校長のコメントもふるっていました。
    [調査をやっている内にも震災が起きるかもしれないし、ランドセルは軽いからこそ、頭の上に乗せて防災に役立てたり、怖いことがあったときにすっと動けるようにするのは当然です。それに使わないものを置いていくというのも合理的で、当たり前のことですよね。]と述べています。
    なかなか言える事ではないです。しかも即決で・・・

    久津輪さんもルール改善を学校に掛け合う際、まず保護者・教員にそれぞれアンケートを取って、なぜ置き勉を認めていないのか、持ち帰ることによりどんな効果があるのか、逆にどんな弊害があるのか、などを明らかにするつもりでいたそうですから、大人として立派な態度ですね。
    次に、全児童の荷物の重さを実態調査し、学校に押し付けるのではなく、保護者からボランティアを募って学校へ出かけていき、共同で実施するつもりで
    いたそうです。先生方は残業が非常に多く、ただでさえ大変だからデータを共有し、一緒に考える機会を持とうと思っていましたと述べています。

    MAXで6kgだった久津輪さんの娘さんのランドセルは、水筒やプール道具を加えても3.7kgほどにまで減ったのだとか。宿題に必要な教科書だけを持ち帰り、それを翌日持っていくだけなので忘れ物も特にないそうです。

    計画を練った上で学校に提案した久津輪さんと、その意図をくみ取り即座に実行した校長先生。こうした例が今後も増えると良いですね。
    以上の様に締めくくられていました。

    このニュースを読んで感じたこと

    何でもそうですが、大した理由もなくただ校則でがんじがらめにするのは決して褒められた話ではありません。
    当然の話ですが子供にも人権はあります。

    私達の育った時代では教師の権限は絶大なものであったし、校則で縛り付けられて育つのが当然のような雰囲気でした。
    訳もなく殴る教師がいたし、えこひいきが半端じゃない教師もいました。

    今では考えられないぐらい理不尽な事がまかり通っていました。
    親も子供も、それぐらいは当然のことの様に思っていたし、卒業式になると必ず欠席する教師がいました。
    卒業土産に暴力教師に報復しようと画策する輩が少なからずいました。
    暴力の根源には教師がいましたから、報復されて当然です。

    私は中学生の規格化された制服には反対の考えを持っています。
    決して安くない、しかも子供の成長を考えれば3年間も同じ制服で通すのには無理があります。
    仮に着られたとしても、3年間も同じ制服を着続けるのは極めて不衛生であると思います。
    クリーニングも一着しかなければ、そうそう頻繁には出せないはずです。
    この点は是非自由化にしてほしい制度の一つです。

    そして、結論として最後に「置き勉」の唯一の心配点は自由化するのはいいのですが、勉強しない子はますます勉強しなくなるのではないか、ということが懸念される事です。
    自由に任せていい事とまずい事、その判断を子供だけに任せてしまうのは大人として誠に無責任だと思います。

    子供の成長に合わせて、大人が注意深く見守ってあげる事が何よりも肝心なことではないか、と改めて考えさせられました。
    自分の子供だけでなく、他人の子供であっても、そうあるべきと感じました。

  • 上場企業の平均年収、一位のGCAとはどんな会社なのか?

    上場企業の平均年収、一位のGCAとはどんな会社なのか?


    東京商工リサーチの調査によると、上場企業の中で2017年の平均年収が最も高かった企業はM&A(企業合併・買収)アドバイザリーのGCAで、1559万円だった。

    一位のGCAとはどんな会社なのか?

    資本金は5億88百万円、創業は2014年と社歴は浅いがM&A(企業合併・買収)アドバイザリー【Advisory Service】業務を行っている。アドバイザリー業務とは、顧客に対して継続的に助言および事業等の支援を行う業務のこと。日本と米国と欧州を中心に18拠点を有し活動しているグローバルM&Aアドバイザリー会社である。4年連続で首位をキープ。

    2位は不動産業のヒューリック、平均年収は1530万6000円。

    資本金:627億18百万円(平成30年3月末現在)
    都心に保有する多くのオフィスビルを中心とした不動産事業を営んでいる。
    。リーマンショックや東日本阪大震災があった中でも増益増配を継続し、成長
    を維持し続けているとの旨。
    前身は1957年3月、創業の地である東京・日本橋にちなみ、「日本橋興業株式会社」として資本金3千万円をもって設立された会社である。

    3位は朝日放送(現・朝日放送グループホールディングス、1515万8000円)

    4位はM&A仲介の日本M&Aセンター(1418万8000円)だった。
    5位以下は、三菱商事(1386万2000円)、伊藤忠商事(1383万8000円)、ファナック(1318万3000円)、住友商事(1255万1000円)、丸紅(1221万3000円)、三井物産(1213万5000円)――と続き、5大商社が全てランクインしていた。

    上場企業全体の平均年収は599万1000円

    17年の上場企業全体の平均年収は599万1000円(前年比0.6%増)で、6年連続で前年を上回った。業種別では建設業が695万3000円(2.7%増)がトップ。不動産業(675万5000円、0.2%減)、電気・ガス業(673万4000円、2.8%増)が上位を占めた。最下位は小売業の475万円(0.8%増)だった。(2017年の上場企業の年収ランキング(東京商工リサーチの調査を基に編集部作成)

     

    上場企業全体の平均年収は599万1000円

    17年の上場企業全体の平均年収は599万1000円(前年比0.6%増)で、6年連続で前年を上回った。業種別では建設業が695万3000円(2.7%増)がトップ。不動産業(675万5000円、0.2%減)、電気・ガス業(673万
    4000円、2.8%増)が上位を占めた。最下位は小売業の475万円(0.8%増)
    調査は、全証券取引所の上場企業2681社を対象に実施。
    有価証券報告書を基に平均年収を算出した。

