宮地佑紀生復帰!傷害事件後、10月から初のラジオレギュラー番組

   

タレント宮地佑紀生のレギュラー番組が、10月からCBCラジオ(名古屋市)で始まると同局が発表した。宮地は2016年、ラジオ生放送中に傷害事件を起こした後、自宅に謹慎中の身であった。事件後初のレギュラー番組となる。東京や大阪などでは、まず知られていない名古屋ご当地タレントの昨今を追ってみた。東京でいえば「みのもんた」の様な存在だろうか?

 

消えた名古屋ご当地タレント、宮地佑紀生(みやち ゆきお)の来歴

 

生 誕  1949年1月9日生(69歳)

愛知県名古屋市中区

中京圏を拠点に活動しているタレント、ミュージシャンである。

出身校  愛知学院大学卒

活動期間 1974~2016,2017-

配偶者  あり

子供   あり

公式サイト 公式ウェブサイト

 

愛知県名古屋市中区大須生まれ。実家は日本でも珍しい緞帳屋(どんちょうや)だった。緞帳とは、舞台にある幕のひとつで、客席から舞台を隠すための幕である。

略して「どん」と言うこともある。

大須小学校、前津中学校と地元で育った生粋の名古屋っ子である。

出身高校は、愛知高校。身長163cm。

 

愛知学院大学卒業後、専門学校東京デザイナー学院に入学。

23歳でアクセサリーショップ「参百六拾六日の店」を創業する。

25歳の時、当時行われていた名鉄セブン社員による生CMに出演したのがきっかけで、東海ラジオプロデューサーの「塩瀬修充」の誘いを受けてラジオ パーソナリティとなる。

 

ラジオ全盛期の申し子として名古屋で活躍する。

タレント活動開始、当初は『ミッドナイト東海』(月曜)や『どんどん土曜大

放送』などを担当した。

『ミッドナイト東海』の宮地の起用にあたっては、東海ラジオの社内会議で反対の声もあったが、塩瀬の尽力によって出演が決定したという。

 

1976年、バンド「無有(むう)」を結成。「名古屋っ子」などの曲をリリースしたが、全く売れなかった。かつては本名の「宮地由紀男」で活動していた時期もあるが、長女誕生を機に改名している。

マルチな才能で活躍するが・・・

 

マルチな才能でタレントとして活動する一方、「参百六拾六日の店」の経営も続け、多い時は豊橋や軽井沢など、全国で13店舗を展開したが、次第に借金

が増え、店は次々と閉鎖していった。

 

借金が1億円あった当時は自殺さえ考えていたと言う。

1997年、自身の冠番組『宮地祐紀生の聞いてみや~ち』を始める際、最後に

残った店舗を知人に譲り、以降の活動をタレント一本に絞った。

本人が『聞いてみや〜ち』の放送中にたびたび話している内容によると、2006年に「既に借金は完済した」とのことである。

 

2000年代以降の活動としては、引き続き『聞いてみや〜ち』のパーソナリティを務め、メ~テレ『特選朝いち どですか!』へ出演している。

2004年12月10日、つぼイノリオ、伊藤秀志と3人で、自主制作の振り込め詐欺撲滅ソング『オレオレ詐欺のドナタ』を発表した。

 

2005年3月9日、初の自叙伝『宮地佑紀生の天国と地獄』を発売。

同年8月26日に写真入り切手を発売した。

名古屋市内にある高岳郵便局には関連する写真が掲示された。

 

同年のにっぽんど真ん中祭りでは、伊藤秀志とともに総踊りの新曲『どまつり囃子 -ODORANA-』を披露した。

 

スガキヤと宮地の出会いのきっかけが面白い!

