百田尚樹「日本国紀」あらすじを批判した作家の出版中止?幻冬舎の主張

   

去年11月に発売された作家・百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)が話題である。この本を批判する投稿をツイッターでしたところ「幻冬舎から刊行予定だった文庫本を出せなくなった」と作家の津原泰水(やすみ)氏(54)が訴えている。幻冬舎側は毎日新聞社の取材に「文庫化を一方的に中止した事実はない」と否定する一方で、日本国紀への批判をやめるよう津原さんへ働きかけたことは認めた。

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百田尚樹「日本国紀」あらすじ

要約すると、日本の歴史を古代(縄文時代)から2018年くらいまで一万年の歴史をさらっと書いてあるらしい。驚きなのは最近の出来事にも触れていることだとか。

だが、正直に言うと、私はこの吾人の書く本や主張が好きにはなれず、ついぞ読んでいないで批判するという・・・我ながら矛盾なのだが。

最近ワイドショーで話題になった事件や憲法改正論議まで書いてあるとか。ざっと一万年の歴史を505ページで書いているのだから、そりゃ詳しくはないだろう。でも視点がおもしろいとか、複数説書いている部分もありちょっと歴史に詳しくなった気分を味わえるとか、礼賛する人も結構いるようだ。呆れた話だが・・・

 

〈当代一のストーリーテラーが、平成最後の年に送り出す、日本通史の決定版!〉という麗々しいキャッチコピー。誰かタダでこの本をくれるというなら読んでもいいが、金払ってこの吾人の本を読む気にはなれない。印税でこの人を喜ばす気にはさらさらなれない。それに読むだけ時間の無駄だと思える。

 

書店という書店には、一時この本が山積みだったとか。いや、発売前からアマゾンでは1位を独占したと聞いている。驚きだ!何で、こんな本が受けるのか!?自賛史観に終始している本のようだが、私にはかなり危険な思想の持ち主としか思えない。

 

何しろ、著者は安倍晋三応援団にして、『永遠の0』(2006年)や『海賊とよばれた男』(2012年)で知られるベストセラー作家。

 

なおかつ「沖縄の二つの新聞社は潰さなあかん」(2015年6月25日。自民党の勉強会「文化芸術懇話会」での発言)とか、「朝日新聞は日本の敵だが、そんな売国新聞を支えている朝日の読者も日本の敵だ」(2018年1月13日のツイッター)とかいった問題発言をくり返してきた右派論壇のスターである。

 

同じような物見高さで手にした読者も多かっただろう。案の定発売直後から、ネット上には批判の山が築かれた。ただし、その多くは事実関係の単純な誤認を指摘したものとか、ウィキペディアと同じ文章だったとか、これこれの本の丸写しだったとかいう「コピペ疑惑」!

ウィキペディアの丸写しは褒められた話ではないだろう。しかし、いま検証し、追及すべきは「コピペ疑惑」だけなのか。もっと本質的なところに問題があるように思える。

●自讃史観(歴史修正主義)の進化(劣化?)の産物

〈日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はありません〉(「序にかえて」)という一文で、『日本国紀』ははじまるらしい。

〈もちろん世界中の国の人々が自分の国について同じように思っていることでしょう。それでも敢えて、日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はないと、私は断言します。/神話とともに成立し、以来二千年近く、一つの国が続いた例は世界のどこにもありません。これ自体が奇跡といえるほどです〉。要は「自虐史観」ならぬ、わかりやすい「自讃史観」である。

 

ではどれほど素晴らしい自讃で読者を楽しませてくれるかというと、じつは期待したほどでもないらしい。十七条憲法を取り上げて、天皇の権威が絶大だった時代に〈「和と、話し合うことの大切さを謳った」憲法をよしとして創作するというのは凄いことである〉と称揚するとか。

「日本」という呼称が使われはじめたのは七~八世紀だという話に続いて〈「日本」という国名は、神話とも結びついた素晴らしい名前である〉と持ち上げるとか、通常の史実に「日本スゴい」という著者の情緒的な感想がときどき挟み込まれるだけだという。

同じ自讃史観系の通史なら、二〇年近く前に出た西尾幹二『国民の歴史』の方が遥かにおもしろかったという人もいるぐらい、たいしたことは書いてないらしい。

『日本国紀』は2018年に突然ポッと出た自讃史観本ではないのである。90年代から、じわじわ力をつけてきた歴史修正主義本の延長線上にある本で、その意味では自讃史観(歴史修正主義)の進化(劣化?)を体現した物件ともいえるものらしい。

 