    上位10社内に三菱商事など総合商社が5社と半数を占め、次いで、M&A助言・仲介2社、民間放送、不動産、工作機械が各1社と、総合商社の高額さが際立った

    国税庁の「平成28年分民間給与実態統計調査結果」

    2016年の民間企業の平均給与は421万6,000円(正規486万9,000円、非正規172万1,000円)で、2017年の上場企業の平均給与と比べ、正規社員で1.2倍(112万2,000円)、非正規では3.4倍(427万円)の格差があった。
    また、中小企業の事業承継問題や上場企業の投資拡大を受け、M&A関連も2社ランクインした。

    景気浮揚感はあるか。

    やはり、金融、不動産、マスコミ、商社関係が高収入の企業であることが、一目一目瞭然である。しかし、上場企業とそうでない企業との格差があり、何と言っても雇用に関しては正規、非正規との格差が埋めがたい程大きい。この格差をもって世界との価格競争に勝とうとする無理がある。

    多少、収入が増えても、多くの人は社会全体の景気がそれほど良くなったとの実感を抱いていないのではないか。
    日銀の大胆な金融緩和策だけではデフレ脱却はできないのではないか。

    アベノミクスによる異次元緩和で物価は目標とする2%を超え、景気も順調に回復するはずだった。なぜ、異次元の量的緩和で物価は上がらないのか……。
    もっと違う原因によりデフレ現象がなくならないのではないか。

    業種によっても格差が生じており、取り分け小売業が最下位というのが印象的である。又、統計には現れていないが、今後、増大してゆく一方の介護や福祉は、その関連業種の年収が依然低い部類に入ったままであるし、何ら問題点は解消されていない。

    上場企業の平均年収が前年度より、6年連続で上回っているとはいえ、社会全体の閉塞感は否めない。設備投資は増えたが、東京オリンピック関係の重要が多いだけではないのか。統計だけでは分からない多くの要因が日本経済を停滞させている感じがする。多くの問題が未だ未解決のままであると思う。

    それにしても、1位は1559万円か! すごいなぁ・・・

    上には上があるもんだ、自分なら半分でいいんだけど・・・その分、暇な方がいい。

    こんな事ばっかり言ってるから、ダメなんだな。

    ちっとも稼げないんだ・・・少しは反省しよう。

  • 母の介護から解放された瞬間!   老々介護の4つの問題点と解決策!

    母の介護から解放された瞬間!   老々介護の4つの問題点と解決策!

     

    平成29年9月26日(火)、朝、病院を退院すると同時に介護タクシーで特別養護老人ホームへ向かった。

    担当者がすぐ出て来てくれて、そのまま母は特老に入所が出来た。

    やった!

    老々介護からやっと解放された。長かった。

    認知症発症から数えると実に8年間だ!

     

    老々介護からの解放!

     

    わたしは、もう鬱状態になっていたし、正直、母の介護が辛かった。

    世の中には自分より、もっともっと辛い目にあっている人がいるのだと想像こそしても、それは何の力にも救済にもなり得ない。

     

    自分が鬱状態の時は、人を思いやる気持ちなど到底持ち得ない。

    何度、爆発しそうな気持を抑えてきたことか・・・

    表現しきれない。

    先が見えない人生ほど辛いものはない。

     

    やっと今、自由な時間が持てる様になった。

    母から解放された。

     

    どうやって、これから生きようか?

    自分が母親の様にならないためには、これから先、何をしなければいけないのだろうか?

     

    KODAK Digital Still Camera

     

    また、入院か・・・!!

     

    そんな事を考えていた矢先、母が又入院する羽目になった。

    特養に入所できて1ヵ月もしない間に、又入院に付き添わなければならなくなった。

     

    幸い、入院先は近くの日赤医療センターに決まった。

    又、胸に血が溜まったらしく呼吸困難になり意識も混濁し、搬送するベッドの上で横たわっている。

     

    この先、何度こんな惨めな思いでベッドを搬送しなければならないのだろうか?

    解放されたと思った矢先、しかも1ヵ月もしない内に又入院だ!

     

    昨日、特養から電話があり、母が又呼吸困難になっている。

    入院させるので、搬送に立ち会って欲しい旨依頼された。

     

    ベッドを病院まで押して行きながら思いが駆け巡る。

    この母が生きてる限り、解放されることはないのか?

     

    この人を見送るまでダメなのか?

    週1回、見舞いに行くだけでは足りないのか?

     

    どこまで、自分は拘束されなければならないのかと・・・

    漠たる不安に襲われる。

     

    今回は幸い差額ベッドではなかったので、入院費だけで済んだ。

    一体、差額ベッド代だけで今までに何百万円払ってきただろうか?

    200万円か? 300万円か?

     

    老々介護の問題点と解決策

     

    老々介護とは65歳以上の高齢者を65歳以上の高齢者が介護する状態をいう。

    これには「高齢者の妻が高齢者の夫を介護する場合」「65歳以上の子供がさらに高齢の親を介護する場合」の二種類ある。

     

    前者の場合は「認知症の要介護者を認知症の介護者が介護している」時があり、俗に言う「認認介護」となってしまうケースが多い。

    極めて危険性の高い介護状態である。

     

    普通の人でさえ困難な介護を認知症になった患者が介護するなど事故が最も起きやすい状況を招く。

     

    今の日本の制度では既に在宅介護で解決できない現象が起きているのではないか?