 

高校生の頃、貯めた小遣いでスガキヤのラーメンを食べていた時、ラーメンに振りかけようとして振ったコショウの瓶の蓋が外れ、瓶の中身のほとんどをラーメンに掛けてしまったことがあったらしい。

 

しかし、その店の店長が厚意(=追加料金なし)で代わりのラーメンを調理した。宮地はそれ以来、スガキヤが大好きになったという。

このことから、「寿がきや食品」のCMへの出演依頼が来た際には嬉しさを超えて、感動したという。

 

ラーメンに関する本を執筆したことがあり、寿がきや食品のCMにも出演。

『どですか!』のラーメン開発企画では、寿がきや食品の全面協力の下、宮地自身も開発に携わりながら、番組特製の「どですかラーメン」を完成させた。

この商品は当初、スガキヤの一部の店舗で販売されていたが、反響が大きかっ

たため、サークルKの期間限定で、カップ麺を販売した。

 

『聞いてみや〜ち』で、リスナーおすすめのラーメン店情報を随時募集していた。ボートピア名古屋のテレビCM、ラジオCMにも出演したことがある。

 

ラジオ番組内での不祥事「傷害事件」後、事実上の謹慎へ

 

2016年6月27日に『聞いてみや〜ち』の生放送中に共演者・神野三枝に暴行。刑事告訴を受け同30日神野に対する傷害容疑で愛知県千種警察署に逮捕された。翌7月1日に名古屋地方検察庁に身柄を送られるが、同日中に釈放されている。

 

生放送中の暴行であったため、マイクへの衝撃音や神野が「ごめんなさい」と謝っている声がそのまま放送された。神野は事情聴取に対し「10年以上前から、宮地の振る舞いについて、トラブルになることがあった」と供述、宮地も犯行の動機を「番組の進行に不満があった」などと供述したとされる。

 

この事件により、翌日の『聞いてみや〜ち』から2人とも休演。

名古屋の人気ラジオDJが生放送中に暴行!この衝撃的なニュースがメディア

を駆け巡ったのは2年前の6月末のこと。名古屋で絶大な人気を得ていたタレントが自身の冠番組であるラジオの本番中に、アシスタント女性に蹴る、殴るの暴力をふるったという事件は、全国区のワイドショーやネットニュースでも大きく取り上げられた。今でいう「パワハラのはしり」ではないか?

 

東海ラジオは宮地が逮捕された6月30日の放送を差し替え、番組の打ち切りを発表。

宮地が傷害事件を起こしたことを「極めて遺憾」「残念」などと謝罪した。

以降、宮地が出演していたスガキヤのテレビCMなども放送が中止され、最終的に全レギュラー番組を降板する事態に発展した。

 

名古屋ではこのニュースはとりわけショッキングなスキャンダルだったらしい。こてこての名古屋弁と親しみやすいキャラクターで、名古屋では知らない人はいないほどの知名度を誇る存在だったらしく、事件の報に対しても「信じられない!?」という反応がほとんどだった。

 

同年12月に名古屋区検察庁が障害罪で略式起訴し、名古屋簡易裁判所が罰金

30万円の略式命令を出し有罪が確定した。翌年9月、所属事務所は宮地が神野と事件について「円満に解決」をしたことを発表した。

 

宮地は事件以降、東海ラジオをはじめ各メディアに出演することはなく事実上の休業(謹慎)状態が続き、表舞台から姿を消していた。

 

ようやくラジオ復帰へ~タレント活動再開始!

 

約2年の謹慎を経て、本格復帰したのは皮肉にも東海ラジオとAM(ラジオ放送)で競争関係にあるCBSラジオだった。

2017年12月にCBCラジオのイベントにゲスト出演し、事件から約1年半ぶりに公の場に姿を見せた。しかし、1年半の間に謝罪会見は一度もなし。

 

CBCラジオの人気ラジオ番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』25周年記念イベントにゲスト出演した。つボイノリオといえば、かつてコミックソング『金太の大冒険』で一世を風靡し、オールナイトニッポンのDJも務めながら、その後は地元・名古屋を拠点としてきたこれまた超ベテランの人気ご当地タレントらしい。同じ69歳の宮地とは永遠のライバルと並び称される存在。

 

CBCと東海もともにラジオ・テレビ双方のメディアを持つ名古屋の老舗放送局で互いにしのぎを削る間柄。ライバル局の元・看板パーソナリティに対して、つボイとCBCが救いの手を差し伸べる格好となった。

