佐々木朗希の父親の職業は?家族や学校は?直球163キロの衝撃

      2019/04/16

奈良県内で行われたU18高校日本代表1次候補の「国際対応研修合宿」が7日、全日程を終了した。前日6日の紅白戦で国内高校史上最速の『163キロ』を投げた岩手県立大船渡高等学校の佐々木朗希投手(3年) 侍ジャパン高校代各方面から驚きの声があがった。今秋の令和最初のドラフト会議の目玉に日米のスカウト達も佐々木朗希投手に大注目している。今日は彼の父親の職業や家族や学校の情報に迫ってみた。

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佐々木朗希(ささき ろうき)の父親の職業は?

父親がどんな人で、どんな職業に就いていたか、調べて見たが結局分からなかった。これといった情報がないので調べようがないのが、実情だ。

 

ただ、父親は2011年に発生した『東日本大震災』で、37歳という若さで亡くなったという事だけが判明した。佐々木朗希投手の家族は、この震災で被災し、自宅が流されたという被害を受け、大船渡市に移住したという。そして、この東北岩手から、またとてつもない怪物が誕生したという事実だ。

 

亡くなった父親は明るく面白い方だったそうだが、怒るときはしっかりと怒り、特に兄の琉希さんに厳しく接していたらしい。そして、父親亡き後は兄の琉希さんが佐々木朗希投手に厳しく臨んだようだ。性格はとにかく【負けず嫌い】だそうで、まさに投手向きの性格である。(母親:陽子さんの話)

 

そして、プロ野球のスカウト達が見守る中で『高校球児最速163キロ』という数字を叩き出した。これは凄い。とにかく凄い!高校時代の大谷投手の出した160キロを上回る史上最速記録の誕生の瞬間を映像で確認して見て欲しい。

どこまで伸びるのだろうか?底が知れない。「すごく緊張して、勝手に体に力が入ってしまって、思ったようにボールに指がかからなかったんで……」それでこれだ!163キロだって!じゃ、指に良く引っかかる様になれば一体何キロ投げるというんだ!?

好投する佐々木朗希投手

 

1日のスケジュールがすべて終わって、横浜高・及川雅貴、東邦高・石川昂弥、星稜高・奥川恭伸・・・注目の3選手と共に『囲み取材』に応じた大船渡高校・佐々木朗希投手。声は一番小さかったそうだが、言ってる中身はとんでもない可能性を秘めている内容だった。

 

U-18代表候補選手合宿の2日目、近畿大学のグラウンドで行われた「紅白戦」。第2試合の先発でマウンドに上がった佐々木朗希投手のピッチングが上の画像だ。先頭の森敬斗(内野手・176cm  70kg・右投左打)は、速い球には鋭く反応できる打者だというのに、その森が初球の速球に、ボールがミットに収まってから振ったような振り遅れの空振りをしたらしい。

 

高校生史上最速球を捕った中京学院大中京(岐阜)・藤田健斗捕手(3年)は左手人さし指にテーピングをして練習に参加した。「指のところが割れてしまったんです」。160キロ超の衝撃で、第3関節付近に軽い裂傷を負ったのだった。「これが人の球なのかと。想像を軽く超えていました。捕れただけでうれしいです」と笑いながら残像を振り返った。

 

家族や学校は?~プロフィール

こんな佐々木投手の家族や学校はどうなっているのか、調べてみた。

佐々木投手の家族については、父親が2011年の東日本大震災で亡くなっている。佐々木が9歳の時だ。辛い過去を乗り越えて来ている。今は母親と兄・弟がいて4人家族で暮らしているらしい。3人兄弟の次男として育った佐々木投手は、大の負けず嫌いで、3歳年上の兄を常にライバルとして上に立とうとしていたのだとか。

 

兄も野球をやっていて、大船渡高校のOBであり4番を任されたチームの中心選手だったらしい。今はどうしているのだろうか?まだ野球をやっているのか?だとしたら母親の苦労がしのばれるなぁ・・・経済的にも大変だろう。弟もいることだし、進学費用もかかる。

 

案外、兄は野球をすでに辞め、家計を助けるため社会人になっているのかな?・・・弟達の将来にかけているのか?・・・情報が少なくて分からなかった。県立高校では野球特待生という訳にも行くまい。野球は道具を揃えるだけでも費用がかかる。遠征費用だってバカにならない。甲子園常連校のメンバーの様に恵まれている訳ではない。

 