    このままで良いのか? 良いわけがない。

    しかし、当面は現状の制度に頼らざるを得ない。

     

    4つの問題点

     

    1.介護度にもよるが、介護する高齢者が肉体的にも精神的にも自由がなくなり負担が増大する。

    2.ストレスから被介護者の虐待行為に及ぶ危険性がある。

    3.認認介護に至っては認知症により、食事や排せつその他介護に必要な世話をしたか、どうかの判断すらでき
      なくなるケースがあるということ。

    4.第三者のサポートが絶対的に必要であること。

     

    解 決 策

     

    1.行政や公的介護サービスをとにかく早く受けること!

      分からないときは恥も外聞も忘れ、関係各機関に聞き回ることしかない。
      公的介護サービスに何があり、どんなサービスが受けられるか

    2.子供や兄弟姉妹、親戚の力を借りる。
      
      ダメもとでもいいから一度は相談してみること。

      何らかの解決策が浮かぶこともあり得る。

     

    3.金銭をできるだけ用意すること。

      お金がないと何もできない。頼めない。

      用意できなければ最終的には生活保護を受けるしかない。

     

    4.認知症にならないように常日頃から頭と体を鍛えておくこと。

    逝くときはピンピンコロリと行きたいものです。

     

    5.あとは信頼できる人を誰か見つけておくことが理想です。

    日頃から何でも相談できて、いざという時何かを遠慮なく頼める様な人をです。

      以上が今、考えられる4つの問題点と解決策です。

     

    これから先は、日本は本当にこのままでよいのか? 大丈夫なのか? という問題提起です。

     

    問題提起

     

    10年、20年後の日本は少子高齢化がもっともっと進んでしまいます。

    我々、団塊の世代が高齢化するのですから大変な時代になると思います。

     

    私は団塊の世代のど真ん中です。

    1949年昭和24年生まれ、68歳です。

     

    どんなに頑張って頭と体を鍛えておいても限界があります。

    いつ、どんな事故や病気になるかなんて誰にもわかりません。

     

    10年、20年先には200万人、いや300万人ぐらいが70代、80代になるでしょう。

    病人ばかりの超高齢化社会がやって来ます。

    葬儀屋さん儲かるでしょうね!

     

    年金制度は崩壊するでしょうし、年金など貰えない世代が増大し、社会不安が起きると思います。

    社会格差も広がるでしょう。

     

    介護が必要になっても皆が皆、特老に入れる訳ではない。

    医療型の老人ホームに入れるのは金銭に余裕のある人達だけ。

    民間の介護型老人ホームなど庶民にとっては高値の花です。

     

    その時、あなたならどうしますか?

     

    大多数は在宅介護するしかありません。

    その介護の担い手は誰がするのでしょう?

    サポートは誰がするのでしょうか?

     

    決定的に人手が不足するのは目にみえています。

    今でさえ足りていない。

     

    10年、20年先には何十万単位で介護・福祉の担い手が必要になるでしょう。

    その時、日本の政治や行政は的確に対応できるのでしょうか?

     

    恐らく今のままでは無理でしょう。

     

    タイ、フィリピン、インドネシア辺りから移民でも受け入れない限り、

    到底日本人だけでは問題解決は無理だろうと思います。

     

    真剣に考えなければならない問題です。

    言葉の問題も出てきます。

    大体、外国人にとって今の介護福祉士などの試験は難し過ぎます。

     

    ハンディキャップを付けなければ合格などは到底覚束ない。

    合格しないと数年で帰国させてしまう今の制度も安直過ぎる。

     

    「褥瘡」「胃瘻」「竃法」、こんな漢字、並みの日本人では読めない、

    書けない、意味も良く分からない。

     

    こんな専門用語を駆使しなければ介護ができない訳ではないでしょう・・・

    これらの言葉の意味まで外国人に理解させなければ働かせないという今の状況は無理があり過ぎです。

     

    介護に携わる人達の安すぎる賃金も大問題です。

    他の業種と同等の賃金を支払わねば有用な人材は集まらないでしょう。

     

    今のうちから取り組んでいかないと完全に手遅れになるはずです。

    危機はすぐ目の前にあります、もう遅いぐらいです。

    そして、我々はそれに見合う負担を覚悟しなければなりません。

     

    外国人が住みやすい国は日本人にとっても住みやすい国になるはずです。

    私達の意識も変えていかねばならないでしょう。

     

    少なくとも身近にいる外国人の国の言葉に無関心でいていいはずがありません。

    例えば、アメリカ、中国、北朝鮮は決して避けて通れない国です。

     

    東南アジアの国々の人々達とも交わっていかねばなりません。

    鎖国の様な状態で移民も難民も受け入れず、日本一国だけでやっていけるはずがありません。

     

    移民の問題は避けて通れません。

    研修生の受け入れ位で事は解決しません。

    喫緊の問題です!

     

    ホントにどうすべきなのでしょうか?

     

    移民を受け入れないなら、我々日本人は相当の覚悟を持たねばなりません。

    受け入れるにも相当の覚悟は必要ですが・・・

    我々は変わらねばならない。

     

    環境に適応できないものは消滅するしかない。

    太古の恐竜が絶滅したように・・・

    日本の人口が5,000万人に半減してから取り組んでも、もう手遅れです。

     

    世田谷区だけでも待機児童は何百人いるのでしょうか?

    保育園に入れないために他の場所に転居する人もいるぐらいです。

     

    私の友人の子供も共働きで、世田谷区で保育園に入れませんでした。

    仕方なく友人の住まいの近くに子供が引っ越し、孫の送り迎えしてもらって何とか暮らしているそうです。

     

    身内が身近にいる人は、こうした転居もできるが、それがいない人は打つ手がありません。

    これではただでさえ働き手が少なくなって行くのに、ますます働き手が無くなってしまうでしょう。

     

    女性の力はこれからの日本社会に是非とも必要な存在です。

    それを日本の社会は全く生かし切れていない。

    セクハラ、パワハラ・・・政治家や役人は本当に自覚できているのでしょうか?