 

公の場ではほとんど顔を合わせることがなかった地元の大物同士の共演。

しかも宮地がショッキングな事件後初めて肉声を発する機会とあって話題性は十分。イベントのチケットは500枚がわずか10分で完売し、追加販売分100枚もアッという間に売り切れとなる。

 

そして12月3日。会場のCBCホール(名古屋市中区)を埋め尽くした来場者の大半はミドル世代以上。

つボイ・宮地、名古屋の2大ラジオスターの長年のファンたちだった。

 

つボイと番組アシスタント・小高直子のアナウンスの後、ついに宮地が登場。

すると客席から一斉に割れんばかりの拍手、さらに「おかえりーッ!」「宮地さーーん!!」という歓声が。

 

深々と頭を下げた宮地の第一声は「謝罪します!」。続いて、被害者、関係者らに対するお詫びの言葉。時折、言葉をつまらせると客席から「頑張ってッ!」と再び声援が。謝罪は3分間に渡った。

 

およそ2時間にわたる宮地の「復帰舞台」は「また何かの機会に僕の声がスピーカーから聴こえてくることがありましたら、チラッと聴いて、できたら応援してほしいです。今日はどうもありがとうございます」という言葉で締めくくられた。 イベントを通して伝わってきたのは、何より集まったファンの人たちの温かさだった。

 

聴衆は終始、久しぶりに聴く宮地のトークを楽しみ、声援と拍手を送っていた。来場者に声をかけてみても、「やっぱり宮地さんの名古屋弁はええね。河村(たかし)市長の名古屋弁は嫌いだけど」「またラジオでしゃべってほしいです」と晴れての復帰を望む意見が多く聞かれた。

 

ただし、今回のイベント内では、事件発覚後にファンが最も首をひねり、かつ知りたいと思っていた暴行の背景や理由についてはほぼ語られることはなかった。事の性格上公にできない事情もあるのだろうが、可能な範囲で本人の口から真実を明らかにすることが、結果的にファンにあらためて受け入れてもらうための近道ではないか。

 

宮地は2018年の8月にも、東京都内のイベントに出演している。「もうすぐ70歳。名古屋では「天然危険物」と言われてる」「老人性認知症のほとんどが短気になるらしい。本当に短気になってきて、ささいなことで問題になったり、ささいなことで逮捕され…」などと調子に乗り放言してしまっている。

 

ラサールから「ささいなこととは反省がないのでは」と突っ込まれ、「反省しております」と頭を下げ、神妙な面持ちで「どれくらい反省しているかと言うと、ほぼ仕事がゼロ。」「仕事がなく年金もろうとる」と自虐ネタを披露。

 

騒動を笑いに変えた宮地だが、「嫁からの生前死後硬直のような言葉が胸に突き刺さります」「ものすごい寂しかった。ファーブルの気持ちがよく分かる。家の前の森をずっと見てました」と、仕事を干され家族から白眼視されたり落ち込んでいることを反省の内容として語った。

 

その後、CBCラジオの2018年ナイターオフ改編で、10月1日よりスタートする『〜ともだちラジオ〜本音でゴメン!!』に、川原龍夫とともにパーソナリティとして起用されることが発表された。

約2年3か月ぶりのラジオ復帰となる予定

 

運の強い男である。今は、有名人の不祥事に対して「排除」が当然といった不寛容さが蔓延しているようだ。しかし、一方で、名古屋を含めて地方ではタレントとファン、視聴者の距離が近く、まるで旧知の友人や親せきのような親近感をもって接する人も少なくない。

 

昔から双方向性が強いラジオのタレントであればなおさらのこと。そんな間柄だからこそ、事件についても他人ごととはとらえられず、業界から抹消されて当然という無慈悲な論理に走ったりできない心理が働いたのかもしれない。

 

本格復帰の鍵はローカルだからこその関係修復の道筋がつけられたのではないか?
東京だったら、まず謝罪会見もせずに復帰はあり得なかったであろう。

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