弟についての情報も得られなかった。スポーツは何をやっているのだろうか?やはり野球かな?あまり美談風に仕立ててはいけないと思うのだが、何となくこうあって欲しいという様な書き方になってしまった。「仲間と一緒に甲子園に行きたい」とは、去年の金足農の吉田輝星選手を彷彿とさせる。地元の高校から甲子園を目指す!本来の意図がそうだ。多くの人が喜ぶストーリーであってほしいのだ。

 

佐々木投手が背中を見てきた父親や、ライバル視していた長男ってどれだけ凄い人達なのだろうと興味は湧いたが、現段階では詳しい情報は得られなかった。(分かり次第、追記してゆきたい)

 

○佐々木朗希のプロフィール

メジャーで二刀流に挑戦中の大谷翔平選手も岩手出身。今年からメジャーに挑戦した左投手で日本最速の投手だった菊池雄星選手も岩手出身。とにかく岩手すご過ぎ!

 

名前:佐々木 朗希(ささき ろうき)
生年月日:2001年11月3日(まだ17歳)
出身:岩手県陸前高田市 →東日本大震災で被災し、大船渡市に移転
身長:189cm →中学ですでに180㎝を超えていたという(大谷選手は193㎝)、正直、背が高くて羨ましい
体重:81kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
家族:母、兄、弟
経歴:陸前高田市立高田小学校→大船渡市立猪川小学校→大船渡市立第一中学校→岩手県立大船渡高校

 

●東日本大震災

佐々木投手は、小学3年生から野球を始めたという。9歳の時に東日本大震災が起こり、自宅を流される被害を受けている。
そのため、それまで住んでいた陸前高田市から大船渡市に移り住み、野球を続けた。

 

大船渡市立第一中学校時代は、軟式野球部でプレー。
中学の時点ですでに141km/hを出しており、3年夏には、オール気仙としてKB東北大会に出場し、準優勝を達成。KBとはKボール(軟式と硬式をつなぐためのボール)を使用して行う大会。軟式から硬式への移行をスムーズに対応できる出来る様にという意図から行われている。

 

●大船渡高校

高校進学の際には、大阪桐蔭を始めとして全国の強豪校から誘いを受けるが、「中学の野球が楽しくて。その仲間と一緒に甲子園に行きたい」と、地元の県立大船渡高校に進学。地元愛がいいなぁ。

 

大船渡高校は、過去には、1984年のセンバツでベスト4に入った実績はあるが、近年は、県大会の1、2回戦で敗退することが多いレベルの高校。ちょっと残念なレベルだが、佐々木投手が頑張れば甲子園に出場出来るのでは?

 

高校では、1年夏から公式戦に出場。1年生の間は、体重が71kgとまだ線が細く、体が出来ていなかったため、リリーフとして短いイニングに限定され起用。夏の岩手県2回戦・盛岡北高戦では3番手として登板し、自己最速の147kmk/hをマークし、1回1/3を3奪三振、無失点に抑えている。

 

1年秋から冬にかけては成長痛に悩まされ、「腰に痛みがあって、立っていても痛かった」と、1日5度の食事軽いストレッチや体幹トレだけしか出来なかったという。

 

それでも、2年生の春の岩手県大会で、公式戦初先発を果たすと、自己最速を更新する153km/hを記録。
さらに同年夏の県大会初戦には、154km/hに更新。そして秋には、2年生史上最速タイとされる157km/hをマーク。
そして、今回マークした163キロの衝撃!プロのスカウト連中が色めき立ったのは言うまでもない。

 

ちなみに…”まーくん”こと田中将大選手が駒大苫小牧時代にマークした150キロ。
”元祖二刀流”こと大谷翔平選手が花巻東時代にマークした160キロ。
これらを悠々超える大記録。

 

●大谷2世

「大谷2世」と呼ばれることも多い佐々木投手は、投げるだけでなく、野手としても素晴らしく、投げない日は外野手としてプレーすることがある、二刀流プレーヤーでもある。

 

そして、この体格で50メートル5秒9の俊足で、打順は一番を任されることが多いという。出塁すると積極的に盗塁も決めている。相手投手にとって非常にやりずらい一番バッターだろう。同じ二刀流でも、ホームランバッターだった大谷選手とはタイプは違うが、違った意味で素晴らしい。

 

●佐々木朗希の球速や球種は?