     

    安心して子供を預けられる世の中にしていかねば女性は外に働きに出られない。

    又、子供を多く生むこともできない。少子高齢化!!

    この先に見えてくるものは一体何なのでしょう!?

    私達は今何をすべきなのか?

     

    政治家だけに頼らずに自分たちで社会を変えていかねばなりません。

    人任せにしている限り、我々日本人に明るい未来はないと思われます。

     

    自分も何か行動を起こさねばならない。

    自分にしかできない何かを見つけるしかない。

     

    IT化、ロボット化するのにも限界があるはずです。

    人間にしかできないことが多々あるはずです。

    考えていかねばならない。

    行動しなければならない、避けては通れない問題です。

     

    介護や幼児の保育など完全に省力化、機械化できる分野ではありません。

    せいぜい力仕事をロボットに頼れるだけです。

    人間対人間の問題です。

     

    人と人が直接、真剣に向き合い、接触しなければ解決できない生身の世界なのです。

    このままではやがて日本の国力は衰退し、三流国に堕してゆくでしょう。

    もっともっと住みにくい国、世の中になってしまうでしょう。

     

    保育園で働く人達も、もっと恵まれるべき職業の人達だと思います。

    少なくとも給料が低くて、労働条件が厳しくて辞めてゆく様な状況は早急に解消されるべきです。

     

    これは私たちの怠慢でもあり、応分の負担は覚悟すべきものなのだと肝に銘じるべきなのです。

     

    私たちが行動を起こし、上記の問題が解決されなければ、日本の将来・未来はこないと実感できます。

    そのためには解決の一つの手段として、消費税の増税も止むを得ないと思います。

    但し、既得権にしがみつき甘い汁をすすっている輩を完全に排除してからにしてほしいと願っています。

     

    考えが纏まらなくなってきてしまいました。

    これからもズーと考え続けていきます。

  • 退院後の母をどうするか?良い知恵が浮かばない…何と、特養に入所が決定した!

    兄夫婦にも相談した。兄の家の近くに母が入所できる様な老人ホームがないか?
    都内は我が家の家計ではまず無理だ!看取りをするだけの病院でも月々40万円以上かかる。
    我家が破産してしまう。そこまで親孝行はできない。

    退院後の母をどうするか?良い知恵が浮かばない…

    東京の郊外の老人ホームに入居させるか?
    埼玉にするか、結論は容易に出ない。

    8月の初旬になるとソーシャルワーカーの担当者にはっきりと伝えた。
    今週中に6人部屋に移れないなら、無理にでも退院させると・・・
    担当者は本当に困った顔をしていた。

     

    しかし、本当に困っているのはこちらの方だ!
    この病院に入院しただけでも3回目だ!

     

    差額ベッド代だけで、もう200万円か?300万円か?
    これ以上は無理だ!!

     

    翌日、担当医と話し合う。
    医師は「今、退院させるのは非常に危険だ!」と断言した。
    結局、今週末の診断結果を見て決定する事になった。

     

    この1年半の間で母は入・退院を9回も繰り返している。
    差額ベッド代も半端じゃない。

     

    本当に、もうこれ以上母の面倒は見れない。
    精神的、肉体的、金銭的にも限界に来ている。

     

    特に、私のうつ症状が酷い。
    母の介護がもうできない、限界だ、私の精神が破壊される。

     

    担当医と話し合いをした2日後、母に話した。
    「ここを退院したら母さんはもうどこかの施設に入った方がいい。」と・・・

     

    母は黙って聞いていた。
    その表情からは何を考えているのか、窺い知れない。

     

    週末になると担当医が、来週には「胸に針を刺し水を抜く治療をしてみます」と言い出した。
    「もっと早くやってくれればいいのに・・・」と言いたいのをグッと我慢する。

     

    7月31日までの4日間で18万円以上の請求書が来ている。
    冗談じゃない。

     

    これ以上はもう持たない。
    家計が破綻する。

    何と、特養に入所が決定した!

    8月14日になると母が2人部屋に転室していた。
    担当者に聞くと、本来なら2人部屋には差額ベッド代が発生するのだが、今回は特別に発生しないように処置しますと答えてくれた。

     

    8月18日には特別養護老人ホームの職員が来ることも承知していた。
    私が「母をどこかの老人ホームに入所させよう」との話が出て来た時に、ケアマネージャーに連絡を取り、介護の見直しを依頼していた。

     

    その結果、日赤医療センター近くの特老の職員が8月18日に母の容態を見に、ここの病院に来ることになっていた。
    当日、時間通りに若い女性が来て、てきぱきと質問をして引き上げていった。

     

    特老に入れるか、どうかの結果は判定会議が開かれる8月24日の午後になると分かるとの旨。
    神頼みしかない!!

     

    8月24日当日!・・・午後になっても特老から電話がかかって来ない。
    焦りを感じる。

     

    待ちきれずに3時50分に特老に電話を入れる!
    結果は・・・「OKになった」との事!

