岩瀬仁紀引退発表!1001試合目は引退登板の浅尾からの熱望で実現

   

 

中日の岩瀬仁紀投手が、2日名古屋市のナゴヤドームで記者会見し、今季限りでの現役引退を表明した。9月28日には通算1000試合登板、翌29日には引退試合の浅尾拓也からの熱望により、1001試合登板を果たしたが、「これ以上、チームに迷惑をかける訳にはいかない」と語り引退を決意したらしい。

 

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岩瀬 仁紀(いわせ ひとき):プロフィール

 

1974年11月10日生まれ(43歳)

中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)。

  • 日本プロ野球における最多登板(1001試合)

江夏豊でさえ、829試合。

  • 通算セーブ数記録保持者(407セーブ)

高津臣吾は2位 286セーブ

断トツの成績である。

 

主なタイトルだけでも以下の通りである。

  • 最優秀中継ぎ投手:3回 (1999年、2000年、2003年)
  • 最多セーブ投手:5回 (2005年、2006年、2009年、2010年、2012年)

 

愛知県で生まれ、ごく普通の公立高校である西尾東で野球を続け、愛知大学からNTT東海に進み、中日ドラゴンズに入団する。王道だとは言わないが、愛知県の野球少年にとって幸せを絵に描いたような経歴である。

 

2018年シーズンからは投手コーチ兼任となったものの、セ・リーグのアグリーメント上ベンチ入りできるコーチ人数に限りがあることから、ペナント開始前である3月17日にコーチ職を解かれた。

 

 9月16日の対巨人戦で、通算登板数998試合目にしてプロ入り後初めて満塁ホームランを打たれた。

 

9月28日の対阪神戦で1点リードの9回に登板し、NPB初の1000試合登板を、1イニング無失点に抑えてセーブを挙げて達成した。彼によると、「ここまでできるとは思ってもいなかった」という。

 

翌29日には、引退登板の浅尾の投げた後の9回1死から登板し記録を1001試合に伸ばしている(成績は0/3回被安打1)。浅尾拓也投手と交代する時は、二人でマウンドで抱き合っている。長年の盟友には、きっと二人にしか分からないこみ上げて来るものがあったに違いない。「特別ですよ。そういう時代があった」。10、11年には鉄壁リレーを組んで、球団史上初のリーグ連覇に貢献。その再現となった。入団した時の指揮官だった星野仙一監督にちなんだ登板数(1001)になり、感慨深いものがあったはずだ!

そして、岩瀬は10月2日に記者会見を開き現役引退を発表した。

現役最年長選手が、通算1001試合登板という前人未踏の大記録を自らの花道とし、現役引退を決めた。

引退目前に金字塔を打ち立てる

 

岩瀬は、社会人のNTT東海を経て、1999年に中日に入団した。救援投手として5度のリーグ優勝と2007年の日本一に貢献している。

 

昨年8月には、阪急(現オリックス)などで活躍した

米田哲也の949試合登板を抜き、プロ野球記録を更新していた。

 

米大リーグの最多登板記録は、救援としてプレーした左腕のジェシー・オロスコ(メッツなど)の1252試合。
今季、岩瀬は46試合を投げ、2勝0敗3セーブ。

通算では、59勝51敗407セーブだった。

防御率2.31! 登板数とセーブ数は日本プロ野球史上最多!

 

大学時代は投打二刀流だった。愛知大学リーグの安打記録にあと1本足りない124安打。

岩瀬によると「達成できていたら、その後の野球人生が変わっていたと思う。野手で勝負しよう。そう考えたはずですから。あの1本差で打者への未練が断ち切れたのです」と。

 

4年生の秋にナゴヤ球場のスピードボールコンテストに参加し、136キロを計測した。中日ベンチが

「あの若者は何者なんだ」とざわついたのは有名な話だ。

 

不世出のリリーフ投手が生まれたきっかけは「酒が飲めない体質だから」と知られたから・・・

 

当時の山田久志投手コーチは、自身が酒豪でもある。「先発だと飲んでも次の日は試合で投げないからいいけど、リリーフだと次の日も投げるから酒が残っていると困るだろ?」と抜擢のいきさつを話している。

 

もし、あと1本安打を打っていれば……。
もし、ウワバミだったなら…。
わずかなイフをすり抜けて、岩瀬は毎シーズン、当たり前のようにフル回転を続けた。

 

どんな場面でも、表情を変えずに戦ってきた左腕が28日の試合では、声を詰まらせながら言った。
「長い・・・長い道のりでした」と。
節目の1000試合登板を通算407セーブで飾った。

 

今季プロ20年目!振り返ると・・・

 

回の途中で走者を残して降板することが増えた。今まではそういう場面で出て行く側だった。人に任せて代わることの積み重ねが自分を苦しくしていった」と振り返っている。

 

阪神との今季最終戦(ナゴヤドーム:日程未定)には登板予定。

 

これまで目の前の一球、一つのアウトを淡々と積み上げてきた。
ただ、2016年の900試合登板では、1死も取れずに3失点。
節目の舞台にいい思い出がない。

 

だから、28日の1000試合登板には願った。
今日だけは運がむいてほしい」と・・・
ベテラン左腕は自らの力で1000試合目の登板を無失点で切り上げ、見事「未踏峰」を登り切った。

 

1000試合登板達成の思いを聞かれると、「ここまで長かったが、特に2014年に左肘を痛めて投げられなくなってからの道のりが大変だった」「この試合は1点差だったので、久しぶりに足が震えた」と語っている。

 

記録へのプレシャーは、なかったが、「絶対に今年到達しようという気持ちでいた。怪我無く来られて良かった。」と安堵の気持ちを述べていた。

 

チームのレギュラーシーズンの戦いはまだ終わった訳ではない。岩瀬投手は、後一つ最多登板を増やし、20年目のプロ野球人生の節目に、また一花飾って長かったシーズンをきっと終えることになるだろう!

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