この本に「画期的」な部分があるとしたら、「関東大震災時の朝鮮人大虐殺や南京大虐殺や慰安婦」といった最近の保守論壇が好んで話題にするトピックを取り上げて〈この話には虚偽が含まれている〉などと一刀両断にする一方、教科書などに見られる「自虐史観」の発祥を敗戦後のGHQによる「洗脳」に求めた点だとか。

事実を捻じ曲げれば、快感が得られ、胸を張って生きれる様になれるのか?
他の著書で、参考資料を正確に記載し、コピペでなく自身の言葉で再度実証して頂きたい。

〈GHQが行なった対日占領政策の中で問題にしたいのが、日本国民に「罪の意識」を徹底的に植え付ける「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP:War Guilt Information Program)である。これはわかりやすくいえば、「戦争についての罪悪感を、日本人の心に植え付けるための宣伝計画」である〉と百田はいう。

〈これは日本人の精神を粉々にし、二度とアメリカに戦いを挑んでこないようにするためのものであった。東京裁判もその一つである。そして、この施策は結果的に日本人の精神を見事に破壊した〉とあるらしい。

その後、いろいろと自虐史観について書いてあるらしい。悪いが、これ以上調べる気になれない。買って読む気には到底なれない。誰かタダで恵んでくれないかな?
百田尚樹の歴史認識はかなり怪しい。自分の好みで都合の良い部分だけを引用している。
どうにも好きになれない。

第一に、戦争や戦時体制に対する忌避感が強いのは、十代の多感な時期に戦争を体験した昭和一ケタの「少国民世代」だろう。

第二に、仮に百田がいうように〈多くの日本人が「戦前の政府と軍部は最悪」であり、「大東亜戦争は悪辣非道な侵略戦争であった」と無条件に思い込んでいる〉としても、それは戦争への拒絶感に由来しており、GHQの洗脳だとする説は陰謀史観に近い。

第三に、彼が「自虐思想」の勃興期と規定する昭和40年代頃(1965~70年頃)は高度成長期の真っ只中で、日本人の関心は自虐思想もヘチマもなく、経済に向いていた。

団塊世代の一部は学生運動という「反日テロ」に向かったかもしれないが、それはごく少数派。この世代は戦後日本の経済を支えた集団就職世代なのだ。

あえていえば、百田がいう「自虐思想」が出てきたのは、日本が近隣諸国を気にしはじめた1980年代(昭和50年代後半~60年代)だろう。しかし、ことここに至って百田の筆は急に熱を帯びてきているとか。(世の中ラボ 斎藤美奈子氏より)

結局書きたかったのはこれだけか、という感じらしい。歴史修正主義が台頭して約20年。歴史家が批判を怠ってきた結果が、自民党が推奨する育鵬社の教科書の採択率上昇であり、『日本国紀』のベストセラー化現象かと思うと、あまりにバカバカしく、この現象を調査する気にもなれない。

 

こういう好戦的な吾人が一番信用し難い。戦争が起これば真っ先に逃げ出す輩にしか思えない。北方領土で戦争発言した吾人とダブって見えるのは私だけだろうか?そんなに戦争したけりゃ、一人で鉄砲担いで海を泳ぎ渡り、他国で一発ぶっ放して勝手に捕まればいい。

 

自国民を巻き込んで欲しくない。女、子供、老人が・・・無辜の民が一番被害を受ける。
辞めて頂きたい。無責任な発言・出版・SNSも!なぜ、こんな本がベストセラーになるのか?
日本は、また危険な道に突入しつつあるように思える。危ない!このままでは・・・

 

批判した作家の出版中止?

幻冬舎から文庫化が予定されていたのは小説「ヒッキーヒッキーシェイク」で、2016年の織田作之助賞の最終候補にも残った津原泰水氏の作品だった。

津原泰水氏:写真

著者の津原氏は、昨年11月に幻冬舎から発売された百田尚樹著書の「日本国紀」に対し、ウエブサイトからのコピペに満ちた自国礼賛本」と批判。

 

日本国紀は当代一のストリーテラーが、平成最後の年に送り出す、日本通史の決定版(幻冬舎)との触れ込みで南京大虐殺を否定するなど歴史修正主義的な主張が目立つ内容。

 

序文も「日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はありません」と随所に日本を讃える表現がある。かって対談本も出した“盟友”の安倍晋三首相と同じく憲法改正を積極的に促す記述もあるらしい。

 

日本国紀には通常の歴史書にある巻末の参考資料一覧がなく、インターネット上のフリー百科事典「ウッキペディア」や新聞などと酷似した記述があり、発売直後から「コピペしたのではないか」とネット上で批判されていた。

 

津原氏は、発売当初から日本国紀の「コピペ」に関する騒動をツイッターで取り上げ、「同じ幻冬舎から本を出す作家の立場から、(百田氏は)世間に謝罪すべきだと提言しただけ」としている。

 

しかし、年明けになり、担当編集者から「このまま(文庫化」を強行しても何もいいことがない」などとするメールが送られてきたという。「弊社(幻冬舎)の方針と津原氏のポリシーの折り合いがつかなかった」とも言われ、津原氏が詳細を尋ねると「(日本国紀の)販売のモチベーションを下げている者の著作に営業部は協力できない」と伝えられたと主張する。

 

一方的に中止されたという津原氏の訴えは、果たして真実なのか?