     

    「今、電話をしようと思っていたところです」と言う。
    思わず小躍りする。

     

    これで、やっと母の介護から解放される。
    これで、やっと私はうつ病から廃人にならずに済む。

    母の介護から解放された瞬間

    張りつめていた肩から、力がふッと抜けてゆく感じがした。
    目にうっすらと涙がにじんできた。

     

    特老の職員は、母が9月22日まで入院予定であることまで病院に電話をして確認をしていた。
    しっかりした女性だった。いまでも感謝の気持ちが去らない。

     

    私にとって、命の恩人かもしれない。
    そのぐらい私は精神的に追い詰められていた。

     

    入所できるとの結果を聞いて電話を切った後、すぐに母の入院先に電話をして担当医とアポイントを取った。
    週末に会えることになった。

     

    当日、担当医に母が特別養護老人ホームに入所出来る様になった事を伝えた。
    担当医は「日程がはっきりすれば、それに合わせて胸に針を刺し、水を抜く手術を検討してみます」と答えた。

     

    私は「この間、来週それをしますと言ったじゃないか」、と言いたいのを、またグッとこらえた。
    特老に入所出来、それまで差額ベッド代が発生しないなら、それまで待とうとの覚悟ができた。

     

    投薬で何とかなるなら、針を刺さないに越した事はないと自分に言い聞かせた。
    それにしても、今月の請求書は半月で36万円以上、ため息が出る。
    母の見舞いには3日と開けずに様子を見に行った。

     

    9月に入ると特老の担当者に電話をいれ状況を聞く。
    まだ看取りまでの患者が2名いるとの事。

    誰かが亡くならないと入所できないという現実

    要するに、誰かが亡くならないと母の入所日がはっきりと決められないのだ。
    複雑な心境に駆られるが・・・。

     

    ついに、特老に入所できる日が9月26日に決定!
    つまり誰かが亡くなったのだ。後で、その誰かが判明して驚くことになる。

     

    しかし、この時点では誰なのか、まったく分からなかった。
    担当医は慌てて、2~3日前になって母の胸に針を刺し、水を抜く手術をした様だ!

     

    結果は水でなく、血が肺に大量に溜まっていたと後で聞かされた。
    2ヵ月も入院して点滴と投薬だけでは結局何の治療の成果を出せなかったという事だ!

     

    取り出した血の量は300cc近くにもなったとも聞かされた。
    驚きだ!

     

    しかし、何故もっと、早く手術してくれなかったのか?
    そうしたら、こんなにヤキモキしないで済んだのに・・・。

     

    穏やかな良い先生だったが、決定が遅すぎる。
    若干、恨みが今でも残っている。

  • 又、母が入院!今度はどうなるのか?


    平成29年7月27日(木)夕方になり、母が入院させてくれと泣きついてきた。

    すぐ訪問診療してくれている港区の病院へ電話を入れたが、今ベッドが空いていないと言う。

    担当の医師も5時半まで帰れないと言う。

     

    薬を飲ませて今日はもう我慢させるしかない。

    どうして訪問診療の時は「入院は嫌だ!」などと言って医師に本当の事を言わないのか、理解に苦しむ。

     

    最近、おかしかった。

    朝、起きてくると「苦しい、気持ちが悪い」と言いながらトイレに何回も行っていた。

    それでも間に合わず、紙おむつに漏らしてしまっていた。

     

    そういう事を訪問診療の時、医師に告げていたのに「入院は嫌だ!」と逃げていた。

    いよいよ苦しくなって我慢できなくなったのだろう。

    翌日、朝一でタクシーに乗せ病院に連れて行った。

    介護タクシーなど頼んでいる暇はない。

    即、入院となった。

     

    昨日、ベッドが空いていないと言っていたのに・・・

    まあ、とにかく入院できて良かった。

     

    又、差額ベッド代に泣かされることになるが仕方がない。

    もっと早く調子がおかしい時に入院していれば、こんなに苦しまずに済んだのに・・・と思いながら一旦帰宅する。

     

    差額ベッド代がかかる部屋は「預り金」も多額になる。

    郵便局で20万円を下ろし、再び病院の窓口に行き手続きを終える。

     

    病室に行き、母の様子を見ると又「苦しい、気持ちが悪い」と言っている。

    どうも脱水症状ではないみたいだ。

    今までとは明らかに違う。

     

    しかし、検査結果が出るまでは医師も治療はしてくれない。

    仕方がないので母に「頑張れ!」とだけ言って帰って来た。

     

    入院した翌日の夕方、担当医と面談した。

    医師はレントゲン写真とCTスキャンの画面を指さしながら、「右胸に水が溜まっているようです。」と説明してくれた。

     

    確かに右胸の肺はほとんど真っ白になっていた。

    やはり脱水症状ではなかった。

     

    胸に水が溜まっていたのか!

    それで呼吸が出来なくなり「苦しい、苦しい」と言っていたのか・・・

    医師も「苦しい、気持ちが悪い」と言っているのはこれが原因ではないかと思われますと説明してくれた。

     

    胸から水が抜ける薬を飲ませながら様子を見ましょうと言う。

    そして、又、「老人性うつ」の症状も見られる。

    好不調の波が激し過ぎると言う。

    これは昨日、今日始まった事ではないので別段驚きもしなかった。

    「早く逝きたい」「生きててもしょうがない」は母の口癖だ!

    うつでも何でもない。

     

    医師にそう告げると苦笑いをしていた。

    鬱の苦しさなど母にはない。

    これは自分の経験からはっきり言える。

     

    2~3日して母を見舞うともう退院したがっていた。

    冗談じゃない!

    「振り回されるこっちの身になって考えてみろ」と怒鳴ってやりたかった。

     

    喉元過ぎれば何とやらで・・・もう開いた口が塞がらない。

    「どんなでも一週間は無理だよ。」と言って散髪の手配をして帰って来た。

     

    2日後、担当医に会ったのでその事を告げると「退院は当分無理だと思います」と言われた。

    当然と言えば当然だな!

