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誰もが一度は直面すると思われる【親の介護】について、少しでも誰かの一助になればと考え、思いのたけをぶつけてみました。
介護する側の者が退職を余儀なくされたり、うつ症状を発症したり、身内の者の犠牲があまりに大きすぎると感じました。
何とかならないのでしょうか?

 

親族の扶助が第一義的に設定されているこの日本社会の現状はやはり奇異です。
近々の課題でありながら、この先も増大する認知症患者を始めとするあらゆる疾病者に対して社会的な受入れ態勢が、あまりにも不充分です。
そして、近親者の負担が大き過ぎると感じます。
我々は、何か行動を起こすべき時期に来ているのではないでしょうか?

 

各自が出来る範囲で、何かしら行動を起こさねば、近々に大変な状況が現出すると思われます。
もう遅すぎるのかもしれません。後、数年で団塊の世代後期高齢者に突入します。
早急に対策を打ち出さないと将来、必ず禍根を残す状況になるでしょう。

 

皆で何か、考えてみませんか?
皆で何か、行動を起こしてみませんか?
私も何か、自分にできる行動を起こそうと考えています。

 

今、現在、私が真剣に考えていることは【安楽死】についてです。
脚本家の橋田壽賀子さんが『安楽死で死なせて下さい』という本を書かれ、多くの人が彼女の主張に賛同し、にわかに安楽死議論が盛んになっています。
92歳の橋田さんは、もし認知症になると人に迷惑をかけるから、そうなる前にスイスの「ディグニタス」という安楽死支援組織に行き、そこで安楽死したいと主張されています。既に、日本人で実際に実行した女性がいらしゃるみたいですね。遺骨はスイスの地に散骨したと聞いています。外国で安楽死した人の遺骨は日本に持ち込めないとも聞きました。

 

日本でタブー視されているこの【安楽死】については賛否両論がありますが、今の時点では私は賛同します。
母を昨年、老々介護の末に看取りましたが、その間に痛切に感じました。
治る見込みのない状態の人間が、ただベッドに横たわり、死を迎えるだけの状態になった時、真剣に願うことなのではないでしょうか。

 

出来るだけ人に迷惑をかけずに死を迎えたいと願うのは、日本人の感性では本当に無理なのでしょうか。
安楽死が人に迷惑をかけずに行える訳がないと強烈に反対意見を述べている方もいます。
ですが、私は自分が死に直面した時、自分の意思を貫き「安楽死」したいと願っております。

 

【安楽死】【尊厳死】は要件も定義も違うのでしょうが、このタブー視されている問題にこれから真剣に取り組んでみようと考えています。
そのための運動をライフワークにしようと、今思っています。

公開日:
最終更新日:2019/07/17