川内優輝の仕事内容は?シューズのCMや東京五輪を目指さない理由

      2019/05/16

川内 優輝は、埼玉県の陸上競技選手で、専門競技は、主に中距離走・長距離走・マラソン等。埼玉県庁走友会が陸協登録をして「埼玉県庁」の名称で所属。地方公務員かつ非実業団の「市民ランナー」としての活躍が、世間の注目を集めていた。しかし、2019年3月限りで埼玉県庁・公務員を退職し、同年4月からはあいおいニッセイ同和損害保険と所属契約を結び「プロランナー」に転向して活動を開始した。

Sponsored Link
 

川内優輝の仕事内容は?

2019年4月からプロランナーとしてスタート。

 

常識では考えられないペース(年11回ほど)でフルマラソンの大会に出場し続け、常に全力で挑み続ける姿が強烈な印象を放っていた川内優輝選手。公務員として働きながら、マラソンを続ける、言わば二足の草鞋を履きながらの競技人生だった。

写真:ボストン・マラソンでの力走

 

2018年4月、春の大寒波に襲われたボストン・マラソンでは圧巻の走りで優勝。日本人の優勝は1981年の瀬古利彦さん以来37年振りで8人目の快挙。記録は2時間15分58秒と平凡ながら、強風と雨という悪条件の中でこの記録を出し、優勝したのだから率直に凄い。日米で大きな話題となった。「市民の星から世界のKAWAUTI」へ。

川内選手は、凱旋直後の成田国際空港到着ロビーにおいて、囲み取材の中で突然告白、2019年3月末日限りで埼玉県庁を退職し、同年4月1日より「プロランナー」に転向し、二足の草鞋をぬぐことを発表。集まったメディアの顔色が一瞬変わるほどインパクトのある言葉。優勝賞金(15万ドル:約1600万円)の使い道を聞かれた時の返答だった。

 

昨夏のロンドン世界選手権で、自分自身、公務員と両立しながらやれることはやってきたつもりですが、あと一歩で入賞に届きませんでした。自己ベストも5年間更新していません。私は頼まれたサインには、『現状打破』と書いているんですけど、自己矛盾を感じていたんです。自分は『現状維持』ではないか、と。

写真:現状打破のサイン

 

仕事を優先しないといけないことを考えると、これまでは挑戦できない部分がありました。私がトップランナーとして世界中を回れるのは、あと10年もない。もしかしたら5年もないかもしれません。あの時プロになっておけばよかったと後悔するのは嫌だと思いました。

 

自分が公務員としてやりたかった埼玉国際マラソンの実現もできましたし、今後何をやりたいのか考えた時に、『マラソンで世界と戦いたい』という思いが強く、このような決意に至りましたと発表。遅咲きの花が大輪を咲かせる可能性が出た。

 

●プロになって何が得られるか

プロへの転向は2017年夏ぐらいから考えていたというが、弟・鮮輝(よしき)が会社員をやめてプロランナーとして活動する中で、自己ベストを大幅に更新したことにも触発されたという。

 

そして、ボストンでの快挙が川内に大きな決断をもたらした。というのも、ボストンの優勝賞金15万ドル(約1600万円)が当面の活動費になるだけでなく、世界最高峰のレースを制したことで、「YUKI KAWAUCHI」という日本人ランナーの”価値”が急上昇したからだ。

 

川内が心配していた収入面。公務員規定でこれまで受け取ることができなかった「出場料」だけでも、十分な活動資金を得ることができる。出場料は世界のトップクラスともなれば、ロンドン、ベルリンなどのメジャー大会と複数年契約を結ぶことで数千万円のお金が動く。ボストン王者となった川内にも相応の出場料(大会の規模によるが数百万円ほど)が期待できる。

 

しかも、川内の場合は連戦が可能。2017年だけで11のフルマラソンに参戦しており、出場料だけで数千万円を稼ぐのは確実だ。加えて、順位やタイムなどから発生する賞金も手にすることができる。

 

ただ本人は、「お金のために走るわけではありません。自分自身の可能性を試したい。そのためにプロになります。お金はあまり気にせず、生きていければいい」と語る。

 

スポンサー集めに奔走する気はなかったが、活躍次第では”ビッグマネー”をつかむチャンスは十分にある。プロアスリートとして、早くも抜群の存在感を発揮。メインスポンサーとなる所属先は複数のオファーから、あいおいニッセイ同和損害保険を選択。その理由が彼らしい。「地域貢献、地域振興の理念に共感しました」と。