    話すだけこちらが野暮だった。

     

    ソーシャルワーカーの担当者に会って、差額のかからない部屋への転室を早めにしてくれとお願いして来た。

     

    3日後、担当医に又会えたので妻と一緒に話を聞いた。

    「どんなでも1ヶ月の入院は必要です」と医師は言う。

    こちらも正直に話した。

    差額ベッド代で破産する。

    早めに6人部屋に転室させてほしいと・・・

     

    この頃からか、母を埼玉の老人ホームにでも入所させようかとの話が出始めたのは・・・

    もう、正直言って母の面倒を見るのに疲れた!

    泣き言を言う訳ではないが、「この人の面倒を見ていると自分の身がもう持たない」と妻にはっきり言った。

  • 母の入・退院は一体いつまで続くのか?


    当初は、訪問診療、訪問看護をしてもらい私の負担は減った様に感じられた。

    しかし、この状態が長く続いてくると今度は人の訪問自体が非常に煩わしく感じられてきた。

     

    何よりも、その時間は絶対的に外出できない。

    自由になれる時間がないのだ!

     

    母一人では応対さえ出来ない。

    人が来るときには必ず在宅していなければならない。

     

    そして、在宅介護を充実させようとすると様々な事を手配しなければならなくなる。

     

    部屋内で簡易便器を使うのを嫌がる様になると、今度はトイレの中に手をついて立ち上がれるような特別な器具の設置が必要となる。

    玄関の上り框にはつかまり棒を設置しなければならなくなる。

    これらはリ-ス契約で済んだ。

     

    トイレの中と外につかまり棒を設置しなければならなくなる。

    これは区役所からの補助が出るので、その申請もしなければならない。

    そうしないと結構な費用が自腹となり負担が大きくなってしまう。

     

    入れ替わり、立ち代わりで人の出入りが多くなる。

    段々、これが私の苦痛の種となって来た。

     

    不眠と鬱症状の無くならない私には時として、人と会うことさえ拒否したくなるときがある。

    要するに気分が優れないのである。

     

    贅沢病と言ってしまえば、それだけのことなのだが・・・

    非常に苦痛に感じることが多くなった。

     

    月一度、ケアマネージャーと会うのさえ面倒に思える日々が続いていた。

    いろいろアドバイスを貰って大部助けてもらっている人だったが、気分の優れないときは会うのが苦痛だった。

     

    重度の腎臓病になっている母の食べる物を作ることも苦痛の種の一つだった。

    塩分とタンパク質を制限した物を作らねばならない。

    作れるものは限られてくる。

     

    塩分やたんぱく質を制限した食品を掲載してある本をディサービスに行ってる施設の人からもらい、何も作れないときに備えてそれらをFAXで注文した。

    私は料理が苦手なので、作るものはどうしても同じ様なものばかりになってしまう。

     

    米などは特注品ですごく割高で高価なものだった。

    そんな物ばかり使って料理をしなければならない。

     

    この頃の母はもうディサービスにも行かなくなり、通所入浴に週1回施設の車で出かけるだけで在宅している日々が多くなっていた。

     

    必然的に私が食事を作ったり、食事を出したりの日々が多く続き、ストレスも溜まってゆく一方だった。

     

    唯一救いだったのは母がトイレに一人でまだ何とか行けている事だった。

    これに排便の世話まで入れば、私は完全に鬱病になっていたと思う。

     

    私の老々介護のやり方は決して十分なものではなかった。

    妻の助けなしでは到底続けられなかったと思う。

     

    母は時々紙おむつに便を漏らし、それをそっとゴミ箱に隠す様な事をした。

    私に知られるのが恥ずかしかったのだから、私が黙って掃除をしていれば良かったのかもしれない。

     

    しかし、度重なると非常に不衛生である。

    暑い時は嫌でも臭いで気づいてしまう。

     

    きちんとポリ袋に包んで外の大きなゴミ箱に入れないと室内に置いておくのは無理なのだ。

     

    後で、気づいて片付ける時、便が室内のゴミ箱にこびりついてしまい、ゴミ箱ごと洗わないとどうにもならない時があった。

     

    そんな事が続くとさすがに黙っていられなくなる。

    ちょっと注意をすると黙り込んでしまう。

     

    歳を取れば仕方のない事なのだから、こちらも怒ったりはしない。

    しかし、黙って変な隠し方をされると後で余計な手間をかけさせられる事になる。

     

    なぜ、もっと素直になれないのか?

    注意をすれば、又、「早くあの世に逝っちまいたい」「生きていても仕方がない」が始まる。

    厄介な女だなと一人で舌打ちしたこともある。

     

    500円で入れる通所入浴は母にとって広い風呂に入れるので良い気分転換になっていた。

    ただ、暑くなってきたので週1回の通所入浴だけでは気持ちが悪かろうと訪問看護の回数を1回増やすことにした。

    自宅に来てもらい母を自宅で入浴させてもらうことにした。

     

    しかし、この年の夏頃には、母は起きてくる時に「ヒーヒーゼェーゼェー」と苦しがる様になった。

    トイレに行く回数も尋常な回数ではなくなった。

     

    訪問診療の先生が来た時に変調を告げればいいのに帰った後に、気持ちが悪いなどと言い出す。

     

    仕方がなく訪問診療部に電話をかけ再度の往診を依頼する。

    間もなく来てくれたが、医師は又、脱水症状かと思い点滴の準備などをして帰って行った。

     

    点滴の針は私たちには外せない。

    終わる頃を見計らって訪問看護の人が来て点滴の針を外して帰って行く。

    しかし、一向に良くなる気配がない。

    予断を許さない事態になって来た。

  • オレオレ詐欺の電話番号を使った意外ななりすまし手口とは?

    オレオレ詐欺?振り込め詐欺?意外ななりすまし電話とは?


