投稿者: yamazaki5632

  • 光宗薫のボールペン画が上手い理由とは?AKB時代から才能があったのか?

    光宗薫のボールペン画が上手い理由とは?AKB時代から才能があったのか?

    タレントの光宗薫が5日、約1年ぶりにツイッターを更新した。「摂食障害」などで療養していたが、来年1月に都内で絵などの展示会を行うことを発表した。
    その後のツイッターでは来年1月5日から銀座の画廊で展示会を行うことも告知した。

    光宗 薫(みつむね かおる)のプロフィール

    年 齢:1993年4月26日生(25歳)
    サイズ:T168cm B82 W61 H82

    体 重:摂食障害のため公表なし
    出身地:大阪府
    血液型:O型
    趣 味:ゲーム、マンガ、絵を描くこと
    特 技:クラシックバレエ

    所 属:AKS

    社名はAKB48の主要創設者である秋元康(Akimoto)・窪田康志(Kubota)・芝幸太郎(Shiba)の頭文字を由来とする。
    芸能プロダクション、レコード会社、音楽出版社、映画の企画および制作会社、ノベルティグッズの販売会社も手掛け、AKB48グループ(AKB48・SKE48・HKT48・NGT48)の運営管理会社として「商標権」を保有している。

    宗光は、2011年3月、神戸コレクションモデルオーディションでグランプリとなる。大阪の高校に在学時はメイドカフェでアルバイトをしていたらしい。

    日本のアイドルであり、女性アイドルグループAKB48の研究生であった。

    アイドルグループAKB引退後、モデル業やタレント業、演技の世界では「闇金ウシジマくん」「マッサージ探偵ジョー」など幅広く活動していた。

    光宗薫はAKB48、ひいてはAKBグループ全体にとってまさに「新しい風」であった。「育てるアイドル」のコンセプトから逸脱するようにAKB48加入直後からグラビア、女優デビューし、その後「スーパー研究性」として様々なバラエティ番組に引っ張りだこになっている。

    その類まれな美貌と才能に恵まれた反面、精神的に脆い部分がある光宗薫は、病気(摂食障害)により2017年10月から芸能活動を休止してしまう。

    10代の頃から「摂食障害、脅迫的な症状に悩んでおり」、症状が改善されないことから「再び愛を持って活動が出来るまでお休みをいただく事に決めました」と去年9月のTwitterで休養を発表している。かなり重篤な状態だったのであろう。

    ボールペン画個展でまず復帰の第一歩

    昔から絵を書くのが大好きだったという光宗薫さんは、2013年10月からボールペン画による個展「スーパー劣等生」を開催している。

    2014年4月には、TBS系『プレバト』の水彩画のコーナーで番組初出演し水彩画を披露し、プロの野村重存に大絶賛評価されたとのこと。

    その絵を描く才能はどうやら天性の様である。
    全くの独学で水彩画などを描いて来たそうだから大したものである。
    独特のタッチで描く絵やイラストは、かなり評判だったらしい。
    だが、確かに絵は上手いが同時に気持ち悪いという声も多かった。

    光宗は、Twitterで「一年ぶりくらいです、呟きます。フォローして下さっていて、本当にありがとうございます」とつぶやき、心境などがつづられた直筆の画像をアップしている。

    2018.9.4

    かっては「スーパー研究生」として名を馳せた元AKBの宗光馨!
    これが、きっかけとなり復帰への第一歩となることを祈りたい。

    来年1月に東京・銀座の画廊でボールペン画の個展ガズラー」を開くことを告知している。「2019年平成最後の新春に、6年ぶり、東京では初の展示を行います。原画、複製・物販有。期間中、場内箱内にて在廊予定です」と語っている。

    数ある中の一点を紹介すると上の様なボールペン画が多く展示されるらしい。
    カズラーとはどうやら怪獣の名前らしいが、彼女らしい独特の世界観がお披露目されることだろう。
    休養宣言する前は、摂食障害や強迫観念の影響からか、どうも心が病んでいる様な絵だなぁ・・・という感じが強かった。
    正直言って、上手いがキモいという感じに支配されてる絵が多かった様に思う。

    今度の個展ではそれが、どれくらい払拭されているか、彼女の独特のタッチでどのくらい表現されているか!
    それも見ものだ!でも、ポスターを見る限りではあまり変わってはいない感じがするなぁ・・・
    やはり、まだ病気の影響から抜け出せないでいるのではないか?

    宗光薫 ボールペン画
    個 展 カズラー
    会 期 2019年1月5日~21日 無休
    会 場 ヴァニラ画廊(東京・銀座)〒104-0061 東京都中央区銀座8-10-7 東成ビル地下2F
    営業時間 平日 12:00~19:00 土日祝 12:00~17:00 駐車場なし

    入場料は500円とかなり良心的な値段らしい。多くの入場が予想されるのではないか?

    摂食障害は本当には治っていない!

    直筆の手紙に書いてあるように、体調はまだ不安定であるみたいだ。
    多分、タレント時代の「ストレス」から発症してしまったのであろう。
    「摂食障害」は「過激なダイエット」から発症することもあると言われているが、宗光薫の場合は、もともと食に興味がなく極端な小食であったらしい。

    「今後は展示などで自身でも動いてゆくつもりです。芸能活動に関しましては事務所と相談しながら考えてゆきます」と今後の活動について言及している。

    摂食障害は本当に厄介で辛い病気の様だ。
    おじさん世代の私としては、1983年2月に32歳という若さで没してしまった「カーペンター」のカレン・アンをどうしても連想してしまう。

    単純に症状を言ってしまえば、過食したり、拒食したり、要は食事に関する行動が問題であるのだが、事はそう単純ではない。正しくは「神経性食欲不振症」という病名らしい。

    要は、脳の一部がもう正常に働かなくなって、食事に関する行動が制御できなくなってしまうらしい。1年余りも休養し、入院もしたのだからかなり危険な状態だったのだろう。今はストレスをあまり抱えず、体の調子を見ながら徐々に芸能活動を広げて行くしかあるまい。

    好きな絵の個展から活動を始めるのは賢明な選択と言えるだろう。
    いきなり芸能活動は無理であろうし・・・ストレスを感じない絵を描くことからスタートさせたのは無難な行動だ。

    現役時代は、あまりの激やせぶりから一部のファンの間では「ガンでは?」など重病説がでた出たほどだった。

    美人すぎる新人としてAKB48へ加入した光宗薫!
    そんな光宗薫は、本当の自分と周囲の「スーパー研究生」とのギャップに苦しんでいたらしい。

    「スーパー研究生」と言われるのが嫌だたと語っていた光宗薫は、過度な肩書が嫌で、それがストレスとなり僅か10ヶ月で脱退する原因ともなったらしい。
    絵を描くことで、ストレスを感じることなく社会生活を正常に送れることを祈る。

  • 宮川紗江!塚原夫妻がパワハラの黒幕?協会会長は何をしている?

    宮川紗江!塚原夫妻がパワハラの黒幕?協会会長は何をしている?

    アメフト、レスリング、ボクシングと続き…そして今度は女子体操界
    どうして、こうもスポーツの世界にパワハラ問題ばかりがおきるのだろうか?
    どこの世界でも存在する協会や組織を牛耳るドンの存在が、又も問題の根源にある様だ。今、18歳の少女の告発により、日本体操界に激震が走っている。

    宮川紗江選手の「パワハラ告発!」記者会見

    8月29日、体操女子で2016年リオデジャネイロ五輪代表の宮川紗江選手が記者会見を行い、「宮川選手への暴力があった」として速見佑斗コーチに「日本体操協会が下した無期限登録抹消処分」に疑問を呈した。さらに宮川選手は、「協会から今までパワハラを受けたというふうに感じている。すごく怖かったし、このまま潰されてしまうのではないかということで、周りにも相談した」と明かしている。

    以下、会見の内容を要約すると
    速見コーチが処分を受ける前の7月中旬、協会の塚原千恵子・女子強化本部長、千恵子氏の夫で協会副会長の塚原光男氏に呼び出され、「(速見コーチに)暴力の話が出ている。認めないと厳しい状況になる。あのコーチはダメ。だからあなたは伸びない。私なら速見コーチの100倍教えられる」と言われた。

    千恵子氏から速見コーチの暴力について証言するよう求められたが、宮川選手は「私は証言しません。ずっと前から目標に向けて計画を立ててがんばってきた。自分の考えを言える先生です。家族も先生を信頼して一緒にやっていく」と主張。すると塚原氏から「家族でどうかしている、宗教みたいだ」「五輪に出られなくなる」と言われた。

    塚原夫妻に関わりが深い朝日生命への移籍を勧められた。

    宮川選手は千恵子氏の意向を受け入れなかったことで、ナショナル選手に入っていながら「味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)」を使用できなくなった。

    宮川選手と同様に協会からパワハラを受けている選手がおり、NTCの利用制限を受けている選手やコーチは多数いると証言しています。
    彼女を救うべく、かっての選手達がSNSなどで多く応援の言葉を送っていますね。
    面白いと言ってはひんしゅくものでしょうが、高須クリニックの院長が応援を買って出ているのは受けますね。

    それに比べて、宮川選手を解約した体操教室レインボーの情けないこと・・・
    解除の本当の理由は何なのでしょう?黒幕の姿が透けて見えますね。経営者としての矜持はないのでしょうかね?
    これでは彼女が勇気を奮って告発をするしかないでしょう!

    塚原夫妻の言動がパワハラの元凶、黒幕?

    塚原千恵子氏は、この証言を受けて30日、日刊スポーツの取材に対し「これでは言ったもん勝ちじゃない! もう黙ってないわよ」「悪いことはしていないし、宮川が勝手に言っていること」と発言している。

    また、夫の光男氏も同日、自宅前に集まった報道陣に対し、「なぜ彼女(宮原選手)が嘘を言うのかわからない」「全部嘘です」と語っている。
    この男も、又夫人の千恵子氏に頭が上がらない男の一人らしい。

    一体、どっちの話が本当なのだろう?
    協会はもともと30日に、「宮川選手の証言を否定するプレスリリース」を出す予定であったが、「塚原夫妻の発言」が批判を浴び、さらにレスリング協会や日本ボクシング連盟、日本大学アメフト部の事件とパワハラ問題が相次いでいたことを考慮して「第三者委員会による調査」を決定したらしい。

    「宮川選手を潰す協会」というイメージが世間に広まるのを避けるべく、
    具志堅幸司副会長らが主導するかたちで対処することになったようです。
    そして、30日に緊急で開かれた協会理事らによる会議で、「協会から独立した第三者委員会を立ち上げて調査すること」を急いで決定したみたいです。

    自らの保身に汲々とする幹部達らしい。従来と同じ図式だ!