 

自ら、埼玉県立春日部高等学校定時制に埼玉県職員として勤務し、埼玉地域のマラソンに出場し、貢献して来たという自負心からだろうか。

 

●タイムの短縮について

川内の自己ベストは、2013年3月のソウル国際でマークした2時間8分14秒。

 

2時間9分切りは3回達成しているものの、この6年間は2時間9分台にとどまっている。川内自身も、「純粋なタイム勝負では、設楽(悠太・Honda)君、井上(大仁・MHPS)君よりも、私のほうが劣っていると思っています」と、スピード不足を実感している。

 

今年3月に32歳になったことを考えると、今からスピードを強化することは簡単ではない。しかし、これまで取り組んでこなかったトレーニングをこなすことで、新たな能力を手にすることができるかもしれない。

 

日本記録(2時間6分11秒)の更新についても、「可能性があれば、もちろん挑戦していきたい」と川内。世界の強豪と勝負するには、設楽や井上に勝てないようではいけないと思ってはいるのだろう。

 

これまで数々のレースでドラマを見せてきた川内。フルタイムで勤務するからこそ到達した、「独自のトレーニング」や「マネジメント術」で彼はここまで強くなった。出場するレースでは常に「全力」を出し切り、勝負をかけるレースでは自費でコースを下見して攻略法を考えるなど、公務員ランナー時代から”プロフェッショナルな走り”を見せてきた。

 

そんな選手が本物のプロランナーになることで、どんな進化を遂げるのか。
プロランナーになったことで川内の可能性が広がったことだけは間違いないだろう。

 

Sponsored Link
 

●結果はすぐに出した~バンクーバーマラソンで婚約者と共にアベック優勝

カナダのバンクーバーで5月5日に開催された「BMOバンクーバーマラソン」で、日本の川内優輝選手(あいおいニッセイ同和損保)と婚約者の水口侑子選手が共に男女のレースで優勝した。川内選手のタイムは2時間15分01秒で大会新。

写真:共に男女のレースで優勝した川内優輝選手(あいおいニッセイ同和損保)と婚約者の水口侑子選手

 

レース前半をトップで通過した川内選手。25キロ地点あたりでFeyera G. Dadi選手に抜かれたが、すぐ後ろの位置をキープ。40キロを過ぎたあたりから徐々に速度を上げ首位に。最後は2位と2分以上の差をつけてゴールした。序盤から先頭集団の位置をキープした水口選手も安定の走りを見せ2時間41分28秒で優勝した。

 

川内選手は「中盤から首位を取られたが、とにかくネバーギブアップで、あきらめない気持ちで走っていた。(終盤の)スタンレーパークからは平坦だと分かっていたのでここで行かなければ優勝はないと思いっきり行ったのがうまくいった」と話した。

 

初めてのバンクーバーマラソンは「途中、日の丸がたくさん見え日本語の声援も聞こえた。辛くなってきた時には海が綺麗に見え元気をたくさんもらえたレースだった」と振り返った。

 

水口さんは「コースはきつく苦しかったが頑張れて本当に良かった」と喜びを話し、「(川内さんの優勝は)ゴールするまで知らなかったが目標だった二人での優勝が達成できて本当にうれしい」と笑顔を見せた。

写真:ゴールインする水口選手

 

水口さんがゴールインの際はメダルを手にフィニッシュラインで見守っていた川内さん。「自分が頑張れば彼女も頑張ってくれると思っていたので本当にうれしい」と話した。日本へ帰国後挙式を予定している2人の優勝に会場では大きな祝福の拍手が起こったという。

写真:アベック優勝後、大会関係者に促され照れながら花束を贈呈する川内選手

 

シューズのCMや東京五輪を目指さない理由

公務員時代には、CM出演など副業禁止規定に触れるので当然ながら出来なかった。

 

プロになった時点で、そんな制約もなくなったのだから愛用しているアシックスシューズのCMに出ても良さそうなものだが、本人から売り込んだりは決してしないだろう。

 

学生時代に、マクドナルドでバイトをしていた経験からハンバーグなら25秒で焼ける自信があるという。外国でのマラソンでは各国のハンバーガーショップに行っているぐらいだから、マックに売り込めば商談が成立したかも知れないのに、それもしなかった。

 