    今年の4月初めの頃だった。
    派遣先の仕事が休みの日で、午前中から家でコタツに入ってゴロゴロしていたら電話が鳴った。

    どうせ、何かのセールス電話かなんかだろう、面倒だなと思いながら受話器を取った。
    すると案の定「○○さんのお宅ですか?」と聞いてくる。

    私が不愛想に「そうですが、何か?」と答えると・・・

    「実は私、警視庁捜査第2課の石田という者です。
    今、渋谷の管内でオレオレ詐欺の集団が捕まったんですが、その中にお宅○○さん名義の郵貯銀行の通帳が一冊見つかりました。最近何か変わった事は起きませんでしたか?」と聞く。

    別段、変わったこともなかったので「何もありませんが・・・」と答えた。
    すると、やけにしつっこく住所を尋ねてくる。
    何度も聞いて確認を取ろうとする。

    こちらがイライラしてきて「そうです。今、言った住所に間違いありませんが・・・」不愛想に答えると、

    「今、被害に遭われた方を1軒ずつ尋ねて、確認を取っているのですが、ご都合の良い時間はありませんか?できればお宅に伺って、この通帳を見てもらいたいのですが・・・」と聞いて来る。

    「何時でも構いませんよ。今日は暇だから・・・」と答えた。

    「分かりました。では4時から5時ぐらいの間はどうでしょうか?」

    「大丈夫ですよ。ところで被害はどれぐらい出ているんですか?」と聞いた。

    「今のところ被害額は大したことありません。被害者は7~8人で2,000~3,000万円位といったところです。大体のところですが・・」と答えた。

    丁度、私は午前中に自分の郵貯銀行の通帳がどこにあるのか、分からず探していた。

    正直言って一瞬、頭が混乱した。
    タイミングが良すぎる。

    ここで、相手の電話番号を聞き返さなかったのが失敗だった。

    相手は畳みかける様に「それではこれから、10分以内に日本銀行の防犯対策課○○係の○○という者から電話が行きます。そうしたら、話をよく聞いて行動をしてください。」ときた。

    「あー、そうですか。じゃお待ちしていましょう」と言って電話を切った。
    どうにもこうにも胡散臭い。

    すぐ妻の勤務先に電話をして通帳のある場所を聞いた。
    妻も「それは怪しい。そんな電話がかかってくるはずがない。通帳はちゃんと家に置いてある。無くなる訳がない」と言う。

    私は「やはりそう思うか?これはオレオレ詐欺だな!」と言うと、間違いなくそうだろうと答えた。
    妻の言う場所を探すとちゃんと通帳はあった。

    ホントに日本銀行防犯対策課○○係と名乗った!

    妻に確認の電話をして暫くすると電話が鳴った。
    出ると、さっき「石田」と名乗った男の言う様に「日本銀行防犯対策課○○係の○○です。警視庁の石田さんから電話があったと思いますが○○さんですか?」と聞いて来る。

    「そうです。○○ですよ。」と答えると、妙にオドオドした声で色々聞いて来る。
    しかし、聞き取れない。
    歳の頃なら65~66ぐらいといったところか・・・

    段々、こっちがイライラしてきて、「あー、ちょっと聞き取れないので、もっと大きな声で喋れませんか?」と怒鳴る様に言うと少しだけ声が大きくなった。

    しかし、やはり聞き取れない。
    何を喋っているのか、さっぱり分からない。
    聞き取った事も今ではもう忘れてしまった。

    思い出せない。
    それぐらい印象が薄い。
    今から思えばまだ「オレオレ詐欺」見習い中だったんだな。

    「あんたの言ってる事が本当か、どうか分からない。こちらから電話を掛けなおしてやるから電話番号を言え!」と怒鳴った。

    すると、「警視庁の方から電話番号は教えないようにと言われていますので・・・むにゃむにゃ・・・」

    「馬鹿野郎!そんないい加減な話に乗ってる暇はねえよ。ふざけるな!この野郎!」と怒鳴って、電話を叩切ってしまった。

    暫くして、「しまった」と思った。
    騙された振りをするんだった。

    騙された振りして自宅に呼び寄せるべきだった。
    そうすれば捕まえられたかもしれない。
    後悔の念がよぎる。

    それにしても悔しい。
    一瞬でも「石田」と名乗る男を信用しそうになった自分に腹が立つ。

    渋谷警察署に通報した!

    腹の虫がおさまらないので渋谷警察署に電話をした。
    どうも「オレオレ詐欺」らしい電話があったと言うと、ものの10分としない内に本当の捜査係の担当者2名が我家にやって来た。

    1人はやや年配の50過ぎぐらいだろうか?
    もう一人はまだ若い、30半ばぐらいか。

    事情を話すとこの後は慎重に行動してほしい。
    電話が鳴っても出ないで欲しいと言う。

    「いや~、腹立ちまぎれに電話を叩きってしまったのを後悔しているんですよ。騙された振りして家におびき寄せるべきでした。そうしたら、捜査にも協力できたものを・・・」と言うと、

    若い方の捜査官が意外な事を言った。
    「いや、我々もよほど確証がない限り、今民間の方に積極的に協力を仰いではいないんです。」

    ちょっと拍子抜けがしたので「なぜ?」と聞くと、これまた意外な返事が返ってきた。

    要は「オレオレ詐欺」集団を一網打尽に捕まえる事は至難の業らしい。
    捕まるのはホンの下っ端の金を受け取りにくるアルバイトの様なアンちゃんばかりで、その上にいる指揮している本当の悪玉がなかなか捕まえられない。

    逃げ延びた連中が捜査に協力した家にとんでもない悪さをしていくらしい。
    例えば、ピザの配達を10万円ぐらい注文したりして困らせるらしい。

    「ふーん、そうですか・・・それは困ったイタズラですね。」と言うと、

    「そうなんです。ピザを配達した店が警察に何とかして下さいと泣きついて来たりするので我々も困っているんですよ。」と答えた。

    その後、又電話があったらすぐ警察に通報してください。
    とにかく今日はもう電話に出ない様にして下さいと言って引き揚げて行った。

    10万円のピザの注文を確認もせずに受けるか!?

