松尾貴史のちょっと違和感!侵犯?諷刺の場に権力者とはおぞましい?

      2019/05/16

毎週、日曜日に毎日新聞の「日曜くらぶ」欄中に掲載している「松尾貴史のちょっと違和感」。ちょっと辛口のコラムで、諷刺が効いた文章が毎回面白い。必ず、オチがあるので、読んでいて飽きが来ない。4月28日付の「侵犯 諷刺の場に権力者とはおぞましい」が、大手メディアへの批判を含んでいて含蓄がある。一読されたい。

Sponsored Link
 

松尾貴史のちょっと違和感!

松尾貴史のプロフィール

本名・岸邦浩(きしくにひろ)

生誕・1960年5月11日 生まれ(58歳)

日本の放送タレント、ナレーター、DJ、俳優、コラムニスト、折り顔作家。

所属事務所は古舘プロジェクト。

演劇ユニット・AGAPE storeの座長。

京都造形芸術大学芸術学部映画学科客員教授、日本文藝家協会会員。

雑誌『季刊25時』編集委員。

「駄句駄句会」同人、俳号は「喫蟲(きっちゅ)」。(Wikipediaより引用)

 

統一地方選後半戦(4月20日か?)の投票日前日に、衆院大阪12区補選の応援演説で大阪に入った安倍晋三氏が、大阪名物である大衆喜劇の劇場(大阪・なんばグランド花月)に行って、飛び入りを装って「経済に詳しい友達」として、吉本新喜劇の舞台に呼び出され、大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議で貿易摩擦や地球温暖化への対策を「四角い仁鶴が丸く収めまっせ」という惹句(じゃっく)になぞらえてひとしきりしゃべったのだという。

 

【惹句】とは人の心を惹きつける短い文句。特に広告文などで、誇張してうたい上げた文句などを言う。キャッチフレーズの様なものか。これのモノマネか!呆れたものだ。一国の総理がやることか?何をやってもどうせ逃げ切れると踏んでの行為三昧だ。なぜ、誰も文句を言わなかったのかな?言っても仕方がないと諦めているのかな?分からない。

 

もし、自分がその場に居たら、必ず安部晋三に罵声を浴びせていたと思う。「俺は金を払って、芸人の芸を見に来てるんだ。お前の下手糞なモノマネなんか見たくもねぇ!出て失せろ!」と。松尾貴史氏が書いてるように「誰も批判的な態度が取れない環境の中で、論理的な反論も質問もしてこない絶対安全地帯と踏んでの行動だとは思うが・・・」云々の指摘が辛口だ。

モリカケ問題や厚生労働省の統計不正問題など、すべて説明責任が不十分なまま幕引き。
政治や行政に対する不信感が背景に根強くあり、国民の不満が鬱積しているのはご存じないと見える。あるいは知っていても、どうでも逃げ口上で乗り切れると高を括っての行為か。いや、根性がさもしいなぁ。こんな男がまた総裁で再選されるのか?

あ~あ~あ~

侵犯?諷刺の場に権力者とはおぞましい?

喜劇というものは、そもそも社会の形や権威を諷刺して、庶民の留飲を下げるのが本道だろうと思っている。そんな場所に、もちろん抵抗されないことがわかっているからだろうけれども、ずかずか入り込んで、まるで「降臨してやっている」ような態度で浅薄なパフォーマンスを繰り広げるという、なんともおぞましく残念な光景だったろう」と書いている。

 

言い得て妙だな。ホント観客も芸人も見くびられたものである。でも吉本喜劇を見に来ている人に批判精神を求めても無理だよ。

 

「庶民の感じている圧迫感、閉塞感を少しでも解消する場であるはずの場が、その原因を作り出している一人でもある人物によって汚されてしまった・・・」云々。まったくその通り。だが、しかし、安倍首相の登場には笑いと拍手が起きたのだ。

 

もう彼に残された道はメダルや賞を獲得した有名人にお祝いの電話やメッセージを送る事ぐらいしかない。手を出し尽くしたというか、もともと「三本の矢」など幻想で、まともな政策ではない。会社は儲けても庶民の暮らしには全然還元されず、我々の生活は改善されていない。パフォーマンスをやるしか、もう後がないのだ。

李下に冠を正す?

正しくは、「李下()りかに冠(かんむり)を正さず」だけど、わざと「正す」と言っている所が面白い。

 

人に疑われるようなことを敢えてする訳だ。松尾氏は安倍総理のパフォーマンスをあくまで「G20について喋っただけの広報」の一環という大義名分だろうけど、これはどう見ても選挙運動ではないのか、と指摘している。

 

図星だろう。疑われようと何と言われ様ともなりふり構わずといったところ。公職選挙法の隙間をついた倫理的には確かに悪質なパフォーマンスだ。だが、政治家に倫理観など誰も期待していない。庶民の文化などぶち壊してでも権力者の浅ましき行動は展開される。なりふり構っていられるかの心境なのだろう。

 

スポーツ新聞には、観客の反応は芳しくなく、すべっていたと紹介されていたのが、せめてもの救いかな。しかし、大阪・なんばグランド花月に来場し、吉本新喜劇の舞台へ出演するというサプライズ演出を装ったことで、会場の観客を騒然とさせたことは間違いなかったらしい。笑いと拍手が起きたのだから、まずは成功だったのだろう。ヘタなモノマネは別としても。

 

本当にみっともない話ではある。芸人が政治について批判的に語れば、「芸人風情が」と、すぐ言われる。しかし、政治が芸人の世界を侵犯しても誰も文句を言わない。情けない話だけど、そんな根性ある芸人関係者は決していないだろう。

Sponsored Link
 

大手メディアの立ち位置

松尾氏が、最も憂いているのは大手メディアの態度だ。この件について、どこの大手メディアも批判的な報道をしていない。スポーツ新聞が取り上げただけだ。

 

松尾氏は大手メディアが、「公人として、権力者として、この行儀の悪さ、品性をチクリとつく気概がない」のを憂いている。そう、我々はこうやって飼いならされていってしまう。気づいた時には、もう手遅れなのだ。

 

でも大手メディアに期待しても多分無理だろう。政治家にぶら下がり取材を続けている限り、現状は好転しない。政治家の顔色を見ながら、情報を頂くのを待つばかりで批判的な記事が書けるはずがない。記者が自分の足と耳で取材をしなければ提灯記事で終わりだ。

大手メディアに批判精神が欠けているから、新聞などどんどん購読者が減っている。購読者もバカばかりではない。記事がつまらないから、そっぽを向かれ始めている。

 

何に期待するべきか?信じられるのは自らの感性だけだろう。これからはSNSが今以上に広がるはず。情報を自ら発信してゆくしかない。フェイクニュースに踊らされず、Change.orgのようなキャンペーンを展開してゆくしかあるまい。

 

1人でも賛同者を集めてゆくのは、今以上にネットを利用するのが一番有効なはず。

黄色いベスト運動 写真

根気強く、知恵を絞り出し、継続して行けば、日本でもフランスで巻き起こった黄色いベスト運動のようなことだって不可能ではないはずだ。諦めたら、もう終わりだ。そう信じて生きている。

 - 政治