もともと「お金のために走るわけではありません。自分自身の可能性を試したい。そのためにプロになります。お金はあまり気にせず、生きていければいい」と話しているぐらいだから、スポンサー集めに躍起になったり、CMに出る気など念頭にないのだろう。

 

スポンサーを探すに当たっても「東京五輪を目指す、目指さないに関わらず応援してくれる企業と契約したい。」と話していた。そして、選んだのが「あいおいニッセイ同和損害保険」。選んだ理由は「地域貢献、地域振興の理念に共感しました」と語り契約する。

 

公務員時代も多くの実業団からの誘いを断り、我流を貫いて来た男としての矜持を見る思いがする。一本芯が通っている。埼玉地域のマラソンに参加することで、地域貢献して来たとの自負心があるのだろう。

 

最後に、2020年東京五輪についてはどうなのか。川内は暑さが苦手ということもあり、すでに「日本代表」からの引退を表明している。「日本代表にはこだわらず、世界各地のレースで戦いたい」という考えは変わっていない。ただし、公務員を退職して、時間的な制限がなくなることで風向きが変わる可能性があるかも・・・。

 

「現時点では、暑さ対策や長期合宿をして来ていないので、東京五輪を狙うという意欲は沸いてきません。夏場は暑さの中での練習で調子を落としてしまうことが多かったんですけど、高冷地で合宿ができるようになれば、自分も変われるのではという期待もあります。その時は自信を持って挑戦したいと思っています」と語る。風向きが変わる可能性は充分にある。

 

川内優輝のプロフィール

本名:川内優輝(かわうち ゆうき)

生年月日:1987年3月5日(32歳)

出身地:東京都世田谷区 埼玉県久喜市育ち

身長:172㎝

体重:62kg

血液型:B型

所属先:あいおいニッセイ同和損害保険

趣味:マラソンのレースに出ること。

 

埼玉県立春日部高等学校定時制で事務の仕事をしていたが、2019年4月1日からプロに転向。転向後、すぐに5月にカナダ・バンクーバーで開催されたマラソンで婚約者とアベック優勝。今後にますます期待がかかる。

 

父親はアマチュアボクサーで、高校時代に国体にも出場されたのだとか。
川内選手が根性あるのは父親譲りなのかも。兄弟は3人で、皆マラソンをしている。

 

川内選手自身は、高校時代に県大会出場レベルにも関わらず、繰り返す怪我に悩まされていたらしい。
公務員との両立で話題になった川内選手だが、大学時代に関東学連選抜選手として、箱根駅伝に2度も出場している。
その時彼は、学習院大学の法学部に所属していたのだから、この時から二足のわらじを履くのはお手の物だったのかもしれない。

 

その後も世界陸上、アジア競技大会など数多くの世界大会に挑戦し続けた川内選手だったが「退職」を決意し、プロ転向したことは、「現状維持」と「タイムリミット」が大きく関係していたようだ。

 

32歳という年齢を考えれば、ギリギリの時点での決断だったと思う。一度しかない人生を悔いなく生きようとすれば、現状から踏み出す第一歩の勇気が相当要る。
その第一歩の結果がバンクーバーでのアベック優勝に繋がった。

 

心から、二人にエールを送りたい。
でも悔いのない人生を送りたいなら、やはり東京五輪を目指すべきだろう。
五輪でのマラソンだけがマラソンでないのは分かる。

 

世界六大マラソン大会は以下の通り。

⓵ベルリン・マラソン
②ニューヨークシティ・マラソン
③東京マラソン
⓸ボストン・マラソン
⑤ロンドンマラソン
⓺シカゴマラソン

 

どの大会に出ても意義は感じるだろう。
また、優勝することだけに意味がある訳ではない
60代~70代になっても走り続け、出場するという人生があっても良い。

 

しかし、プロになって五輪に出ないという選択肢があるだろうか?
一生の内で、何度もオリンピックに出場出来る訳ではない。
才能ある選手でも1回か、2回程度がせいぜいだろう。
チャンスがあれば出るべきだと思うが・・・。

 

自ら、そのチャンスを捨てて、本当に後悔しないだろうか?
プロになった以上、ただ、どこかを走るだけの選手で良いのだろうか。
進化した姿を見せて欲しいな。

 

夏場に弱いからオリンピックに出ないというのはプロの言動だろうか?
アマチュアの公務員時代なら許された言葉が、プロでは通用しない言葉があるのではないか!
東京五輪まで後、1年数か月・・・プロになった以上、出来るのではないか。
進化させられるはずだ。

 - ニュース