    警察官が帰った後、拍子抜けしてしまった。
    その後、再び電話が鳴ることもなかった。

    「オレオレ詐欺」の連中とは相まみえることはなかった。
    しかし、分からないのはピザ店の対応だ!

    10万円のピザの配達を相手先の電話番号も聞かずに受けるのか?
    普通は受けないだろう!
    折り返しの電話で本当に間違いないか、確認するだろうに・・・

    会社のパーティーでもない限り、個人宅で10万円のピザの注文はしないぞ!
    そんな嘘も見抜けない程、ピザ店はおかしな奴ばかり働いているのか?

    大量注文する相手先を再確認するだろうが・・・!!
    初歩的な確認もしないで嘘の注文を真に受けて配達するのか?
    そして警察に泣きつく。

    どこかおかしくないか?
    そのために警察の捜査が委縮するなら本末転倒だ!

    割り切れない思いのまま一日が過ぎて行った。
    後味の悪さだけが残った。

    やはり腹が立つ。
    どこにももっていきようがない。
    ますます腹立たしい。

    それにしても俺の所には良くおかしな事がおきるなぁ。
    携帯電話にしても時々訳の分からない架空の請求が来る。

    この間もメールが入っていた。
    「有料サイト登録履歴があり未納料金が発生しています。本日連絡なき場合法的手続きに移行します。

    日本配信協会03-6384-7022」

    無論、心当たりなどない。
    放置したまま半年が過ぎた。

    警視庁捜査第2課!日本銀行防犯対策課○○係!

    それにしても、あの連中どこで我家の電話番号と住所を割り出したのだろう?

    NTTの電話番号簿からか? もう登録を抹消しておくか!

    我家まで来て、この俺が通帳を渡したり暗証番号でも教えると本気で思っていたのかな?

    警視庁捜査第課!日本銀行防犯対策課○○係!

    こんな胡散臭いなりすまし電話を誰が本気で信用すると思っているのか?

    いるのかな? いるから本気でこんな電話をして来るのだろうな。

  • 訪問診療!訪問看護!老々介護とは?


    平成28年11月24日(木)、母が退院した。

    本格的な在宅介護が始まった。

    老々介護の始まりである。

     

    月2回、訪問診療がある。

    医者が自宅まで来て診察してくれる。

    いざという時は、点滴や注射もしてもらえる。

    勿論、脈拍や血圧などを測ってくれる。

     

    今回、入院した病院ではそういう制度を採用していた。

    これで急坂を息を切らせ、かかりつけ医のクリニックまで行かなくて済む。

     

    ディサービスに行く回数は減ったが、また行くことになった。

    在宅看護も週1回来てもらうようにした。

     

    医師ほどの医療行為はもちろんできないが、脈拍、血圧までは計ってもらえる。

    手足のマッサージや爪を切って行ってくれるのでこちらも助かる。

    マッサージも母が気持ちが良いと言っていたので随分と助かった。

     

    薬も近所の薬局の薬剤師が来て、医者から指示のあった薬を持って来てもらえるので私の負担は大分軽減した。

     

    しかし、困ったことに母が時々ディサービスに行くのを嫌がる様になった。

    理由は良く分からない。

    体がもう大儀になって来ていたのかもしれない。

     

    医者からは運動のために少しは散歩をしなさい、動きなさい、水分をもっと取りなさいと具体的な指示が出るのだが、母は言われないとやろうとしない。

     

    二言目には、又「早く逝きたい」「生きていても仕方がない」との愚痴が多く出る様になった。

     

    負けん気と体力だけが自慢で生きて来た人間には思い通りにならない体など何の意味も持たないのだろう。

     

    入院中にも鬱症状が出ているので、腎臓にはあまり良くないのだが抗うつ薬が処方されていた。

     

    抗うつ薬が手放せなくなっているのは私の方なのだが・・・

     

    ディサービスに行く回数も時間も短くなった。

    しかし、何とか行けていたし、当初は私の負担も減ってホッとしていた。

    食事を出す事と便器の清掃ぐらいで済んでいた。

     

    これだけ在宅看護の体制を整えて母をサポートしていたのに、年が明けて平成29年1月下旬には又、母が入院する騒ぎとなった。

    又、脱水症状が起きたのである。

    どうしようもない・・・手がつけられない。

     

    訪問診療してくれていた医師から、母の左大腿骨骨折の手術をした病院に電話をしてもらい入院させようとしたが、又もやんわりと断られた。

     

    仕方がなく訪問診療してくれていた港区の病院に又、入院することになった。

     

    悩みの種は差額ベッド代だ!

    しかも今回は母が相部屋を嫌がった。

     

    隣の人がうるさくて眠れない。

    落ち着かないなどと言って同室を拒んだ。

     

    始めてのケースだった。

    母がこんな事を言う様になったのは・・・

    何が気にいらなかったのかは今もって良く分からない。

     

    これで一日27,000円がかかる。

    2週間以上入院していたので差額ベッド代だけで486,000円かかった。

    認知症の時と違い、母の意識ははっきりしていたので入院費用は母の預金通帳から支払った。

     

    私達の懐が減った訳ではないので、あまり気にしなければいいのだが・・・

    母が田舎の家屋を売却し、幾ばくか残っていたお金は羽が生えた様に消えてなくなって行った。

     

    平成29年2月14日(火)、母が退院した。

    しかし、これでもまだ終わった訳ではなかった。