    具志堅副会長はその緊急会議後に会見を行い、「(光男氏が)あれは全部嘘だというのは、体操関係者として非常に残念な言葉」「18歳の少女が嘘をつくとは思わない」としており、塚原夫妻に厳しい姿勢を取っているようにもみえる。

    塚原夫妻といえば、光男氏が競技委員長、千恵子氏がナショナル強化部長に就任していた1991年の全日本選手権で、審判全員を2人が指導する朝日生命体操クラブOBで固め、朝日生命の選手に有利な採点を出したとして大量の選手がボイコットする事件を起こしたことで知られている。

    今回の宮川選手の告発を受け、世界大会メダリストをはじめ多くの有名体操OBたちが一斉に協会の体質や運営手法に批判の声を上げている。
    「塚原夫妻の独裁体制の弊害」との証言も続々と飛び出して来ているが・・・

    しかし、協会の内情を知る関係者は語る。
    「30日の緊急会議に塚原夫妻は出席しておらず、世間から協会への批判をかわすためには塚原夫妻を「切る」しかないという声も出たようですが、30年にわたって協会を牛耳ってきた塚原夫妻の影響力はあまりに大きい。

    シンパも多いので、これを契機に2人を排除できるかは微妙というか、難しいでしょう。
    (31日に)速見コーチは、処分を不服として東京地裁に行った地位保全の仮処分申し立てを取り下げることを表明し、協会からの処分を受け入れると共に謝罪文まで発表しましたが、協会サイドが速見コーチに働きかけ、「登録抹消の取り消し」と「宮川の指導続行を認める」代わりに、そうさせたともいわれています。

    そして、そこには塚原夫妻の意向が働いていたとみられています。日本の体操界は狭い世界なので、協会を敵に回せば、この世界でやっていくのは難しいのが現実です。まだ30代前半と若く、さらには宮川の指導を続けたい速見コー
    チとしては、協会の提案を受け入れざるを得なかったのは容易に想像できます。」と・・・

     

    また、協会の内情を知る別の人物も語る。
    塚原夫妻が31日に出した声明を読めばわかるように、2人はまったく反省していません。具志堅副会長は会見で塚原夫妻を非難するかのようなポーズを見せましたが、その具志堅副会長にしても、塚原夫妻にはモノを言えるような立場ではありません。

    今回の件を受け、体面上は塚原夫妻に対してなんらかの処分を下すかもしれませんが、それによって2人による強権政治が終わると考えている関係者は協会内部にいないでしょう。

    現在、協会は内部の関係者たちに対し、マスコミの取材等には一切応じないよう「箝口令」を敷いています。
    もっとも、そんな箝口令がなくても、塚原夫妻による犯人探しを恐れて、誰も批判の声を上げられないでしょう。と明かしている。

    又も組織や協会の自浄作用が問われている事態が起きている。

    日本体操協会の会長は誰なのだ?何をしている?

    二木英徳氏」という人物が協会会長らしい。
    彼が、塚原夫妻とグルなのかについて非常に気になる点である。

    名前:二木英徳 (ふたぎ ひでのり) プロフィール
    生年月日:1936年12月23日 年齢:81歳 血液型:不明
    出身地:兵庫県姫路市 出身高校:姫路西高等学校
    最終学歴:東京大学経済学部 職業:日本体操協会会長
    所属:日本体操協会

    日本体操協会の会長を務める二木英徳さんの経歴一覧!
    1960年3月 東京大学経済学部 卒業
    1960年4月 フタギ(株)入社
    1968年4月 同社常務取締役
    1970年4月 ジャスコ(株)(現イオン(株):取締役)
    1984年5月 同社代表取締役社長
    1996年5月 同社取締役副会長
    2000年5月 同社取締役相談役
    2003年5月 イオン(株)名誉相談役
    2008年8月 (株)双樹(株)代表取締役
    2010年3月 (株)ASK PLANNING CENTER取締役
    2016年3月 同社取締役名誉相談役
    2017年6月 同社取締役

    経歴を見る限り、経営者としては非常にやり手な方で華々しい経歴をお持ちのようです。
    2001年から日本体操協会の会長に就任されており、会長のオファーを受けた時に、二木氏は「パトロン的なお金の支援はしない」という条件で引き受けたとのことです。

    体操に関しての経歴の記載がなされていないので、多分全くの素人でしょう。
    会長である二木英徳氏が、塚原夫妻とグルなのか気になるところですが、多分それはないでしょう。
    ただ、体操に関してはズブの素人なので、夫妻に任せ切りにして来たというのが真実でしょう。

    要は、二木氏は体操の問題に関しては全く無能なのです。
    問題解決能力を求めても何も期待出来ない人なのです。
    夫妻に任せっ切りにして来ているのですから、当然と言えば当然の結果です。
    看板だけの人です。不要な人ですね。こういう問題が起きた時は・・・

    副会長である「塚原光男氏」はナンバー2と呼ばれているようですが、妻の塚原千恵子氏には全く逆うことが出来ず、現実には「千恵子さんが絶対的な権力を握っている」と言われています。

    塚原夫婦は、体操界の英雄として体操界を作り上げてきた方達ですし、そういった面で二木会長は、二人に何も言わずに任せきりにして来た事はやはり罪深いですね。同罪ですね。この方も・・・
    グルではなくとも、最高責任者としての当事者能力に欠けていますね。

    何も問題が起きていない時は、二木氏の様な人物が飾りとして存在していても良いのですが、ことこういう微妙で巷問題となっている様な事件が起きると、何の問題解決能力も期待できないのが、大問題となって浮上して来てしまいますね。これでは、勇気を奮って告発した選手が浮かばれませんね。

    最後に輝かしい履歴に傷が付かない内に、塚原夫妻を道連れに勇退されるか、強権を発動して男気を見せ付けられるか、男の進退が問われている状況ですね。しかし、もう81歳では何も期待できる気力・体力・能力が無いか!

    ダメですね。こういう人をいつまでも頭に据えていては・・・
    何ら組織、協会としての発展性は望むべきもありませんね。

  • 蛭子能収さんの名言・迷言・珍エピソード!トーク集を見てみると?

    蛭子能収さんの名言・迷言・珍エピソード!トーク集を見てみると?

    蛭子能収(えびす・よしかず)さんのプロフィール

    生年月日:1947年10月21日(70歳)

    出身地:熊本県牛深市(現在の天草市)、長崎育ち

    職  業:漫画家、イラストレーター、タレント、俳優、映画監督

    漫画家としての活動時期:1973年~

    代表作:「地獄に堕ちた教師ども」「私はバカになりたい」など

    趣  味:競馬、競艇、パチンコ、カジノなどギャンブル一般

    蛭子能収さんってどんな人?

    高校卒業後、看板店に就職。4年半看板制作の業務に携わったのち、上京。
    25歳で漫画雑誌ガロで入選。練馬のダスキンに入社し、配達員や営業を行い支店トップの成績を収める。33歳で同社を退職し本格的に漫画家の道に進む。「ヘタウマ」な画風の草分け的存在で、不条理な作風で注目を集める。マンガだけでなく、現在はテレビや各種メディア、映画、演劇などでも活躍している。

    蛭子能収名言・迷言集一覧の幾つかを紹介

    ・人生の目標は死なないこと。そして自由に生きること。

    ・子供を虐待する親は人として発達していない。そんな親は尿病気と捉えた方がよい。

    ・仕事をしている間は雇い主に時間も自分の考えも拘束されているもの。

    そう思えば我慢できる。プライドはあんまりもたない方がいい。

    ・理由もなくニコニコしていれば相手も正直な気持ちを言いやすくなる。

    だからいつも笑っている方がいい。

    ・人は誰かを喜ばせたり幸せにするために生まれてくる。だから嫁は俺を幸せにするために生まれてきたし、俺は嫁を喜ばせるのが運命だった。そういうことじゃないかな。

    酷すぎる珍エピソード集一覧

    ・1998年マージャン賭博で逮捕された時、「もう博打はしません。賭けても良いです」と言った。4か月間タレント活動を自粛した。自分があんなレートで逮捕されるんなら東尾なんて懲役ものじゃないか、と語っていた。

    ・知人の葬式で、参列者が皆神妙な顔をしていると思わず笑いがこみあげてくるんだそうです。

    自身のファンクラブ会長の葬儀に参列し、棺の中に自著『なんとなくビンビン』が収められているのを見て笑いが止まらなくなり、会葬者をあ然とさせたという逸話がある

    ・人が死ぬと楽しい。つい可笑しくて笑ってしまうとTVでコメントして以来、追悼番組には呼ばれなくなった。

    ・浮気する男性に対し「嫁さんとタダでヤレるのに(浮気する)理由が分からない」と批判的な意見を持っている。

    ・路線バスの番組ロケ時、バスの出発時刻を調べてくれた受付の人に「一生忘れない」と言った5分後にその人の名を忘れる。

    ・12歳の小学校の修学旅行の時、寝小便を心配した姉さんがついて来た。

    ・息子の結婚式のスピーチで謙遜して「中の下くらいの結婚式ですみません」と言い、ひんしゅくをかった。

    ・3人のお子さんがいるが、「子供に興味がない」と発言。孫に対しては段々と興味が湧いてきているようである。

    ・「仕事が嫌で辞めたい」という一般の人の人生相談に対し、「仕事で輝くのは間違い。競艇場で輝くために働くべし」と回答した。

    ・タモリ:井の頭公園の思い出ってありますか?