 

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幻冬舎の主張は?

幻冬舎は毎日新聞の取材に「文庫分を一方的に中止したという津原氏の主張は事実ではありません」と回答。

 

一方で、「津原氏の日本国紀に関する膨大な数のツイートに対し、【さすがにこれは困ります】とご連絡を差し上げたのは年初のことです」と津原氏に批判をやめるように伝えたことは認めた。

 

同社によると、その後に電話などで津原氏と編集担当者が話をする中、津原氏の方から「お互いの出版信条の整合性がとれないなら、出版を中止して袂を分かとう」と申し出があり、出版中止が決まったという。

 

これに対し、ジャーナリストの江川紹子氏(60)が16日、ツイッターを更新し、作家の津原泰水氏の問題に言及した。

江川氏は「多様な言論より稼ぐ著者、表現の自由より金になる商品が大事。出版社としての矜持はどこへ?」と幻冬舎に問いかけ、同社の姿勢に疑問を呈した。

 

江川氏の疑問に全く同調する。出版社としての矜持など鼻から感じられない。売れれば正義!「勝てば官軍」の論理と同じだ。出版社としては、これは自殺行為に近いと感じる。売れれば何でも良いわけだ。傾向会社と言った方が正確かな。右翼的の方か!魂を悪魔に売り渡すような感じ。

 

津原氏は騒動後も、百田氏が24日公開の映画「空母いぶき」の首相役をめぐるインタビューについて、俳優の佐藤浩市(58)に絶縁宣言を叩き付けたことに「出ていない人を出禁にする前代未聞の処分」とコメントしている。

 

14日には「僕は最初から『日本国紀』の購買を呼びかけています。同じ版元から文庫を出す予定だったんだから、当然じゃないですか」とフォローしたものの、本心は不明。

 

なお、百田氏は津原氏騒動により、逆に本の知名度が上がったとして、騒動を気にしない旨のコメントもしている。
余裕だな・・・このスキンヘッドの吾人は。

 

まとめ

唯一救いだと思ったのは、幻冬舎での文庫化は宙に浮いたが、早川書房の編集者の目に留まり、6月6日に「ハヤカワ文庫JA」から刊行される予定だとか。

 

早川の編集者はツイッターで「この小説の素晴らしさに、文庫本が世に出ないことがあってはならないと義憤のような感情に駆られたことは確かです」と投稿したらしい。

 

「義憤」か!好きな言葉だ。
メディアに関わる人たちには絶対失くして欲しくない。
襟を正して仕事をして欲しいな。
日本人こそ、恥を知る「優秀な民族」であるはずだ。

 

日本人としての矜持も一体何処へ消えてしまったのか?
金儲けさえ出来れば是とする風潮は、いつの頃から世の中に蔓延してしまったのか。
過ちは過ちとして素直に認め、教訓として未来に活かすべきなのに。

 

「敗戦」ではなく、「終戦」という言葉を敢えて使う。
何で8月15日が終戦記念日なのか?誤魔化しだ。
すべての出発点はこの日だったはずなのに。
真の反省なく日本的あいまいさを残したまま、突っ走って来た。

 

いつか、来た道だったと気付いてからでは遅いのだが・・・
戦争を礼賛する風潮に危うさを感じる。
東京大空襲は無差別殺戮の典型だ。

 

しかし、日本は被害者というだけでなく、東南アジアでは間違いなく侵略者だ。
第二次世界大戦は近代資本主義、いや植民地主義国間の覇権争いだった。
戦勝国がすべて正しい訳ではない。
それは確かだ。

 

だが、日本兵が東南アジアで行った数々の残虐行為は絶対覆い隠せない事実のはずだ。
少なくなったとは言え、実際に東南アジアで残虐行為をした日本兵はまだ生き残っているはず、加害者だった本人の記憶は消せないはずだ。ボケ老人にならない限り。
あの世に逝くまでに証言者として、すべて告白して逝くべきだろう。
先の戦争に関して、「自賛史観」などあってはならないことだと思う。

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