中学3年生夏 →141キロ
高校1年生夏 →147キロ
高校2年生秋 →157キロ(スコアボードには163キロと誤記)
今回、高校3年生春 →163キロと推移!・・・実に凄いの一言に尽きる。3年間で22キロもアップしている。

昔の選手と比べると栄養面、練習環境、野球理論が格段に進歩しているのが見て取れる。150キロ越えの選手は珍しくなくなった。
後は甲子園を目指す事で投げ過ぎないことが肝要だ。高野連はもう一度、投球数の制限を検討した方が良いと思う。
肩や肘を壊しては元も子もない。今一度真剣に議論すべきことだ。

 

球種は、ストレート、スライダー、フォーク、チェンジアップを武器にしている。
2018年秋の大会ではフォークを封印し、チェンジアップで勝負している。
肘への負担は出来るだけ少ない方が良い。

 

投げて良し、打って良し、走って良しと三拍子そろっている。
大谷2世と言われる由縁だ。
将来が楽しみな選手だ。無理をせず、怪我なく順調に育って欲しいと願う。

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球速163キロの衝撃~球場が静まり返ったという・・・

佐々木朗希投手がマークした「時速163キロ」。横浜高・内海貴斗に投じた3球目だった。佐々木投手が投げ始めてしばらく、グラウンドがシーンとなっていた・・・バックを守っている選手も、相手方のダグアウトも、いつの間にか佐々木投手のピッチングをジーッと見入っていたという。

 

「さあ、声出していこうか!」 仲井宗基コーチ(八戸学院光星監督)の一声に、ハッとしたように、皆我に返り、そここかしこから選手たちの声が上がったという。一瞬、本気にしない空気も流れたが、スカウトの方のスピードガンが一塁側でも、三塁側でも、160キロ台を計測したので、「公認」ということになった。

 

歴史的1球から、時の人となった佐々木は「肩の張りはいつもと同じくらい」と平然と話したという。合宿最終日はストレッチなどに励み、「多くの刺激を受けました。これを糧にして頑張っていきたい」と合宿参加メンバー30人への感謝を口にした。

 

佐々木の存在が彼らを1つにした。ホテルでは163キロの話題で持ちきりになったという。興奮で雰囲気が高まった流れで連絡先を交換し合った選手たちもいたらしい。永田裕治監督(55)が掲げた合宿テーマの1つ「結束力強化」にも一役買っていた大記録誕生の瞬間だった。中学、高校1年生から既に注目を浴びていた選手だったが、また一つ夏の甲子園開幕の前に実にもの凄い話題を提供してくれたものだ。秋のドラフト会議では、まず第1位指名が確実視される。

この頃から、すでに将来を予感させる存在だったのだ。

 

165キロ、170キロ・・・周囲の期待は自然と高まる。佐々木は「(球速は)気にせずやって、スピードがついていけば。まだ伸びしろはあると思います」と慎重に話したが、3日間をともに過ごした仲間は直接的だった。星稜(石川)・奥川恭伸投手(3年)は「天才。いつか世界を引っ張っていくような。高校生のうちに170キロに到達するんじゃないかと本気で思います」熱く語っていた。

 

甲子園未経験、初の全国舞台で「令和の怪物」が残した衝撃は、あまりに大きかったようだ。
体幹をじっくりと鍛え、育って行けば今に世界最速の球を投げれる男になるのではないか!?
それは無理か?公式な記録が残っているケースとしてはチャップマンが確か176キロだったかな?

非公認の、伝説的な記録としては、スティーブ・ダルコウスキーという投手がいたらしい。
1950年代から60年代にかけてマイナーリーグで投げていた投手で、一説によると115マイル(185キロ)とも言われている。
それは誇張の入った数字だとしても、マイナーで対戦して、のちにメジャーに上がった打者が口をそろえて「メジャーのどの投手より速かった」と言っており、そういう選手たちが言う「メジャーの投手」にはノーラン・ライアンが含まれる、ということを考えてみれば、あながち、大げさだと切り捨ててもいられないだけのものがあるようだ。

 

こんな投手がメジャーに上がれなかった理由は、度を越したノーコンだったためで、マイナー通算1,396奪三振に対して1,354与四球という、超絶的な数字が残っているという。チャップマンとダルコウスキー、どちらが速いのかは結論の出せない問題らしい。
ただ、史上最速の男について語るとき、ダルコウスキーに触れないで済ませることはできないらしい。

 

佐々木朗希の将来はどうなるのだろう。
ノーコンではないから、きっとメジャーに上って行くだろう。その時、170キロ投げれる投手になっているかな?
夢があるなぁ・・・

 

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