    家内と結婚前に良く青姦しに来ました。

    珍エピソードはこれだけに限らない。調べればもっともっと出て来るはずである。他はもう忘れた。

    独特の人生観、感性を持つ蛭子能収さん

    語ってくれました。独特の人生観。蛭子さん 「ひとりぼっちの哲学」を語る

    「ひとりぼっちでもいい」いじめられていた蛭子能収さんが語る真の友 :群れて得するのは力の強い人だけ」と言い切る。

     中学時代にいじめを受けていた漫画家・蛭子能収さん。
    「友達は無理につくらなくてもいい」と話します。
    つらい学校生活を経て、編み出した蛭子流「友達論」。
    学校や人付き合いに悩む10代に向けて、語ってくれました。

    全部読めなくてもいいです、これだけ覚えておいて

    【蛭子能収さんのメッセージ】
    ・無理して人に合わせるのはつらい。ひとりぼっちでもいい
    ・学校やクラスなど環境が変われば、いじめはなくなります
    ・微動だにせず、好きなことをしよう

    中学時代は辛いいじめにあっていたようです。唯一の救いは漫画を描くこと。
    その中で、いじめる子をボコボコにする漫画を描いて鬱屈する思いを晴らしていたそうです。使い走りばかりをやらされて学校をやめたいと思ったこともあったそうです。何で先生は気づいてくれなかったんだとか・・・いろいろ思い悩んだそうです。それに耐えて高校の美術部に入部してから、ようやく人生が変わったそうです。

    ――蛭子さんのひとりぼっちの哲学は、いつ育まれたのですか

    性格ですね。自分自身、我慢強いと思います。嫌なことも割とずっとやるタイプでした。いじめられながらも学校に通い続け、高校卒業後に看板屋に就職した時も嫌だ嫌だと思いながら続けていました。それがよかったかどうか、自分でもわからないですけどね。

    とにかく俺は自由なほうがいいな。苦しい思いをしてまで、人に合わすことはないんですよ。

    友達はつくらなくてもいい

    友達をもしつくるんだったら、深く付き合わないことですね。広く浅く。
    何人もいる友達の中の一人、そういう感じで接したほうがいいです。

     深い付き合いはしない

    ――深い付き合いができる親友は必要ないですか

    深く付き合うのはやめたほうがいいと思う。いつでもその人から逃げられるような、離れられるような感じの友達だったらいいと思います。

    ――それは友達と呼べるのでしょうか……。距離感が大事ということですか

    性格とか見抜けない間は、あまり深い付き合いはしないほうがいいですよ。中学生くらいはわからないんですね。高校くらいになって、やっと相手の性格がわかってくるものです。

    蛭子的「真の友達」とは

    ――なぜそこまで友達に警戒するのですか

    そうしないと、すごい疲れることになるし、つらい思いをすることになります。友達に気を使うあまり、だんだん自分が疲れてきますから。

    悪い人なら一緒に悪いことを働かざるを得なくなる。本当、友達っていいよう

    であって「毒」があります。

    時に自由を奪う存在に

    ――「毒」ですか

    最初友達だと思っても、相手の性格をきちんとわかっていないもの。だんだん、横柄になってくる人がいるから。俺が命令されるほうだったので。だいたい、いつの間にか「蛭子、あれ買ってきて」みたいな関係になっています。

    無理して合わして生きるのはつらい

    ――いつの間にか主従関係できてしまうと

    そしたら、少しずつ遠ざかっていったほうがいいですよね。急に態度を変えるのは変だから、ゆっくりゆっくり離れていく。10代のころは誘われても断れず、どんどんその人に付きあうんですよね。

    ――蛭子さんの「友達論」。10代の共感は得られますか

    誰でも彼でも友達さえつくればいいんだよ、という考えはないです。無理して人に合わして生きるのは、本当につらい。ひとりぼっちでもいいんですよ。

     グループは好きじゃない

    ――学校の友達グループは、蛭子さんにとってどういうものですか

    そういうグループの中に入って活動するのは、俺は好きではないです。無理して人に合わせて、その中にとどまっているほうが、後々窮屈な思いをすると思います。

    ――嫌になったきっかけはありますか

    中学時代のいじめを受けたことが大きいです。「蛭子、来いよ」って、不良グループからよく誘われました。だいたい俺が手下みたいにいろいろ買ってくるとか、使い走りでした。

    行っても全然おもしろいことないんですよ。行かないと呼び出しくらって殴られるんですよね。

    得するのは力の強い人

    ――学校では仲良しグループができます。仲間外れを怖がる人もいます
    俺はむしろ、仲間外れにしてほしいって思っていました。群れないほうがいいに決まっていますよ。

    ――それはどうしてですか
    グループとか群れでは、強そうな人が一番上になります。大将格か、家来格か、そういう風に分かれていくもの。得するのは命令する立場になる力の強い人ですね。自分の性格はだいたい命令されるほうでした。

    俺は一番下っ端の使い走りなのに、先生から真っ先に怒られていました。よく教室で立たされていましたね。本当、この学校を辞めたいと思っていました。

    一人でさびしくても
    ――今は、スマホなどのSNS上でグループができて、そこでいじめられることもあります

    俺ね、そこからはじかれたほうがいいと思っているの。今はネットでやり取りするので、すごい簡単に呼ばれると思うんですけど、あまりそれに乗っかるとね。グループから離れられなくなるのは本当につらいと思う。

    もし、そのグループのリーダーみたいな人の言うとおりについていくようなグループだったら、即刻抜けたほうがいいと思う。一人でさびしくても、そのほうがましです。

    窮屈だと思ったら

    ――もし自分が抜け出したいグループにいたら、どうしますか。ひとりぼっちは勇気がいることです
    たしかに、勇気がいります。だけども、この人のいうままに動かされているって察知したら、断ってほしい。
    窮屈だと思ったら早め早めに抜けたほうがいい。離れたいんだということを、少しずつ行動で示しておいたほうがいいです。

    気にせず、好きなことを
    ――居心地のいいグループもあるのではないですか。主従関係が強くなく、趣味で結びついているとか
    趣味で合うグループならいいですね。(自分が好きな)絵を描くグループとかなら。

    でも、そういうのがね、ないんですよ。こっぱずかしいじゃないですか。絵を描くグループって。馬鹿にされるかもしれないですね。ちょっと強いグループからさ。

    でもね、そう思われても微動だにせず、絵を描いておけばいいんですよ。俺はそうでした。
    嫌だ嫌だと思いながら
    取材を終えて感じた「ひとりぼっちの勇気」

    「ひとりぼっちだっていい」。そのシンプルなポリシーは、終始一貫していました。一見気の弱そうな蛭子さんに、孤独を恐れない強さを垣間見ました。

    蛭子さんの中高生時代は半世紀以上も前。けれど、蛭子さんが語られた友達やグループが抱える問題は、今も通ずるものがあるはずです。

    蛭子さんの友達論の底流には、自由を何より大事にする価値観が一貫してありました。

    一見気ままなように見えても、それは、ひとりぼっちでいることの覚悟や強さに裏打ちされたものです。

    誰もが蛭子さんのように生きるのは難しいかもしれない。けれど、彼の本音の言葉が少しでも心の足しになってくれれば。自分にとって「友達」とは何なのか、考えるヒントになってくれれば、と思います。

     

    確かに一人ぽっちでいることは、辛くなかなか出来ることではないでしょう。

    しかし、群れて無理に自分の個性を潰してしまうことの方が、遥かに弊害の方が大きいと思います。一人っぽっちでいる覚悟や強さを持ち合わせていないと

    流されるだけで終わってしまいます。

    何よりも自由でいるということがとても大事なことだと思います。いい加減に見えて、TVでは「グズ」などとも呼ばれている蛭子さんですが、一貫して底流には自由でいることの大事さを大切に生きてきた人生の重さを感じることができますね。

    友達付き合いに悩んでいる10代の子供たちにとって、蛭子さんの生きてきた処世訓はかなり示唆に富む話ではないでしょうか?一人でいる辛さに耐えられないと本当に後悔のない人生を開拓することはできないでしょう。時代は変わっても通ずるものはあると思われます。

    一人でいなければならない期間などそう長くは続くものではないでしょう。
    やがては一人で培ってきた得意な分野で、人との絆も生まれ人生が切り開かれて行くのではないでしょうか?
    人生に一人で我慢が必要な時もあるのですね。
    蛭子さんの独特の人生観が垣間見えて面白い対談集になっていますね。

  • スポーツの指導者は被害者が納得すれば暴力行為を許されるのか?

    スポーツの指導者は被害者が納得すれば暴力行為を許されるのか?

    昨今、スポーツ界は、パワハラ問題がいろいろ取沙汰されていますね。
    アメフト、レスリング、ボクシング、そして、今度は体操と・・・
    体育会系だから」ということで、かっては、なんとなく見過ごされていたことが、昨今はやはり「おかしことはおかしい」ということで、クローズアップされてきたことはいい傾向だと思います。

    被害者本人がOKと言えば、暴力指導はパワハラにならないのか?

    ただ、今回の体操については、やや様相が異なるようです。
    ことの発端は、宮川紗江選手のコーチである速見佑斗氏を日本体操協会が暴力を振るった指導があったことを理由に処分したことです。
    普通であれば、「そりゃひどい、処分されて当然」ということで終わるところでしたが、「被害者」であったはずの宮川選手がパワハラだと思っていないとの見解を表明したことから、「え? だとすると、どうなるの?」という・・・
    これまであまりなかった事態に、こうした問題に関心を持っている人々に混乱を与えるという状況が生じました。
    まず、ここでは、このケースを一般化して考えてみたいと思います。
    つまり、もし本人がOKと言えば、上司が暴力を振るった指導をしてもパワハラにはあたらないのか?というところを考えてみましょう。

     パワハラ6類型
    厚生労働省は、パワーハラスメントを6類型にまとめています。

    (1) 身体的な攻撃
    (2) 精神的な攻撃
    (3) 人間関係からの切り離し
    (4) 過大な要求
    (5) 過小な要求
    (6) 個の侵害

    暴力行為は6類型の最初に来る、身体的な攻撃に当たります。
    言うまでもなく、暴力は、暴行罪に該当しますし、けがをさせれば傷害罪に該当する犯罪行為です。
    パワハラの中でも最も悪質なものです。

    暴力を本人が受け入れたらどうなる?

    上司が、「お前、もっと成績を上げろ」と言いつつ、頭をバッチーンと叩いたケースで、暴力を受けている本人が「いえいえ、私はパワハラだと思っていません」と述べた場合、上司の行為は不問となるのでしょうか?
    確かに、暴行罪や傷害罪も被害者側が同意していれば罪に問われません。

    「お。そうすると、本人が暴力を受け入れれば、上司も無罪だから問題ないんだな」と思うかもしれません。

    また、「ハラスメントは被害者が嫌だと思えばハラスメントになるんだ」という考えを発展させて、「被害者が嫌じゃなければハラスメントにならないんだ」という考えを持つ人もいます。

    この考えによれば、暴力も、受けた本人が「パワハラじゃありません」と言えば、パワハラにはならないことになります。

    しかし、暴力のように、客観的には明らかにパワハラに該当する行為の場合は当事者がOKだから不問になるかというと、実は、そう話は簡単ではありません。

     例えば、企業内ルール違反になる可能性があります

     そもそも企業(団体)内で暴力行為を放置すること自体があり得ません。
    一般的な企業では、服務規律を定め、その中で暴力行為を禁じています。
    例え、本人が「パワハラではない」と言っても、このルールに反します。

    良好な職場環境を害する行為

    服務規律があろうとなかろうと、暴力行為が横行しているようでは、安全な職場環境とは言えません。

    想像してみてください。
    自分が仕事をしている横で、上司から殴られて指導されている同僚がいる状況を・・・

    それを見た従業員は、その職場で安心して働けるでしょうか。
    とても安心して働けませんよね。
    企業には、従業員の職場環境を良好なものに保つ安全配慮義務があります。

    当事者同士が問題ないとしていても、暴力的な指導が行われていれば、企業にはそれを止める義務があり、場合によっては行為者に対して懲戒などの処分もあり得るところです。

    負の連鎖が始まる可能性が大きい

    企業が暴力を伴った上司の指導を不問とすることは、それ以外の暴力行為を嫌だと思う被害者が、被害を申告しにくくなる土壌を作ることになります。
    加えて、指導する上司の側も「あいつはこのくらいの暴力はいいと言っているんだから、お前も我慢しろ」となりかねず、こうした負の連鎖が生じかねません。要するに従業員が萎縮し、物言わぬ環境になってしまうのです。

    従って企業は、例え「被害者」である本人がパワハラではないと言っていても、暴力行為を止める必要があります。
    場合によっては、懲戒処分がなされることがあるでしょう。

    このとき、本人がパワハラだと感じていないという点は、懲戒処分の検討において、行為者の有利な情状として扱われることになりますが、完全に不問になるということはないでしょう。

    今回の宮川選手の場合はどうなる?

