西部の浅村が国内FA権行使の意向、他球団の評価を聞いてみたい

   

 

プロ野球のフリーエージェント(FA)有資格者が権利行使できる手続きが5日、始まった。今季パ・リーグ打点王の浅村栄斗内野手(西部)は権利を行使することを球団に伝えた。オリックス、楽天が獲得に興味を示しているが、本当にFA権を行使すれば2球団ぐらいでは済まないだろう。壮絶な争奪戦が始まるだろう。浅村選手の動向に目が離せない。

 

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西部の浅村が国内FA権を行使の意向~他球団の評価を聞いてみたい

 

5日に、渡辺久信SDと飯田光男常務ら球団幹部が浅村川と話し合い、権利行使の考えを伝えられたことを認めた。浅村は「他球団の評価を聞いてみたい」などの思いからFA宣言を決断したらしい。

 

一方で残留も選択肢の一つで飯田常務は「飽くまで移籍が前提ではない。うちとしては絶対に必要な選手。今後も何回でも会うと、話はしている」と引き留めに全力を注ぐことを強調した。

 

西武は残留交渉で年俸5億円プラス出来高払いの3年契約を提示しているらしい。

 

大阪桐蔭高校から2009年にドラフト3位で入団した浅村は今季、全試合に出場。打率3割1分、127打点、32本塁打を記録し、主将としてチームの10年振りのリーグ制覇に貢献した。

 

始まるか?争奪戦!最終的な浅村選手の決断に注目が注がれる。申請期間は土日、祝日を除く7日間以内で13日に締め切られる。浅村選手は、「いろんなことを含めて考えます」と話していた。

                                

FA権の資格を取った選手の動向

 

今季、公示された91選手は13日までに在籍球団に意思を通知すれば、14日にコミッショナーからFA宣言選手として公示され、15日から他球団も含めた契約交渉が可能になるという。

 

オリックスの長村裕之球団本部長は5日、浅村選手について、獲得へ向けて動くことを明らかにした。長村本部長は「地元大阪のために帰ってきて頑張ってもらいたい」と話している。

 

浅村栄斗選手の成績、特徴

打撃

「ファーストストライクから思い切りバットを振っていくのが自分の長所だと思っている」と語っており、2013年のファーストストライクの打率は.363を誇った。初球スウィング率は2012年にはリーグ2位、2013年にはリーグトップの数値を記録している。

 

走塁・守備

2011年、コーチを務めていた鈴木康友からは「入団したときから守備のうまさはずば抜けていました。おそらく今、12球団で最も動きのいい野手だと思う。」と評価された。本来の守備位置は遊撃手であるが、プロ入り後は送球難に悩まされていることや、他の選手との兼ね合いもあり遊撃手以外を守る例が多い。2013年は一塁手として136試合に出場。守備率は.997を記録し、UZRは16.4を記録した(いずれも一塁手としての記録)。翌年は二塁手として88試合に出場している。

 

目指す選手像について、「トリプルスリーをできるような選手ですね。すべてパーフェクトにやりたいというか、全部でトップクラスになりたいんです。」と語っている。野球に関しては貪欲である。尊敬する選手として、松井稼頭央の名前を挙げている。

 年度別打撃成績

 

この成績を見れば、他球団が浅村選手を欲しがる理由が良く分かる。今季は、打率、打点、ホームラン数も申し分ない。

 

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FA(フリーエージェント)とは?

 

フリーエージェント(free agent, FA)とは、いずれの球団とも選手契約を締結できる権利をもつ選手のこと。フリーエージェントとなることができる権利を「フリーエージェント(FA)権」、選手がFA権を行使することを「FA宣言」という。

 

日本野球機構(NPB)組織のいずれの球団とも選手契約を締結できる「国内FA」と、外国のいかなるプロ野球組織の球団も含め、国内外のいずれの球団とも選手契約を締結できる「海外FA」の2種類がある。

 

「国内FA」権を取得するには原則として8シーズン、「海外FA」権を取得するには9シーズンの出場選手登録日数が必要である。また、一度FA権を行使して球団と契約した選手は出場選手登録が4シーズンに達したときに「海外FA」となる資格を取得する。

 

選手はFA宣言したうえで移籍せずに前所属球団と契約することもできる。FA移籍が成立した場合、一定の条件下で移籍先球団から移籍元球団へ金銭補償や人的補償が必要になる場合がある。

 

現行制度では、外国人を除く年俸上位11位以下の選手(Cランク)のFA移籍においては補償は不要である。

 

日本におけるFA制度は1993年のオフに導入され、2003年、2008年に改正が行われた。なお、この制度の前身として1947年から1975年まで10年選手制度があった。

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