貴乃花親方が相撲協会に退職届提出!記者会見で何を語る?

      2018/09/28

貴乃花親方が25日、日本相撲協会に退職届けを提出したことを発表した。
貴乃花親方は書面で「本日、公益財団法人日本相撲協会に対し、年寄を退職させていただく旨の退職届け及び、貴乃花部屋に所属する弟子、床山、世話人全員について所属先を変更させていただきたい旨の変更願いを提出いたしました」と報告。この日午後5時にも会見を行い、退職理由を説明するとした。

Sponsored Link
 

なぜ、今突然の退職届提出!何を考えているのか?

貴乃花親方は24日に貴乃花応援会の公式HPで「皆様、長らく貴乃花を応援してくださりありがとうございました。厚く御礼申し上げるとともに、弟子達を今後、末永く応援賜りますように何卒よろしくお願い申し上げます」と意味深コメントを掲載しており、退職するのではとの憶測が流れていた。

まさに憶測通りになったが、一体何を考え、どうして貴乃花親方はこの結論に達したのか?分からない・・・どう考えても良く分からない。記者会見を見るしかないか・・・?
しかし、相撲協会を改革するというあの強い信念はどこへ消え失せたのか?
おかしくないか?
あれだけ現協会を批判しておきながら、さっさと引退するのかね?

敵前逃亡ではないか?
弟子を育成する気力も消え失せたというのか?
巡業先では貴乃花部長の“注意書き”2カ条を支度部屋前に張り出したというのに・・・

大相撲の秋巡業は28日、岡山県倉敷市で行われ、三役以下の力士の支度部屋前に一風変わった上記の“注意書き”が張り出された。
横綱や大関が稽古している時間、土俵に顔も出さずに支度部屋で寝ている関取衆がいることに「『稽古もしないのによく本場所で勝てるなぁ…』と貴乃花巡業部長が感心しています」。

同じく横綱や大関が稽古している時間、昼ご飯を食べている力士がいることに
「『私どもの現役時代には到底考えられないことだ』と貴乃花巡業部長が理解に苦しんでおります」。

直接的な言葉で注意するのではなく、貴乃花巡業部長(元横綱)がつぶやいている形式の、やんわりとした“注意書き”。玉ノ井巡業副部長(元大関栃東)の名前で張り出された。いずれも力士名を出すことは控えられているが「お心当たりの方は十分注意しましょう」と結ばれている。

玉ノ井副部長は「稽古する力士は、巡業前半は良くやっていたし、少ないとは思わない。ただ、横綱や大関が稽古場にいるとき、稽古しなくともせめて土俵回りに来るのは基本だからね。ちくりとしたというわけではないけど、分かってもらえれば」と意図を明かした。ここまで熱意を持っていながら、なぜ辞任なのか?

引退記者会見の模様!ただ男の意地を貫いただけなのか?

東京六本木で行われた記者会見では、以下の2点で引退する決意に至った旨を語っている。その苦渋の決断の訳とは・・・

1. 内閣府に提出した「告発状」を3月28日付で取り下げたのに、その告発状の内容を事実無根であると認めろと迫られたこと。
2. 6月に貴乃花一門が消滅した後は、どこかの相撲部屋一門に所属しなければならなくなった。そのための条件として「告発状」が事実無根に基づく理由であると認めねることを要請されたらしい。

日本相撲協会は27日の理事会までに、全ての親方が5つある一門のいずれかに所属しなければならない旨を通達した。
全親方のうち、貴乃花親方だけが、所属先が不透明のままだった。

以上の二点を上げていたが、正直言って最初は良く理解出来なかった。
告発状は自分の弟子が下の弟子に暴行した時点で取り下げている。
今までに引退への有形・無形の圧力の要請を受け続けてきたというが・・・
結局、相撲協会の圧力に負けてしまっただけではないか!

やはり、頑なというか・・・
でも「告発状」が事実無根に基づくものであると認めろとは、随分と無茶苦茶な条件を突きつけたものではあるなぁ!

誰が言い出した条件なのだろうか?
やはり、相撲協会からの圧力なのだろう?
引退届を相撲協会はまだ受理していないというが、厄介者払いが出来たとばかりに喜んで受理するだろう。

男の意地が、一門に所属する条件として出された「告発状」を事実無根とする
要請を拒否させたのだろう!意地になって引退か!
あれだけ相撲協会の改革を宣言していたのに、こうもあっさりと諦めて引退出来るものなのか?今までの言動・行動は何だったのだろう?

短兵急に過ぎたのではないか!
男なら一旦宣言したことは臥薪嘗胆して貫かねばならないのではないか?
一見、負けに見えても江戸の仇は長崎で晴らせば良かったのではないか?
強引すぎるから誰も付いてこなかったのではないか!
千賀ノ浦部屋に弟子を預けてすべて終わりか・・・
無責任過ぎないか?

現役時代の貴乃花人気を振り返って見ると以下の様に・・・

貴乃花親方は大関・貴ノ花の次男で、88年春場所に初土俵を踏んだ。
同期に兄の若乃花(3代目)や曙、魁皇らがいる。
89年九州場所で新十両、90年夏場所で新入幕と順調に番付を上げ、92年初場所で初優勝。
93年初場所後に大関昇進、94年九州場所後に横綱昇進を果たした。

優勝22回の金字塔を打ち立て、兄の若乃花らと“若貴ブーム”と呼ばれた90年代の相撲人気の中心を担った。03年初場所で引退した後は相撲協会への貢献が大きかった者がしこ名のまま年寄を襲名できる一代年寄として協会に残り、貴乃花部屋の師匠として弟子を育成していた。

二所ノ関一門に所属していた2010年の理事選で、一門を飛び出す形で立候
補し、理事に当選。16年の理事選に当選後は理事長選挙にも立候補したが、現職の八角理事長に敗れた。

17年の秋巡業中に、弟子の貴ノ岩が横綱日馬富士から暴行を受けた事件について、調査に非協力的だったことや、当時、巡業部長だったのにも関わらず巡業中に起きた出来事について任務を果たしていなかったことなどを理由に、理事職から解任された。

そして、今に至る。
頑なにすぎないか?
やはり、納得できない。
これから何を目指して生きてゆくのか?

わんぱく相撲の指導でもして人生を終えるのか?
それも立派な生き方ではあるが・・・
あなたにはもっと他にやる事があるのではないか?
あなたにしか出来ない何かが・・・もっと他にあるのでは?
これでは、結局相撲協会の圧力に負けてしまっただけではないか!

 - 未分類