     日本体操協会と速見コーチの件に戻しますが、上記に照らせば、協会が処分をしたこと自体、直ちに問題であるということにはならず、むしろ、原則的な手法をとったものと思えます。

    ただ、本来一番保護されるべき宮川選手が大きな不利益を被っているのではないか、という違和感があり、さらには、協会が見立てたところの被害者である宮川選手への事情聴取が十分になされていなかったのではないかという疑問もあります。

    一般的なパワハラ調査は、被害者、加害者、第三者(目撃者など)を十分に調査して結論を出します。 協会の認定した事実関係では「被害者」になるはずの宮川選手への事情聴取が十分されていないとなると、その調査過程には疑問なしとの問題点を隠しようがありません。協会が拙速に結論を急いだように見えます。

    このあたりは、まだ事態が動いているようなので、確定的なことは言えませんが、違和感はぬぐえません。

    やはりパワハラのない社会にしなければならない

    いずれにしても、パワハラに対する目が厳しくなってきていることはいい傾向です。 スポーツ界では、「体育会系だから」ということで、ある程度のことが許容されていたきらいがあります。 そうした悪しき慣習は捨てて、健全で、常識的なスポーツ界になることを目指さねばなりません。

    今回、体操のリオデジャネイロ五輪女子代表の宮川紗江選手(18)が日本協会幹部からパワハラを受けたと主張した問題で、名指しされた塚原千恵子女子強化本部長(71)が30日、都内で取材に応じ、宮川選手の29日の会見での発言に反論しました。

    29日までは日本協会から発言を禁止されていたという塚原氏は「これでは言ったもん勝ちじゃない! もう黙ってないわよ」と語気を強めて憤りをあらわにしていました。

    まあ、塚原夫妻が宮川選手に対して「五輪にいけない」と発言した事の真否は、その前後の発言状況を良く調べなければ何とも言えません。

    また、塚原氏は「速水コーチの100倍は教えられる」という事は言っていませんと否定しています。

    宮川選手は塚原氏から「宗教みたいね」と言われたと言っているに対しても、 塚原氏はNTC(ナショナルトレーニングセンター)で説教されて、1時間立たされているのは見たことがある。跳馬の陰の見えないところに連れて行って見えないところで全く何をしているのか・・・強化本部長として焦った。

    NTCでのこれは大問題になる、と。だからすぐに協会に報告して「急いで調査してください」と言った。苦情は受けた以上は調査しないと。(7月)11日から(弁護士が)コーチ4人、選手3人に対して聞き取りを初めて、15日に宮川と話をした。

    「これは暴力ではないか?」と宮川に聞いたら、最初は否定した。
    目撃者も7人いるし「多くの証言があるからだめよ」と言ったら暴力は認めたけれど、宮川は「練習指導の一環だと思っています」と答えた。

    親は知っているのと聞くと「容認しています」と答えた。
    コーチ、親と一緒にチーム宮川でやってきたと言って、頑なに言うことを聞かなかった。暴力があるのを家族も認めているのは異常でしょ?

    あら~宗教みたいね」とは言った。それがだめなの? 女の子が叩かれていることがおかしい。叩いたら強くなるというのは間違いですよ。と反論している。

    自身が監督を務める朝日生命への勧誘はあったのか?

    NTCが使えないのだから、2020特別強化選手は朝日生命の体育館が使える。コーチの補助も必要なので「朝日生命の体育館で練習しなさい」とマネジャーを通して練習拠点として提案したことを認めている。

    速見コーチが宮川選手への暴力指導で無期限登録抹消処分を受けた後、宮川選手が7月の合宿で「帰りたい」と発言したことについては、勝手に休んだり合宿を抜けたりするのはわがまま。試技会も参考にしたり、合宿で分かることもあるし「帰りたい」はだめよ。「足が痛いから何もしていないじゃない」と言ったことも認めている。

    宮川選手は会見で「他の選手も同じことを思っている」と主張しているが、塚原氏は「選ばれない選手はそう思っているかもしれないね。」と述べている。
    圧力はあったのか」という質問に対しては、全部こういうふうに(雑談で)話していることです。圧力なんかありませんよ。

    自身は何も悪いことはしていないという認識ですかという質問に対しては、
    「悪いことはしていないし、宮川が勝手に言っていること。」と反論している。

    まとめ:第三者委員会の徹底的な調査が不可欠!

    塚原氏の反論は一見するとまともな事を言っているようだが、一連の発言はやはり宮川選手に対して高圧的ではなかったのか、ここも調査の必要があると思う。

    また、塚原氏が、長く強化本部長を続けていることに弊害はないのか?
    これも問題点のひとつだ!指導者としての資質に問題はないのか?

    塚原氏が監督を務める朝日生命には、最近では世界を狙える選手が育っていない事も引っかかる点だ。「引き抜き行為」と受け止められても不思議はない。ここ20~30年で体操クラブは方々に出来て充実してきている。
    朝日生命クラブに往年の輝きはない。オリンピック代表選手をあまり輩出できていない。要するに低迷期に陥っている。

    バルセロナ五輪体操銀メダリストでタレントの池谷幸雄氏(47)が、日本体操協会のパワハラ問題について、自身のクラブの選手が引き抜かれそうになっていたことを明かしている。

    引き抜き行為について「自分が監督をしているクラブから日本の代表選手が出るっていうことの価値がどれだけすごい」ことかは、みなさんわかると思う。
    自身の体操クラブに小学生時代から所属する昨年の世界選手権金メダリスト村上茉愛選手(22)も引き抜かれそうになっていたことを明かし、「うちのクラブの村上茉愛もありましたから、やっぱりそういう部分はあるっていうのは多く聞きます」と語っている。

    いづれにしても、選手ファーストの立場に日本協会は立っていない。
    だから、今回の様な問題が起きてしまう。原則論だけでは解決できないのが現状なのだ。その認識に欠けている。

    翻って、宮川選手の態度にも問題があると思われる。自分が暴力を振るわれているのにパワハラと認識できない頭の中身はどうかしている。自分だけの問題ではなく、これは他の選手にも関係してくる問題である。1人のオリンピック代表選手を育てるために、99人の選手が犠牲になっているかも知れないのだ。他の圧倒的な犠牲者の上に、一人のオリンピック代表選手が暴力指導によって選ばれる!これは、もう間違いなく異常事態だ!

    叩けば強くなるのは確かだ!
    精鋭部隊を作るには一番の近道だ。しかし、その過程で何人の犠牲者を出さなければならないのか?
    ここが問題の要だ!

    大怪我をして選手生命を絶たれる人が出てきても不思議はない。命に係わる事だって起こり得る。
    ましてや、コーチの暴力行為による指導のために、体操が嫌いになり大勢の選手が辞めてしまうことの方が大問題なのだ。
    心身の未発達な子供を暴力で指導するコーチなどは、それだけで失格なのだ。
    将来、有望な選手の芽を早くから摘まんでしまう可能性が大なのだ!

    宮川選手は、もう一人で立ち上がらねばならない。
    18歳にもなって暴力を振るわれなければ進歩できないという考えや練習態度では、そこが一番進歩できない原因の一つなのだ!
    メンタル面で他の人を頼っても良い。しかし、暴力指導をパワハラと認識出来ない様な頭では世界を狙える選手に、到底育つとは思えない。
    要は考えが幼稚なのだ!

    スポーツの世界で「暴力による指導」など、もう論外なのだ!
    自分一人の問題ではないことを自覚しなくてはならない歳になっている。
    これを許容していたら、世間に存在する「ブラック企業」を容認するのと同じ行為をしていることになる。
    それに、ここまでギクシャクしてしまったら2020年のオリンピックまでに心身の調整が間に合うのか?

    彼女自身の自覚を促したい。頭を切り替えてほしい。
    このままでは、オリンピック代表選手などに決してなれまい。
    怪我やメンタル面での不安を拭い去れない。

    心身共に不調のまま終える可能性が高い。
    世界でメダルを狙える選手になど到底なれまい!
    彼女にも猛省を促したい!

  • ウエンツ瑛士の本名は?英語は話せるの?留学先の学校はどこなの?

    ウエンツ瑛士の本名は?英語は話せるの?留学先の学校はどこなの?

    タレントのウエンツ瑛士が、28日放送の日本テレビ系『火曜サプライズ』の生放送のエンディングで、「10月から英国・ロンドンに留学して舞台の勉強をしていきたいと思います」と、涙を浮かべながら9月末で日本での芸能活動を休止することを発表した。 ホンジャマカの石塚英彦から詳細な説明を求められると「3年前に、自分がいつかイギリスのロンドンで舞台に立ちたいという夢を持ち始めて、日本にいながらその夢に近づくための方法なり努力をこの数年重ねてきたのですが、日に日にそのイギリスに行って勉強したい気持ちが強くなりました」と胸の内を吐露した。

    ウエンツ瑛士の本名は?英語は話せるの?

     ウエンツ 瑛士(ウエンツ えいじ、英語表記:Eiji Wentz)。芸名は本名である。愛称は、えいちゃん。1985年10月8日生まれ(32歳) 東京都三鷹市出身。父親はドイツ系アメリカ人、母親は日本人。日本のバラエティータレント、歌手、音楽家である。4歳からモデルとして芸能活動を始めた。現在はバーニングプロダクション所属である。

    ウエンツ君は見かけによらず、英語がまったく喋れないというエピソードは有名ですね。ドイツ系アメリカ人の父親と日本人の母親を持ちますが、日本生まれの日本育ち、出身は東京都三鷹市です。さらに両親の教育方針として、日本語を完璧に習得させることに重きが置かれたため、家庭内では英語を用いませんでした。そのため、英語はまったくといっていいほど話せません。

    イギリス人の父親と日本人の母親に生まれ、日常レベルの英会話はこなせるベッキーとは対照的です。見た目でちょっと損をしていますね。おまけにウエンツ君以外の家族全員が英語を喋れるそうです。帰国子女の様に何か国語か話せるように育てれば良かったのに・・・ちょっと残念でした。

    そのウエンツ君が生番組のエンディングで、突如ロンドンの学校に留学すると発表しましたから、驚きです。
    「たとえ誰かに迷惑をかけても、達成したい夢であると自分の中で確認できましたし、それ以上の恩返しをするという覚悟ができましたので、今回留学するという決断をしました」と明かした。期間は「1年半の勉強の期間をいただいた」とし、「帰ってきてから全力で日本で暴れまわりたいと思います」と留学後の復帰も明言した。しかし、英語が全然話せないのにロンドン留学は無謀なのでは? しかも舞台をやりたいなどと大丈夫かな?

    見かけは、もう日本人離れしているのだから、英語が喋れないというだけで大変なハンディキャップを負っています。
    相手から話しかけられても全然分からず、えへらえへらのジャパニーズスマイルだけでは、話相手から相当な誤解を受けますね。
    「俺をバカにしてるのか!」とケンカを吹っ掛けられる危険性さえあるでしょう。

    それでは下記に28日、本人のコメントを掲載します。

     ご報告

    活動休止を発表したウエンツのコメント全文―「夢の第一歩」と最後の方に記しています。

    はじめに、生放送にて突然の報告となり、お騒がせして大変申し訳ありませんでした。
    10月より、イギリスのロンドンに留学します。
    僕にはいつかロンドンのウエストエンドで舞台に立ちたいという夢があります。

    これを思い始めたのは30歳の頃です。
    その時、既にレギュラー番組を含め沢山の仕事をいただいていました。
    当然、任せていただいている仕事なので、向こうに行かずに日本で仕事をしながら夢を叶える努力をこの3年間してきましたが、やればやるほどにイギリスで学びたいという気持ちが強くなってしまいました。

    このまま過ごして自分が後悔をしないのか?
    他人に迷惑をかけてまで貫きたいことなのか?
    沢山、悩んだ末に今回の決断となりました。
    期間については、1年半程度になります。夢に向かう一歩目です

    皆様の応援の言葉一つ一つが自信となり、大きな夢をもてました。
    とても感謝しております。
    その御恩をしっかり返せるよう死ぬ気で頑張ってきます!!

    2018年8月28日 ウエンツ瑛士

    留学先のロンドンの学校はどこなのでしょうか?

    これでロンドンに留学して大丈夫なのでしょうか?
    ついていけるのでしょうか?…心配点の一つです。
    ぶっつけ本番でやるしかないか!

    留学先のロンドンの学校はどこか、調べたらどうも「ロンドンスクールオブミュージカルシアター」という学校のようです。
    1年コース制で9月から授業は始まるようなのですが、10月から行って間に合うのでしょうか? また、少々心配ですね。

     かかる費用は14,900ポンド(1ポンドは日本円で約142円として210万円以上の授業料になります。)位らしいです。
    ウエンツ君の稼ぎからしたら余裕の支払いでしょう。

    しかし、授業は平日朝9時半から5時半までしっかりと行われる様です。
    歌の授業では、声を出す基本技術から始め、個人指導もしてくれるそうです。
    芝居の授業では、アメリカ発音の指導も行われるため、英国にいながらイギリス英語、米語の両方を学べる事ができます。

    そしてダンスの授業は、少人数制なので講師の目が生徒一人ひとりに行き届くそうです。
    英語力の証明は必要ないらしいのですが、授業内容を見る限り、かなりハイレベルな英語力を要求されそうです。
    大丈夫かな? 授業についていけるかな?

    できれば、もっと早くに発表して語学学校で英語を半年間ぐらい学んでから、留学できれば理想的だったかと思いますが・・・
    もっとも、本人は死ぬ気で頑張ってくると決意表明してますから、何とかするでしょう。
    案外、留学先の学校でまずは語学の勉強が主体で、舞台稽古などは半年後ぐらいから始めるのかも知れませんね。
    詳しいカリキュラムまでは、まだ良く分かっていません。
    分かり次第、追記していきたいと思っています。

    まだ、32歳と若いし、独身なのですから今やらないと一生後悔するでしょう。4歳でモデル活動をし始めて28年目!
    日本での自分の立ち位置を再確認し、飛躍するためには、海外留学は必要不可欠でしょう。、
    1年半では短か過ぎるぐらいです。
    いっそ、思い切って3年間ぐらいにすれば良かったのに・・・

    日本での仕事など全部捨てる気でやらないと、本場のミュージカルの素養など身に付きませんよ。
    何せ、スタートが遅いのですから・・・
    日本の舞台で小学生からミュージカルを少々やったぐらいでは憧れてロンドンに行っても、本場ロンドンのウエストエンドで舞台に立つなどというのは夢物語に終わる可能性の方が高いですね。
    恐らく相手にされないでしょう。
    日本で耳の肥えていない日本人相手のミュージカルが出来るぐらいで終わってしまうでしょう。

    ロンドン留学決断の理由は?

    もちろんミュージカルをやりたいのに決まっていますが・・・

    そのきっかけになったのは、小学生の頃からミュージカルに出させていただいていて、28歳のときに『天才執事ジーヴス』という作品をきっかけに人前で歌ったり踊ったり、日常を忘れられる世界にお客様をお連れできるという世界にどっぷりはまって、追求したいと思うようになりました」と説明している。

    「スッキリ」でMCの加藤浩次に、ミュージカルを志したきっかけを聞かれたウエンツは上記の様に説明している。

    「ミュージカルは日本でもできることではないのか」という問いには、「最初はそのつもりで始めたけれど、本場で見るミージカルは僕にとって特別で、感動も倍以上あった。父親がアメリカ人ということもあり、こういう容姿で、自分の可能性をどこまで追求できるのか、というのはあった」と、ハーフというアイデンティティも含めて、海外の本場の舞台に強い思いを持っていたことを明かしている。

    NYでなくロンドンにした理由についても「イギリスの演劇の作品が大好きで、音楽も好きで、好きな演出家の方もイギリス人だったり」と自然に決まったことを明かした。

    1年半で全てやるには短くないかと聞かれると、「正直、自分としても足りないかな、とは思う」としたが、「持って日本の仕事もやらせて頂いているので」「具体的にいうと、ビザなど色んな関係でそれ以上の滞在は難しいので、その中で全力でやります」と決意を表明している。

    1年半か?
    やはり中途半端だなぁ。自分でも分かっているのに・・・
    このまま、日本にいてもいずれは歳がいって、飽きられ仕事がなくなる可能性が高い。
    自分の日本での立ち位置を考えての行動なら、尚更もっと冒険すれば良かったのに・・・
    死ぬ気で勝負するなら、やはり最低でも3年間は必要でしょう。

    ビザなど更新すればいいだけのことです。
    何とかなるなるはずですよ。
    なまじ日本に仕事の未練など残さない事が肝要でしたね。
    残念だな!

  • みやぞんって本当にいい人なの?現場から聞こえてくる数々の悪評!

    みやぞんって本当にいい人なの?現場から聞こえてくる数々の悪評!

    もはや夏の風物詩のひとつともなった日本テレビ系列長寿番組「24時間テレビ:愛は地球を救う」が25~26日にかけて放映された。同番組内で恒例となっているのがマラソンだが、今年はお笑い芸人の「みやぞん」が前人未到のトライアスロンに挑戦し無事完走し、視聴者からは多くの感動の声が寄せられた一方で、批判的な意見も多数寄せられたようだ。

    みやぞんの現場での悪評・・・挨拶せずタバコふかす、共演者に愛想なし

    ANZEN漫才のみやぞん。『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)などで見せる“ド天然”ぶりながら、じつは運動神経が抜群。リーゼントヘアに困ったような笑顔がトレードマークとして世間に定着した。

    ブレイクのきっかけは、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)内の『お笑いイミグレーション NEXT!』に出演したこと。

    もともとは歌ネタがウリだったのですが、あまりの「おバカっぷり」がとんねるずの目に留まり、番組の常連に。その後、『イッテQ!』にも抜擢され、司会のウッチャンから“マンガのような人生だな!”と目をかけられるなど、TV界のレジェンドたちから愛されたのが大きかった。変わらず好感度は抜群!

    その人気ぶりを受け、2017年のテレビ出演本数が370本にも上り、「日経トレンディ」(日経BP社)の「今年のヒット人」にも選ばれ、「ぶっちゃけ忙しいっちゃあ忙しいですね」とコメントしていたみやぞん。

    一方で性格面も「いい人」とされており、インターネット上では「ドッキリ企画に引っかかっても、逆にひっかけたほうを心配してくれる」「ファンでもなんでも一般人には神対応」などと絶賛する声が多い。しかし、同業者から聞こえてくる声はちょっと違っているのだ。

    「そうなんですかね。僕はあまり「いい人」という印象はないんですよね」とは、みやぞんと仕事をしたことのあるお笑いタレントだ。
    「確かに、めちゃくちゃ忙しいということもあり、疲れているというのもあるのでしょうけど、先輩の僕が楽屋に入っても挨拶はしないし、ダルそうにちょっとうなずくだけ・・・収録が終わると、まずは椅子に座ってプカーっとタバコをふかしているところをよく見ます。

    また、天然がウリで優しい人みたいなイメージですが、実際はそんなことはないですよ。我が強い感じですし、ちょっとした先輩たちには愛想を振りまく感じではないですね。大物の前ではまた違うのかもしれませんが……。
    そのため、みやぞんのことをよく思っていない芸人さんも多いです」と語る。

    いじられキャラでありながら、じつは野球とキックボクシングで鍛えたコワモテでもある「みやぞん」。
    ただの「いい人」だけでは、芸能界で生き残れないのかもしれない。こんな一面もあるらしい「みやぞん!」

    視聴者も一度、この人物を引いて良く見た方が間違いないみたいだ。

    そのみやぞんがトライアスロン完走!

    今年は例年とは異なり、トライアスロンをおこない、マラソン部分以外は「24時間テレビ」の放送枠外で中継されたのだが、なぜこうした形になったのか。関係者が理由を語る。以前からマラソンを少しでも長距離にする努力をしてきましたが、その結果なんだそうである。

    マラソンを長距離にする努力とはどういうことか?

    この番組の最大の目的は『感動』だからです。24時間テレビの会議に集まったスタッフを前に責任者が最初に言うのは『今年も感動を与えます』『今年も視聴者を泣かせましょう』という決意表明です。つまり、チャリティーの普及や理解度を深める努力ではなく、視聴者をどれだけ泣かせられるかに命をかけているわけです。

    おかしな話だが、チャリティーは二の次で感動を与えることが最優先事項になっているようだ。こうした背景があるため、数年前からマラソンも改善が求められてきました。『毎年のことでマンネリ化しているため、距離を増やさないと感動が薄れてしまう』との意見が出ていたんです。そのため、200キロマラソンや300キロマラソンなど、距離を増やす案が浮上していました。長距離を走る姿は確実に視聴者が泣くという考え方からです。

    長い距離を走れば泣くとは、一体誰が言ったのであろうか?

    今年の24時間テレビはこうした意見を受けて長距離が想定されました。しかし、ご存知のように今年は熱中症が続発しましたし、過去にはマラソン中に心肺停止に陥る人もいました。そのため、長距離マラソンは危険と判断されたわけです。ただし、感動させるためにはいつも以上に頑張らないとダメだと、折衷案として急遽トライアスロンになったわけです。

    『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)で驚異の身体能力を披露している「みやぞん」が挑んだのは、「マラソン」に「スイム」と「バイク」を合わせた過酷なトライアスロンだった。

    1.55キロの「スイム」と60キロの「バイク」を終えたみやぞんは疲労困憊の状態に陥るも、残り100キロの「ラン」を見事に走り抜いた。ハードな競技をクリアしたみやぞんに賞賛の声が上がっている一方で、インターネット上では番組に対する批判も続出した。

    批判的な意見の数々は以下の様

    • タレントを酷使し過ぎ!

    灼熱の炎天下でトライアスロンをさせるのは、さすがにみやぞんがかわいそう。今年の夏は例年より暑いんだから、事故が起きなかったのが本当に奇跡など、「芸人を酷使しすぎ」と指摘する声が多数見られた。

    • 感動の押し付け:毎年、障がい者を見世物にしてる!

    「感動の押しつけ」といえば、障がい者にスポットを当てた「チャレンジ企画」に非難が集まるケースがしばしばある。同企画は、足の不自由な人が登山に挑戦したり、知的障がい者の子どもたちがコンサートをするなど、「障がい者が何かにチャレンジする」というコンセプトが主軸だ。

    今年の放送では、森三中ら女性芸人が耳の不自由な子供たちとヲタ芸にトライしたが、ネット上では「毎年、障がい者を見せものにしているとしか思えない」など、否定的な意見が続出している。

    1992年放送の第15回から恒例となったチャリティーマラソン!
    過去には間寛平やTOKIO・城島茂といった名立たる芸能人が登場している。
    番組が本来掲げていたはずのチャリティ精神を、もう一度思い出して番組作りをしないと、視聴者にそっぽを向かれるのも時間の問題かな?

    感動を与えて泣かせましょう」だけでは、完全にマンネリ化している。
    視聴者が、それほど何時までもバカばかりではないことを肝に銘じた方が良い時が来ている。

  • 大竹しのぶが仕事と私生活、そして介護を両立できる理由とは?

    大竹しのぶが仕事と私生活、そして介護を両立できる理由とは?

    毎年いくつもの舞台で主演し、映画やドラマ、バラエティー番組に出演、音楽活動にも力を入れている大竹しのぶさん。私生活では2人の子どもと96歳の母と暮らし、母として娘として、忙しい日々を過ごしている。仕事と子どもとの生活、そして介護をどのように両立しているのだろうか。私には仕事と介護の両立は出来なかったので、興味をもって調べてみた。

     介護を経験するのも、面白いと言える人!

     大竹しのぶさんの7月、8月の休みは、ほんの数日だけみたいだった。
    芝居の稽古がある日は夜8時頃に家へ帰り、バラエティー番組の収録があればもっと遅くなる。それから食事をし、洗濯し、自分の時間は日付が変わる頃からだという。

    ニュースを見たりして、リラックスしてますね。すぐに眠ったほうがいいのですけど・・・今年に入ってからの主演舞台を並べてみると、4月は『リトル・ナイト・ミュージック』、8月からは『出口なし』、11月に『ピアフ』が待っている。

    この合間に、テレビドラマに出演し、レギュラー番組『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』の収録をこなす。さらにはレコーディング、コンサート出演など、音楽活動も行う。

    忙しすぎる61歳。
    自身が若い頃イメージしていた「60歳になった自分」はもっと違っていたという。人間は優雅にゆったりと年を重ねていくものだと単純に思っていたけれど、全然違いますねと言っている。

    年を重ねたら重ねたで、問題は起き続けるんだっていうことがわかりました。問題が起きて、その都度悩んで。だから『楽になる』ってことは、もしかしたらないのかもしれない。『何もない時間』とか、そういうのはない人生を選んでるのかなと思います。

    16歳の時にテレビドラマのオーディションに合格し、デビュー。
    映画『青春の門』での演技が評判となり、NHK連続テレビ小説『水色の時』のヒロインに選ばれた。以来、テレビドラマ、舞台、映画と出演を重ね、日本を代表する演技派女優になり、その間、2度の結婚と出産をした。

    子どもが小さい時は、子どもとの時間が優先でしたが、大きくなってからのこの10年ぐらいは、またすごく忙しくて。仕事の分量を考えなくては、と思ってはいます。旅に出たり、家をきちんとお掃除したり、もっとそういう時間がほしい。『ずうっと同じこと言ってるよ』って人から言われるんですけど・・・

    大竹は今、長男・二千翔(にちか)と長女・IMALU、そして大竹の母・江すてると4人で暮らす。服部晴治、明石家さんまと2度の結婚。
    その後、野田秀樹と共に暮らし、いろいろな経緯を経て別れを迎えたが、ずっと変わらないのは子どもと母と一緒にいること。

    母は今年96歳。育児を手伝ってもらう立場から、介護をする立場になった。大竹はそのことを「面白いなって思う」と言う。
    介護は経験する人と、しない人がいる。私は経験する運命なんだなって。
    まあ、自分で選んでそうしてきたわけですけども。
    だから、面白いなって思いますね。・・・だと。

    まぁ、妹さんや他の人の手助けもあるのだろうけど・・・

    事もなげにこう言える人は、私は素直にすごいなと感じる。
    お世辞ではなく、偉いなぁ!と尊敬する。
    私にも同い年の母がいる。
    妻の手助けにほとんど頼っていたのだけれど・・・

    私は最後まで母の介護をすることが出来なかった・・・極度の不眠症とうつ状態に陥り、母の介護は途中でホントに放棄したかった。
    いよいよもう限界だという頃になり、やっと特別養護老人ホームに入居できる事になった時は心底からホッとした。

    家計の経済状態から言って、すぐには民間の介護付き老人ホームに入れる余裕がなかったので、仕方なく私が面倒を見ていただけの事だったから・・・

    介護が面白い」などという発想はどこから生まれてくるのだろう?
    私には苦痛以外の何物でもなかった。

    母をどこかで見限らないと自分自身が破壊させられてしまうと感じていた。
    特養で、もう寝たきりに近くなった母と対面しても会話は全然弾まない。
    何を話ししても乗ってこない。張りがない。
    母が今何を考えているのか、良く分からない。

    ただ生きていても仕方がない。早くあの世へ行きたいとだけ・・・何度聞かされたことか・・・
    それだけを呪文の様に唱えていた。その言葉を聞くのが一番嫌だった。
    尽くした甲斐がまったくなくなる。それも最近あまり言わなくなった。
    ただ、ボーっと天井を眺め、うつらうつらしているばっかりだ。

    大竹しのぶの様に仕事がどんなに忙しくても、どこか「心に余裕がある人」でなければ「介護が面白い」などとは決して口に出せない言葉だと思う。
    仕事から疲れて帰ってきて、食事をし洗濯をし自分の時間は日付が変わる頃だという。

    私などはただ不眠症で眠れないから仕方なく起きているだけの話だ。
    睡眠薬を限度量まで飲んでも眠れるのは1日3~4時間が限度だ。
    それも熟睡出来ている訳ではない・・・疲れは澱のように溜まっていて、心から楽しめるものがない。

    無理して興味のあるものを見つけるようにして打ち込んでいる振りをしているだけだ。どこからこの差は生まれるのだろうか?
    映画、舞台、TV、音楽活動・・・どれを取っても人に必要とされているからこそ仕事があるし、舞い込んで来るのだろう。その違いだろうなぁ・・・

    頑張らなきゃいけない時は頑張る!そうでない時は頑張らない

    仕事と育児、仕事と介護・・・さまざまな「両立」に悩む人がいるなか、現状を「面白い」と表現する大竹に、両立の仕方をヤフーの編集部員は尋ねている。

    仕事はしなければいけないこと、生きるためにも。より良い仕事をしていこうと努力するのは当たり前のこと。例えば台詞を覚えるというのは最低限のことで、より良くするのが稽古場です。

    そして、稽古場から帰ったらご飯を作る、洗濯をする、お風呂に入る、掃除もする。これも当たり前のこと。
    秘訣を語ることなく、当たり前と繰り返す。

    家でも稽古場でも、気持ちは何一つ変わらないと言う。
    母親として100点は取れていないし、仕事でも100点はもちろん取れていない。それはそうですよね。でも、100点を目指して頑張るしかないわけで・・

    本当に頑張らなくちゃいけない時って、人生に何回かある感じがして。
    頑張らなくていい時には頑張らなくていい。
    きっとここが頑張り時って、自分でわかるはずだと思うから。
    そうやって生きてきたかなあと思いますね。

    簡単に言うなぁ・・・説明が良くわかない。
    でも秘訣などないか・・・
    そう、確かに頑張るときは頑張らないと本当に後で後悔する。
    過去は取り戻せない。未来に経験を生かせるだけだ!
    日常を楽しめないと何をやっても人との絆は生まれないだろう。

    分かれても縁を大切に!

    週に一度、大竹は朝日新聞にコラムを書く。
    「まあいいか」という題名の連載には、日常に楽しみを見つける大竹の暮らしが綴られているだけでなく、時には「介護保険法の改正」について辛口な疑問のコメントも寄せている。違うところにお金が回っているのではないか?安倍首相を名指しで批判するときもある。
    しかし、人との出会いや縁を大切にしている。

    テレビのロケ後に一緒に写真を撮った小学生の男の子が「なんでも上手くいくお守り」を送ってくれた話、免許証を失くして行った免許センターで「芸能人ですか?」と語り掛けてきた18歳の青年と、2時間以上語らった話・・・
    人との縁を楽しんでいる。

    昨年開かれた大竹の還暦を祝うパーティーには、200人近くが参加し、話題を呼んだ。明石家さんまも野田秀樹も壇上で祝福のスピーチをした。かなり盛大に行われたみたいだ。すごいなぁ!別れた旦那まで参加してスピーチするなんて・・・
    過去に、「今までお付き合いした人で、後から会えない人はいない」と言っている。どこか、他の人と違う。

    仕事とか関係なく、誰でも普通に会えます(笑)と言う。
    会えないということは、過去の自分さえも否定しちゃうことですし・・・
    きっと向こうも、嫌な部分を忘れてくれているんだと思うんです。

    母の世話をしながら、たくさんの舞台をこなし、歌をうたう。
    大竹の言っていた「頑張らなくちゃいけない時」。
    今がまさに、その時なのだろう。

    大変なことが起こった時、『ここはちょっと、やってやるか〜』っていう感じで乗り越える。それが人生かなって思うんですよね。
    そうして頑張ると、楽しいことは見えてきますよね。

    実に飄々として身構えずに生きてる感じがする。
    正直、羨ましい。
    素直に自分と向き合って生きている感じ・・・
    TVを見ているだけでは、何かボーとしている人だなぁとしか感じていなかった。

    舌足らずなしゃべり方があまり好きではなかったし、人に媚びるような態度もあまり好きでなかった。
    しかし、映画で見せる演技は折り紙付きだったし・・・
    やはり、どこか普通の人と違うものをもっているなぁ!
    でも、舞台でのピアフの歌は評判良くないな。

    歌は下手ではないのだろうけど、所詮女優がただ声を張り上げて歌っているだけの様だ。
    ピアフの歌など付け焼刃では到底歌えるものではない。
    歌に精力をつぎ込むのもいいけれど、自己満足で終わってはいないか?
    大竹しのぶが演ずるピアフの舞台など全然見に行く気になれない。
    大竹しのぶには、シャンソンの代表曲「愛の賛歌」は無理だろう。
    聞くに堪えないとネットにも載っている。

    でも何なのだろう?仕事と介護を両立できるなんて・・・
    性格か・・・そう言ってしまえばそれだけで終わってしまう。何の解答にもならない。
    努力もしている。しかし、それを感じさせない。

    やはり、天性の何かを持っている。ピアフの歌は無理だけど・・・
    私達には決して真似できない何かが・・・何なのだろう?
    良く分からない。
    分かるのは私には到底真似の出来ない生き方をしているという事だけ・・・
    仕事と介護を両立させているだけですごい。

  • 朝ドラ『まんぷく』の百福の妻役は誰に?ロケ地はどこ・主題歌は?

    朝ドラ『まんぷく』の百福の妻役は誰に?ロケ地はどこ・主題歌は?

    お湯を注げば3分でできるチキンラーメンを発明したのは、日清食品の創業者・安藤百福(ももふく)だ。この10月よりスタートするNHKの連続テレビ小説『まんぷく』では、百福の妻・仁子(まさこ)をモデルにしたヒロイン(演じるのは安藤サクラ)が、夫(同、長谷川博己)と失敗を繰り返しながらインスタントラーメンを生み出すまでを描くという波乱万丈のストーリです。

    今回、安藤仁子役のヒロインに、安藤サクラ(31)さんが抜擢!

     安藤さんは、1歳になるお子さんのことを考えて一度は出演を断ろうかと考えたそうですそれだけでなく「もう演技の仕事からは退く」という覚悟をしていたそうですから、もうビックリというところですね。

     しかも、今回は子役シーンからのスタートでないのです。本作のヒロインはNHKの朝ドラとしては、初の子供を持つ母親で31歳の安藤サクラ、夫役は長谷川博己です。今回、子役は起用しないのです。18歳からの人生が描かれます。

    しかし、ずばり言うと記念すべき99作目の主役はインスタントラーメン”です。キーワードは何とインスタントラーメンなのです。

    NHKドラマ「まんぷく」のあらすじを一言でまとめますと事業の成功と失敗を繰り返す夫がインスタントラーメンで、食品業界に革命を起こすまでの夫婦の物語という設定です。ヒロインの奮闘ぶりが見ものです。

    モデルになるのは台湾出身の実業家で「チキンラーメン」と「カップヌードル」を開発、インスタントラーメン産業の創始者となった安藤百福(あんどう・ももふく)とその妻の仁子です。

    舞台は戦前から高度経済成長時代にかけての大阪で、登場人物や団体はフィクションとなります。まんぷくは実際の話から大胆にリメイクされていますが、実際の話が盛り込まれる可能性も多分にあることでしょう。

    さて、その“まんぷく“のロケ地はどこなのか?

    ①和歌山県和歌山市のマリーナシティ内にある“ポルトヨーロッパ”
    名前の通り、ヨーロッパ風の建物や街並みがあることで知られています。
    映画の撮影地として使われたこともあり、最近では山田涼介やディーンフジオカらが出演した『鋼の錬金術師』のロケ地になったそうです。

    ここが『まんぷく』の第1週で登場する昭和初期の大阪の街並みを再現したシーンの撮影場所になったとニュースで発表されていました。当時の繁栄した大阪の街並みを再現したようですね。

    実際、6月12日に安藤サクラが撮影をしていたという目撃情報がありました。マリーナシティはJRきのくに線海南駅から車で15分ほどの場所にあります。(ポルトヨーロッパの住所:和歌山県和歌山市毛見1527)

    ②次は、京都市右京区にある同志社大学。京都御苑の北側にあります。西日本の私学の雄として知られており、赤レンガ建築が特徴的な歴史を感じさせる建物も数多くあります。6月17日に安藤サクラや桐谷健太、橋本マナミらがロケをしていたという目撃情報が寄せられています。

    ③その次は、京都市右京区にある東映太秦映画村。時代もののドラマや映画の定番のロケ地ですね。5月の後半にここのオープンセットで『まんぷく』撮影が行われたらしいです。

    ④その次は、愛知県の北部、犬山市にある博物館明治村。帝国ホテル中央玄関や聖ザビエル天主堂、森鴎外・夏目漱石住宅などの歴史的な建築物が数多くあることで知られています。どうやら帝国ホテル中央玄関が『まんぷく』のロケ地になっているようです。5月29日に桐谷健太の目撃情報が寄せられています。

    ⑤その他、7月25日と26日に滋賀県米原市で「闇市」のシーンのエキストラ募集情報がありました。このことから、『まんぷく』でも闇市のシーンは世継にセットを作って撮影が行われたと思われます。後はNHK大阪のスタジオセットが主に使われたようです。

    次は主題歌や曲名がどうなっているか?

    今回の「まんぷく」の主題歌TUBEの「夢見てごらん」だそうです。

    TUBEは夏だけというイメージしかないのですが・・・
    秋の朝ドラにTUBEの主題歌なんて、どんな曲なのでしょう?
    どうもまだピンとこないのですが・・・秋、冬に合うのでしょうか?
    今までの様に朝から元気をもらえる歌なのでしょうか・・・楽しみと言えば楽しみなのですが・・・ 一抹の不安が・・・

    これまでの歴代主題歌をみてみると、大物アーティストばかりでした。

    2018前期「半分、青い。」→「アイデア」星野源さん
    2017後期「わろてんか」→「明日はどこから」松たか子さん
    2017前期「ひよっこ」→「若い広場」桑田圭祐さん
    2016後期「べっぴんさん」→「ヒカリノアトリエ」Mr.children
    2016前期「とと姉ちゃん」→「花束を君に」宇多田ヒカル
    2015後期「あさが来た」→「365日の紙飛行機」AKB48

    はて、どうなるのでしょうか?

  • カリスマボランティアとモンスターボランティアの違いとは?

    カリスマボランティアとモンスターボランティアの違いとは?

    山口県周防大島町で行方不明となった2才の男児、藤本理稀(よしき)ちゃんをたった一人で山中に分け入り、20~30分で発見したことで「カリスマボランティア」として一躍、時の人となった尾畠春夫さん78。軽ワゴン車に食料や水、寝袋を積み込み、助ける側から一切、力を借りないことが信条だと語り、今もボランティアを続けている。

    尾畑さんは「自己完結するのが真のボランティアだ」と語る。

    対価や物品、飲食、これらは一切いただきません。決して『してやる』ではなく、『させていただく』の気持ちで私は臨んでいますと語る。決して経済的に恵まれているわけではない。
    尾畑さんの収入は国民年金だけ。月に5万5000円!

    お金がないなと思ったら、朝ご飯だけ食べて、昼と夜は食べない。
    それだけのことですと事もなげに語る。
    生半可なことで言える言葉ではない。

    65歳まで大分県別府市に鮮魚店を営んでいたが、お店をたたんだ後の人生がすごい。残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと思ってきたと、全国各地で車中泊しながらボランティア活動を行ってきたという。
    どこからこの志が生まれてくるのか?不思議だ。私などには到底真似のできない行動だ!

    阪神・淡路大震災(1995年)をきっかけに、日本でもボランティアが浸透した。しかし、最近は「モンスターボランティア」という言葉が登場したぐらいに、その精神をはき違えている人が確実に存在するらしい。

    ベテランのボランティアが語る。
    中には『ボランティアすれば就活に有利だから』といってスニーカーにTシャツといった軽装でやって来て倒れる若者や、夜になって『私の宿はどこですか?』と聞く人もいます。人に感謝されやすい、目立つ仕事だけをやりたがって、汚れ仕事を嫌がる。仲間うちで盛り上がって、がれきを前に笑顔で記念写真を撮る人もいましたと言う。

    こんな奴らはボランティアなどに来ない方がよっぽど世のため、人のためになる。土足で人の心の中に入り込んでくる本当に思いやりのない輩だ!

    この7月中旬、西日本豪雨被災地の岡山県倉敷市にボランティアで訪れた高知県の町議が酒を飲んで、小学校の避難所に無理やり泊まり、自衛隊が仮設した風呂にも入浴するというトラブルもあった。

    まったく町議ともあろう者が・・・恥ずかしくないのか!いない方が余程ましだ。

    女性セブン記者が「被災地には目に余るボランティアもいませんか?」と尋ねると、それまで笑顔で取材に応じていた尾畠さんが「私は人のことはあれこれ言わない。ノーコメントです」と顔を曇らせた。「日本のボランティアの質の向上のため、どうか話してほしい」と食い下がると、尾畠さんは居住まいを正し話し始めた。

    恥を知れ、炊き出しを食らうボランティア!

    東日本大震災の直後、私は避難所となっていたアリーナ(スタンドに囲まれた競技場)にいました。本来、1000人しか収容できないアリーナに1800人が避難していて、本当に満員だった。足も伸ばすことができず、女性は正座を強いられていた。そんな現場でやっと来た炊き出しに、数人のボランティアが並んで、食べていたんです。『あーっ』と思いました。

    100人分の炊き出しがあっても1人のボランティアが食べれば99人分に減る。避難所でも1人分の寝場所が減る。それに気づかない人がいた。

    それでも私は何も言いません。私も一介のボランティアだからです。もちろん、『どうしたらいいんでしょう』と聞かれれば答えますが・・・

     

    トレードマークの赤いハチマキやツナギにも意味がある。

    地味な色では元気が出ませんし、山で捜索するときなどは目立った方がいい。あまり言いたくないですが、被災地ではどさくさに紛れてドロボウが出ることもある。
    だから、わざと目立つ服装をしています。私は怪しい人間じゃないぞ、とね・・・

    尾畠さんが被災者に接するときに大切にしていることがある。
    ボランティアは被災者に根堀り葉堀り聞かないことです。家が流されたかもしれないし、ご家族が亡くなったかもしれない。これからの生活に途方に暮れているかもしれない。自分が被災者だったら、あれこれ聞かれるのは嫌だなと思うんです。聞くことはたった1つ。
    『おけがはなかったですか?』この一言だけです。

    もちろん、話を聞いてほしいという人がいれば、徹底的につきあう。
    東北の震災で、浮かない顔をしたかたがいて、もし悩んでいることがあれば話してくれませんかと言ったことがあります。聞くと、倒壊しそうな家の中に、『親の形見の琴』を残してきたそうです。とび職の経験を生かして、取ってきてあげたら、たいそう喜んでくれました。

    尾畠さんと一緒に活動をした経験がある南三陸町社会福祉協議会の三浦真悦さんの話・・・
    尾畠さんが特別なのは、『被災者の気持ちに寄り添える』ことです。
    『思い出探し隊』では、誰が写っているかわからないような写真でも、『すべての写真1枚1枚に思い出がある』と、とても丁寧に集めて、汚れを落としていたのが印象的でした。尾畠さん、以前はお酒が大好きだったそうです。
    でも、『東北から仮設住宅がなくなるまで断酒する』と、今も気持ちを寄せてくれています。

    かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」──これが尾畠さんの座右の銘らしい。苦労を苦労とも思わないのは、若いときにつらさを乗り越えたゆえか。しかし、誰にでも出来る事ではない。彼の精神から学ぶべきことは多い。言うは易く行うは難しの例え通りだ!

    尾畑春夫さんのボランティア歴がすごい!

    尾畠春夫さんは、各地に行って作業するプロのベテランボランティアである。今までのボランティア歴が本当にすごい!
    正確には何年続けているのだろうか?24~25年か?

    ●宮城県南三陸町をボランティアで毎年訪れている
    ●熊本地震(熊本県益城町)他の12人のボランティアを統率
    ●大分県日出市三和地区床上浸水清掃
    ●広島土砂災害ボランティア
    ●東日本豪雨ボランティア
    ●西日本豪雨ボランティア
    ●3日間行方不明で無事発見された藤本理稀(よしき)ちゃんの捜索にも加わった(これで一躍、時の人となった次第。)

    しかし、発見した時の尾畑さんを警察は当初、不審者扱いをしたらしい。何百人も警察官を動員し、まったく見つけられずメンツは丸潰れ!これじゃ、留置場から容疑者も逃げ出すぐらいの失態を犯す訳だ。

    また、尾畠春夫さんは、「東日本大震災の復興を願う旅」として、お遍路さんの格好をして本州一周を歩いて旅をし、被災地を忘れないでと訴えかける旅をした。それが、FNS系のドキュメント九州で放送されたそうだ。

    本当に頭が下がる。苦労を乗り越えて傲慢になる人間もいる。そういう人とはまったく正反対の人だなぁ・・・

    昭和14年生まれ、大分県安岐町(現・国東市)の出身。戦争が激化する時代に生まれ、戦後の貧しい時代に育った。杵築市の八坂中学校に在籍していたが、ほとんど学校には通えなかったという。

    親父は下駄を作って売る職人でした。明治生まれだから厳しい人でね。よく殴られました。食うのも厳しい時代だった。小学生のときに母親が亡くなりましてね。それから農家に丁稚奉公に出されました。育ち盛りにいつも腹を空かせて、つらい思いをしましたよと語る。

    ボランティアも昨日、今日始めた事ではない。鮮魚店を営みながら地域のために骨身を惜しまず貢献していたそうだ。学歴などなくても根っからの善人なのか?

  • カラテカ矢部が大家の塩野郁子さんが亡くなった事を報告、死因は?

    カラテカ矢部が大家の塩野郁子さんが亡くなった事を報告、死因は?

    お笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎(41)が23日、自身のツイッターを更新し、2017年10月末に初めて刊行した大ヒットした漫画「大家さんと僕」(新潮社)の「大家さんの塩野郁子さん」が亡くなったことを明かし、恩人のご逝去を悼みました。

    カラテカ矢部が「大家さん」で恩人の塩野郁子さんのご逝去を悼む

    カラテカ矢部太郎  1977年生まれ(41歳)。
    お笑いコンビ・カラテカのボケを担当する。しかし、うまく喋れない芸人。
    芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。
    父親は絵本作家のやべみつのり。
    『大家さんと僕』は矢部が初めて描いた漫画本である。
    2018年8月現在も大家さんの家の二階に住んでいる。

    カラテカ矢部の大家さんはどんな人だったのか?死因は?

    大家さんは本名を塩野郁子さん」というそうで「ライオンのごきげんよう」などのテレビ番組に度々出演していたようです。司会の小堺さんと面白いやり取りをしたりしていたようで、ユニークなキャラクターは作品通りのようです。ただ一般人の方なので、顔写真までは出なかったようです。

    矢部太郎は23日、自身のツイッターで、昨年10月末に初めて刊行して大ヒットした漫画「大家さんと僕」(新潮社)の登場人物である、「大家さん」(の塩野郁子さん)が亡くなったことを明かしました。「もっと話したかったし、聞きたいこともたくさんありました。お見送りをした今は、大家さんと過ごした日々を思い出しながら、ただただご冥福をお祈りするばかりです」とそのご逝去を悼んだ。

    「大家さんと僕」の読者のみなさまへと題し、「『大家さんと僕』というマンガのすべてであった大家さん(の塩野郁子さん)がお亡くなりになりました」と報告していました。

    最後に「本来なら公にする必要のない一般の方である『大家さん』の訃報を、僕の都合でこうして公表することをご理解下さったご親族のみなさまに、感謝いたします」と結んでいる。
    死因は明らかにされていませんが、今年で90歳になられる。老衰であっても不思議はない歳です。

    「大家さんと僕」の漫画本が50万部を突破!

    「大家さんと僕」の本の売り上げは先月で50万部を突破しています。トホホな芸人の「僕」(矢部)と、一風変わった1928年(昭3)生まれの90歳になる大家さんのお婆さんとの、8年間に渡る交流の日々を描いた4コマ漫画です。

    不動産屋さんから紹介されたカラテカ矢部が間借りしているのは新宿の外れにある2階建ての一軒家で、2階に矢部が、1階に大家のお婆さんが住んでいます。高齢でとても上品な人だと聞かされた矢部さんが挨拶に行くと、第一声が「ごきげんよう」だったとか・・・。

    とても小さな大家さんが、ゆっくりゆっくり歩いてくる姿が愛らしく描かれ、「ごきげんよう」は吹き出しの中に描かれて、その横に「僕は生まれて初めて『ごきげんよう』と挨拶する人に出会いました」と矢部さんの独白が入る。

    引っ越した当初は、お茶に誘われたり、勝手に洗濯物を取り込まれたりという距離感に戸惑った矢部であったそうです。最初は距離をとっていた矢部さんが少しずつ話をするようになり、次第に親しくなり、一緒に買い物に行ったり、毎月のお茶会、旅行に行ったりと、まるで二人暮らしのようになっていく様がユーモラスに描かれています。

    明太子を買いに伊勢丹までタクシーに乗って行く少々浮世離れした大家さんですが、それに矢部がだんだん惹かれていくというストーリー。一緒に手をつないでゆっくりと歩いて出かけたり、そのお付き合いの仕方は独特です。

    矢部さんは、大家さんとのエピソードを芸人仲間に面白おかしく喋っていたのですが、ふと「笑いだけではこぼれ落ちる情感」に気づき、それを伝えたくなった、と言います。
    そうして描き出されたのは、恋人でも親子でもなく、祖母と孫でもない、まさしく「大家さんと僕」としか呼びようのない唯一無二の関係でした。

    最近、矢部さんはある大コメディアンに「この本こそ喜劇なんだよ。哀しみと喜びが共存するのが喜劇なんだから」と激賞されたそうです。一方、大家さんはカズオ・イシグロにはまっていたそうで、健康長寿で優しくて好奇心が強い大家さんの様です。

    最初、大家さんは矢部が芸人であることも、TVにでていることも知らなかったそうです。
    自分はTVに出たりしているのに、全然矢部のことを知らなかったというのも面白いエピソードですね。
    あまり一人ではTVを見なかったのでしょうか?
    でも羽生結弦選手の大ファンであったようですが・・・

    「大家さんと僕」は矢部が間借りしている一軒家の女性大家さんとのささやかな日常の「幸せ」を描いたエッセー漫画で6月には「手塚治虫文化賞」を受賞しました。

    矢部はこれまでお笑いの賞レースと縁がなく「大家さんと僕」で初めて大ブレイクしました。

    ネットでの反響に思う「大野郁子」さんの人生とは?

    大家さんの訃報に、ネットでは「大家さんはきっと幸せだったんじゃないかと思います」「2人のやり取りがとても好きでした。本を読んだ人たちの心に生き続けていくと思います」「しばらく言葉が出ませんでした。さみしいです」といったお悔やみの言葉が寄せられています。

    また、女優の三倉茉奈は「矢部さんと出会えて、大家さんはきっと幸せだったんじゃないかと思います。漫画から溢れ出る大家さんの人柄や言葉、想い、これからも大切にしたいです。大家さんのご冥福をお祈り致します」、タレントの大林素子は「楽しく見させて頂いてたから、お会いしなくても存じ上げているような気持ちです。ご冥福をお祈りします。奇しくも来月は、戦争を風化させてないように、と私達が、10年間公演してる作品が、始まります。戦争の事、特攻の事私達が出来る事、次なる世代へのバトン繋ぎたく、頑張ります」と、Twitterでコメントを寄せています。

    こんなほのぼのとしたコメントを読んでいると、何だかホッとしてきます。
    人間関係が希薄になっている今の社会の中で、こんな人づきあいがあるのだなぁと妙に惹かれてしまうのです。

    カラテカ矢部の人間性(愛)と大家さんの塩野郁子さんが送られてきたひょうひょうとした、しかし戦争をしぶとく生き抜いて来ているはずの方との人生との出会いに拍手を送りたい心境です。

    カラテカ矢部と大家さんの塩野郁子さんが手をつないで散歩するところを見てみたかったなぁ・・・。
    2人に実際会ってみたかったなどと思わせられます。

    大家さんの塩野郁子さんはどんな人生を送られてきて、他にどんな人とどんなお付き合いをしてきたのでしょうか?
    女学校を出ていたのか?戦中・戦後をどう生き抜いてきたのか?
    御親族にお会いして、その人となりを聞いてみたい気さえしますね。